インド映画夜話

36 Vayadhinile 2015年 115分
主演 ジョーティカ
監督/原案 ローシャン・アンドリュー
"夢を諦めないで。あなたの夢こそ、あなた自身の証明なのよ"




「それではまず、おいくつになられますか?」
 36才のヴァサンティは、ここでも年齢制限に引っかかりまともに面接をさせてもらえなかった。

 彼女は、夫タミルセルヴァンがアイルランドへの転勤が決まった事でアイルランドでの就職先を探しているのだが、どこも彼女の年齢を聞くなり丁重にお断りされてしまう。
 国営ラジオ局勤めの夫の稼ぎだけでは一家が暮らせないため、仕事が見つからなければ自分はインドに残って、今の税務課職員の仕事を続けなければならない。今の仕事もたいして面白い仕事でもないのだけど…。アイルランド行きを楽しみにしていた娘ミティラーとは口論になるし、職場の同僚や夫ともギスギスするこの頃。

 そんな頃、チェンナイ視察にやって来たインド大統領が、ヴァサンティとの面会を希望しているとの突然の連絡が入って吃驚仰天! 聞けば、学校訪問に来た大統領に娘がスピーチしたのがきっかけだと言う。しかし、厳戒態勢下での大統領との面会に臨むヴァサンティは、近頃の家庭内での孤立具合もあいまって、自分に自信が持てなくなってしまう…。


OP Rasathi (さあ、可愛いお姫様 [若いその力で、立派にやっっちゃって頂戴])

*タミルの女の人は、元気やなあ〜。


 女優ジョーティカのカムバック映画となったタミル語(*1)映画。本作は、ローシャン監督自身の2014年のマラヤーラム語(*2)映画「How Old Are You」のリメイク作となる。
 09年のマラヤーラム語映画「Seetha Kalyanam」を最後に映画界から一時遠ざかっていたジョーティカの6年ぶり(*3)の出演作で、夫スーリヤのプロデュース作でもある。製作は、この映画が初の元請けとなる、スーリヤの自社プロ 2Dエンターテインメント。

 大女優の映画復帰作、母親主人公の人生再生劇と言う事で、見てる間どーしても12年公開作のヒンディー語映画「マダム・イン・ニューヨーク(English Vinglish)」を意識しないわけにはいかなかったけども、家族との結びつきや仕事を通した社会との結びつきを鼓舞する、よりタミルらしい映画になっているよう。
 36才はそんなにおばさんなのか、と思ってしまう年に私もなっておりますけども、12億を越えるインドの人口の中位年齢(*4)が25歳になるって話もあるそうだし、10〜20代の若年人口がやたら多いとそうもなるのか、って感じぃ。日本はもっと高齢化社会が進んでるはずなのに、この映画と同じく30代以降の就職口を探すのに劇中のヴァサンティと同じような苦労するってのは、なんか色々歪んでるよなあと妙な所に関心が行ってしまう。

 それにしても、本作でお調子者な面もありつつ悩める母親を演じる、ジョーティカの魅力全開さはさすが!
 学生時代の向こう見ずな熱血さを失いつつも(*5)、近所の人や職場、お店の面々とのおしゃべりが好きで、丁々発止のやりとりも慣れたもの。家族を大事に思って娘を溺愛しつつ、そのすれ違い具合に悩み、一方で美容院に行って得意になったり、昼ドラ見て義母と一緒に盛り上がったり、周りの人たちの反応に一喜一憂する姿が楽しく可愛い。OPとなる「Rasathi (さあ、可愛いお姫様)」ではにかみつつ歌い踊るタミル女性たちの軽やかな態度や堂の入った舞台立ち具合を見てると、主人公ヴァサンティを代表とするタミルのおかんはカッコええなあ、と無責任に思ってしまうわけですわ。

 主人公ヴァサンティを演じるジョーティカ(・サダナー)は、1977年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)のパンジャーブ系家庭生まれ。
 父親は映画プロデューサーのチャンデル・サダナー。女優ローシニー(生誕名ラディカー)と助監督のスーラジと言う姉弟がいて、女優ナグマーとも義姉妹(*6)になる。
 98年に、プリヤダルシャン監督によるヒンディー語映画「Doli Saja Ke Rakhna」で映画&主演デビュー。翌99年に、タミル語映画「Vaali」でタミル語映画にデビューして、フィルムフェア・サウスの新人女優賞を獲得して注目される。同年の「Poovellam Kettuppar(花との会話)」でタミル語映画主演デビューとなり、00年の「Kushi」でフィルムフェアのタミル語映画主演女優賞を受賞。以降タミル語映画界のスター女優として大活躍していき、03年の「Tagore(タゴール)」でテルグ語映画に、07年の「Rakkilippattu」でマラヤーラム語映画にもデビュー。
 06年に、多くの映画で共演していた男優スーリヤと結婚。07年には第一子出産もあって、その後映画界から一時的に離れていたものの、夫スーリヤが持ちかけた本作企画でカムバックとなり、フィルムフェア批評家選出主演女優賞を獲得している。

 結婚生活や子育て経験があるからってことでもないだろうけど、ジョーティカの母親演技の軽やかさは、ロマンス系ヒロイン演じてる時よりも自然で楽しそう。味方になってくれる人と対立する人との丁々発止のコミカルさも心地良いし、全体的に軽妙でさわやかな作りになってるのがスバラしか。
 後半に「何才になろうと母親になっていようと、夢を追いかけるのを止めないで」と言うテーマがより実践的に展開する物語は、その社会改革メッセージとともに順調すぎるきらいもあるんだけど、まあいつものタミルヒーロー映画の組み替え演出と見る事も出来るかなあ。
 なにより、ヴァサンティに緊張を強いる男社会すぎる政治界や実業界に対して、それに切り込んでいく女性たちの応援歌にもなっている構成が素晴らしく快活で、そこにSNSなんかのネット環境を活用しているあたり新技術好きのインド人らしいなあ、って感じ。「普通の人」でもその気になれば「社会を変える成功者」足りえると言う、タミル的成功者のイメージを見せつけられてるようでもある。
 それと並行して、アイルランド行きを決意する夫と娘との対立で、家族の別居(*7)に対してそこまで悩み苦しむのか、ってのもインドと日本の家族観の違いを見るよう。しかし、それが効果的伏線となって、ラストにヴァサンティが朗らかに、誇らしく家族を迎えるシーンの美しいインパクトにつながっていくんだから、その構成や見事。ラストシーンのジョーティカ演じる主人公の歩みの確固とした自信と、自分の力で歩いて行く姿の美しさったら!

挿入歌 Pogiren ([羽ばたく翼は、私の願いの数々に自由を与えてくれた。限界点が広がるその最中に] 私は飛び立つのです)


受賞歴
2016 Filmfare Awards South 批評家選出主演女優賞(ジョーティカ)


「36V」を一言で斬る!
・インドの大統領と首相の違いが、なんとなーく分かるような分からんような。実際の政治的実権は、北インドからばかり選出される首相の方にあるそうだけども…。

2019.7.5.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド ケーララ州の公用語。
*3 タミル語映画では8年ぶり。
*4 年齢別人口を並べた時の、中間点になる年齢列。
*5 隠し持ちつつも?
*6 父親の再婚相手の娘。
*7 逆単身赴任状態?