インド映画夜話

1: Nenokkadine 2014年 165分(169分とも / 149分編集版もあり)
主演 マヘーシュ・バーブ & クリティ・サノーン
監督/脚本 スクマール
"夢か現か…全てが信じられない"




 その夜、人気ロックスターのガウタムは、ハイデラバードでのライブ中に突如襲ってきた人物を追いつめて殺害。これで今までに3人殺したと警察に自首し、世間は大騒ぎとなった。
 しかし、ちょうど現場を取材していたニュースレポーターのサミーラのカメラには、ただガウタム1人が暴れている姿しか映っていなかったのだ…!!

 幼い頃に3人の男によって両親を殺された記憶に苦しめられるガウタムは、診断の結果特殊な統合失調症であることが判明する。彼は、脳の灰白質の25%が失われており、その結果として殺人犯の幻覚を見てしまうのだと言う。彼は元孤児であり、両親の記憶はない…にもかかわらず、両親を殺された記憶だけが彼を苦しめ続ける…。
 メディアの追求を逃れてゴアへ旅立つガウタムは、彼の記憶の混乱につけこんで個人インタビューを仕掛けようとするサミーラに付きまとわれる中、幻覚の中で見た殺人犯そっくりの男を目撃すると…!!


挿入歌 O Sayonara Sayonara (ああ、サヨナラ、サヨナラ)

*1966年公開のヒンディー語映画「Love In Tokyo」の挿入歌によって、インドで一番有名な日本語になった「サヨナラ」が、またまた歌のタイトルとして復活だよー!


 04年の青春ロマンス映画「Arya(アーリヤ)」で監督デビューした、スクマールの5本目の監督作となるテルグ語(*1)映画。
 女優クリティ・サノーンの映画デビュー作であり、主演マヘーシュの息子ガウタム・ガッタマネーニーの子役デビュー作でもあり、テルグ語映画界初のサイコスリラー・ノワール映画となったそう。

 インドの他、アメリカでも大ヒットを記録。
 のちに、タミル語(*2)吹替版とマラヤーラム語(*3)吹替版「Number 1」が、ヒンディー語(*4)吹替版「1: Ek Ka Dum」も公開された。
 日本では、2014年に千葉県にて英語字幕版で自主上映されている。

 特殊な記憶混乱に苦しめられる主人公が、その原因となった事件の解決と復讐に走る…と聞くと、05年のタミル語映画「Gajini (ガジニー)」を思い出しちゃうけども、それとはまた違うサイコスリラーになっておりました。
 もっとも、サイコスリラーと言うほど記憶の混乱が話に積極的には食い込んでこないで、場面場面で現実と幻覚の区別がつかなくなる恐怖に、主人公とその周りの人々が振り回される程度で、お話としては直球リベンジムービーのそれ。まあ、怖いのは「記憶の混乱」に乗じて嘘の情報を主人公に仕掛ける周りの人々の口裏合わせの方で、そこから引き起こされる記憶の混乱ぶりがこれまでにない語り口の映画に仕上げてくれてる面もあるし、わりと軽快な話運びにグイグイと引き込まれていく演出の多彩さは楽しい一本でもある。
 幻覚だと思って犯人の1人を尋問なしで殺してしまって、ヒロインの青ざめた顔を見て初めて現実だと知る主人公ガウタムの絶望は、なかなかに効果的でありました。

 そのヒロイン サミーラを演じるのは、1990年ニューデリーのパンジャーブ系家庭に生まれたクリティ・サノーン。
 父親は公認会計士を、母親はデリー大学教授をしていて、本人は電子通信工学の学位を取得している。
 モデル業を始めたのをきっかけに、14年公開の本作で映画&主演デビューし好評を得つつ、同年に「ヒーロー気取り(Heropanti)」でヒンディー語映画&主演デビューも果たして(*5)多数の新人女優賞を獲得(*6)。女優業以外では複数のブランド製品ビジネスの設立メンバーに参加していた他、ファッション誌ヴォーグのビューティー・アワードで注目賞を獲得していたりする。その後もモデル兼女優として、主にヒンディー語圏で活躍中。
 本作ではもともと、スクマール監督の前作で主演していたタマンナーやカージャルにヒロインをオファーしていたそうだけど、スケジュールの都合から断られて「ヒーロー気取り」の撮影を終えたクリティが調整可能だったことでの抜擢となったそうだけど、ゴアでの海シーンを取る時まで泳げなかったんだそうな。

 OPの装飾オルゴールが鳴らす音楽が、ラストの展開への伏線になっている所もナイスだし、そこに現れる親子の繋がり、両親を亡くした主人公の悲しみの表現が、不条理な復讐と殺人事件の連鎖と呼応して白黒ハッキリつけられない展開に結びつく映画的な語り口の妙も美しか(*7)。
 幻覚と称して主人公を揺さぶるヒロインの行動が、中盤以降悪役たちの行動として同じような揺さぶりで現実を幻覚化・幻覚を現実化させていく対比も効果的で、周りが主人公を利用しようとすればするほど主人公の孤独がどんどん深まっていく物語構造も素晴らしい(*8)。

 にしても、劇中のキーアイテムとなる新種の稲「シントー1」ってネーミングは日本語とは関係ない…よねえどうだろうねえ。

挿入歌 You are My Love (ユー・アー・マイ・ラブ)

*28秒あたりからの、ムーン・ウォーク以上の体重移動、どないなってんねん!


受賞歴
2015 South Indian international Movie Awards テルグ語映画撮影賞(R・ラトナヴェル)・テルグ語映画アクション振付賞(ピーター・ヘイン)・テルグ語映画女性プレイバックシンガー賞(ネーハー・バーシン / Aww Tuzo Mogh Korta)
2015 CineMAA Awards 批評家選出主演男優賞(マヘーシュ)・音楽特別賞(デヴィ・スリ・プラサード)
2015 Nandi Awards 子役賞(ガウタム・ガッタマネーニー)


「1N」を一言で斬る!
・「イングランド南部ベルファスト」って英語字幕が出てきましたけど…テルグ文字でもそう書いてあんの?(テルグ語映画界初の、ベルファストロケ映画になったそうですが)

2021.7.9.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 南インド ケーララ州の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*5 撮影的には、こちらが先だったそう。
*6 本作でも、SIIMAテルグ語映画新人女優賞ノミネートされている。
*7 相変わらず人命が紙のように軽いインド映画だから、巻き込まれた側はたまったものではないけれど…。
*8 その分、マヘーシュの演技がシリアス一辺倒になってるきらいはあるものの。