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Aalavandhan 2022年(オリジナルは2001年) 122分(オリジナルは178分)
主演 カマル・ハーサン(原作&脚本&台詞も兼任) & ラヴィーナー・タンドン
監督 スレーシュ・クリシュナ
"我が身は半神。我が身は半獣。我が心は多重奏なり"
これはファンメイド予告編?
双子のヴィジェイとナンドゥ(本名ナンダクマール)は、その日父親から新しい母親としてジャヤンティを紹介された。表面上は父親に従い、新しい母親を受け入れたように見せる2人だったが…。
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長じて、ヴィジェイ・クマールは対テロリスト捜査班に所属する軍人になっていた。
カシミールにて、外国人観光客を人質にとって籠城戦を仕掛けるテロリストたちを容赦無く爆殺したヴィジェイは、その爆発に巻き込まれて重傷を負ってしまう。その彼の脳裏には一瞬、救急搬送される弟ナンドゥの記憶がよぎっていく…。
帰郷後、入院しているヴィジェイの元に、恋人のニュースキャスター テージャスウィニー・テージュー(通称テジャス)がやって来て、妊娠を告白。無事を確かめ合った2人は結婚を決意するが、ヴィジェイはその前に精神病院に収容されている弟ナンドゥの解放を行いたいと主張する。ナンドゥ……少年時代に殺人事件を起こしてから、統合失調症と妄想性障害と診断され、以来ずっと厳重に収容され続けている弟。いくら退院願いを出しても受理されない弟への面会に、テジャスを連れて行ったヴィジェイだったが、やって来たナンドゥは彼女を見るなり「女を信用するな。妊娠なんて口実だ。女はいつも同じ手を使う…奴らは蜘蛛さ」とテジャスを目の敵にし始め、ずっと侮辱し続けてくる。「あの男は、別の世界に住んでいるのです。別の…彼個人の地獄の中に。幼い頃から定められてしまったことなのですよ」
数日後。
仕方なくナンドゥ抜きでヴィジェイとテジャスの結婚式が祝われた晩、ナンドゥは病院内の患者仲間を使って病院から脱走し、証拠隠滅のために手引きした仲間を殺した上で、自分を通報して病院送りにした母方の叔父スルタンの家にやってくる……。
挿入歌 Siri Siri (笑え、笑え)
タイトルは、タミル語(*1)で「彼こそが支配者」の意とか。
1984年に出版されたカマル・ハーサン著の小説「Dhayam(母親)」の映画化作品。同時製作で、一部役名・キャスト替えされたヒンディー語(*2)版「Abhay(恐れ知らず)」も1日差で一般公開。主人公の双子を1人2役で演じるカマル・ハーサンのために、インド映画初のモーション・コントロール・カメラ一式が導入された映画でもある。
公開当時は評価されなかったものの、批評家を中心に徐々にカルト的人気を勝ち取り、クエンティン・タランティーノが「キル・ビル(Kill Bill)」にて影響を受けた映画の1つだと公言したことで知名度が跳ね上がって、2013年のRediff選出「カマル・ハーサン映画ベスト10」に選出。2016年の米国の映画祭ファンタスティック・フェストで回顧上映され、2023年に122分に短縮されたデジタルリマスター版が公開されている(*3)。
公開当時46歳(*4)の主演カマル・ハーサンが1人2役で対極の双子を演じるサイコサスペンス・アクション。
正義感溢れる品行方正な軍人ヴィジェイと、自分を殺そうとする継母の幻影に苦しめられるサイコパスキラーのナンドゥとの追いかけっこを描く物語は、対極のようでお互いを思い合っている兄弟の相克、その兄弟に降りかかった過去の虐待をキーポイントとして、その難を逃れたヴィジャイと、ヴィジャイを救う代わりに虐待の標的となって全てを失いつつ、それでもなお現在のヴィジャイを救おうと殺人を犯していくナンドゥとの、表裏一体具合の兄弟愛と、それでも個人として異なる人生を歩んでしまった兄弟の悲哀を同時に描いて行く。
映画冒頭のテロリストとの戦いは普通のアクション映画の始まりとして撮られていながら、ナンドゥが精神病院(*5)を脱走した頃から彼だけが見ていると言う地獄…合成映像による幽霊の両親や殺した相手との会話、アニメーションで処理される凄惨な殺人、かつての双子が過ごした屋敷の恐怖を伴う記憶映像が、彼の主観映像として現実の風景に重ねられて行くシュール演出が多用され、一種サイケデリックな読後感を産んで行く。その辺のアーティスティックな路線が、カルト的人気を呼んだ要因でありましょか。
"ユニバーサル・ヒーロー"とタミル地方で称えられるカマル・ハーサン自身の原作小説の映像化にあたって、カマル・ハーサンを中心に据えたヒーローアクションに仕立ててあるのは計画通りな売り込みではあるけれど、その現れ方が一筋縄でいかないシュール表現に踏み込んで行く辺りに、カマル自身の野心も見えてくると言うものか。
そのカマル・ハーサンを向こうに張って、ややインド叙事詩とかにも見える女性嫌悪的な側面を被せられている女性キャラたちの活躍もいろいろに刺激的(*6)。
本作ヒロイン テジャスを演じるのは、1972年(1971年とも)マハーラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)に生まれたラヴィーナー・タンドン。
父親は70年代から活躍する映画監督兼映画プロデューサー ラヴィ・タンドン。親戚に個性派男優マック・モーハンとその娘の女優マンジャリ・マッキジャーニーが、従姉妹に女優キラン・ラトホードが、兄と結婚した義姉に女優ラーキー・タンドン(旧姓ヴィジャン)がいる芸能一族出身。
ムンバイの大学に通う中でモデル業を始め、もともと女優になる気はなかったと言うものの、広告モデルの仕事で知り合った人々から容姿を褒められ、映画出演オファーが何度も来るようになったと言う。当初はオファーを断っていたものの、カメラマン兼映画監督のシャンタヌ・シェオーレーに説得されて1991年のヒンディー語映画「Patthar Ke Phool(石の花)」で映画&主演デビュー。フィルムフェア・アワードのLuxニューフェイス・オブ・ジ・イヤー賞を獲得する。以後、ヒンディー語映画界で活躍するもヒット作には恵まれない時代が続くが、1993年には7本の映画に出演して、「Ratha Saradhi」「Bangaru Bullodu(黄金の猪)」でテルグ語(*7)映画デビュー。翌94年のヒンディー語映画「Mohra(人質)」の年間最大ヒットによってスターダムにのし上がり、そのほかの出演作もヒットが続くようになる。同年には「Sadhu(世間知らず)」でタミル語映画デビューもしている。
2000年以降、アート系映画出演に舵を切って主演作「Daman: A Victim of Marital Violence」でナショナルアワード主演女優賞を、同年の主演作「Aks(反響)」でフィルムフェア特別演技賞を獲得。2003年の「Stumped」では主演の他プロデューサーデビューもしている。以後、その演技力を高く評価されるものの、ヒット作がなくなり、2004年に結婚してから、TVドラマ「Sahib Biwi Gulam(キングとクイーンとジャック)」に主演して、その活動をTV界に徐々にシフト。2007年以降は女優活動をやめてTV番組審査員くらいの出演が続いていたが、2014年のテルグ語映画「Pandavulu Pandavulu Tummeda(5人のパーンダヴァ兄弟とミツバチ / *8)」で映画復帰して、その後も断続的に映画・TV双方で活躍。2022年の「K.G.F: Chapter 2」でカンナダ語(*9)映画デビューしている。
ノンクレジットのゲスト出演で出て来るイベントダンサー シャルミリー役のマニーシャー・コイララ出演なんか意外ながら、陽キャなマニーシャーと言うのも珍しい役どころ。このシャルミリーと言い、ヒロインのテジャスと言い、事前の警告も無視して危険なラインを越えてナンドゥと関わったがために命の危機を迎えるところなんかは「ラーマーヤナ」なんかの叙事詩に出て来る女性キャラ的ではある。
そんなステレオタイプ的なキャラ配置に反比例する、凄惨な殺人シーンやナンドゥの見る悪夢的幻をアニメーションで処理する画面構成の尖り具合、トリップ具合はいま見ても新鮮ながら、アニメーションの絵柄や動かし方がサイケ的な振り切り方をしてないため、その効果がやや薄くなっている感じがするのは、制作当時より時間の経ったいま見てるからかなあ…。やるなら「イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)」みたいなトリップ映像くらいやっても良かったのに、とか思ってしまうのは贅沢か。グロいシーンをアニメにすることで緩和している映像効果は「なるほど」って感じはしたけれど。そういったシュールな映像効果群も興味深いながら、そのシュールさを助長させ、増幅させる主演カマル・ハーサンの善悪双方に振り切った憑依型演技の別人っぷりのインパクトが、なによりも映画の魅力になっている危うさを見せつける。ほんと、シュールさの方向もまた予測不可能なところへ突き進むのがインド映画でありますことよ。
挿入歌 Kadavul Paadhi (半分は神 [半分は獣。俺は重奏歌だ])
受賞歴
2001 National Film Awards 特殊効果賞(N・マドゥースダーナン)
2001 Tamil Nadu State Film Awards 編集賞(カシ・ヴィスワナータン)
「Aalavandhan」を一言で斬る!
・マッチョブーム前のインド映画界にあって、兄弟それぞれに筋肉具合を変えて演技するカマル・ハーサン。その役者魂トンデモね!(筋肉ありすぎて、アクションの動きがやや鈍くなってる感じではあるけれど)
2026.8.7.
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