インド映画夜話

Aamir 2008年 99分
主演 ラジーヴ・カーンデルワール
監督/脚本 ラージ・クマール・グプタ
"「人は自分自身でその運命を決める」といったい誰が言うのか。…もう、うんざりだ"




 休暇でロンドンから故郷ムンバイに戻ってきた医師アーミル・アリーは、長々とした入国審査を終えてようやく空港を出た所で、来るはずの迎えの代わりに見ず知らずのライダーから急に携帯電話を渡される。

 突然鳴り出す携帯に「すぐに出ろ」と命じて雑踏に消える別の男。
 戸惑いつつ電話に出てみると「お前の車を用意した。6688ナンバーのタクシーに乗れ。荷物も乗せてある」と命じられそれを断ろうとすると、彼の名前・家族構成・略歴を知る謎の人物から家族全員が人質に取られている事を知らされる…「いいか? 彼女らの命の猶予は5時間。まず1時間以内にドングリ地区に行け。そこの国立レストランだ。1つしかないから探せ…」


挿入歌 Ha Raham (Mehfuz) (全ての物事から、我を守りたまえ)


 イギリス帰りのエリートながら一般人の青年を襲う不条理な陰謀を描く、ヒンディー語(*1)サスペンス映画。
 本作は、2006年のフィリピン映画「Cavite」を脚色したもので、ラージ・クマール・グプタ監督デビュー作でもあり、主演ラジーヴ・カーンデルワールの映画俳優デビュー作ともなる。製作は、UTV傘下のUTVスポットボーイで、その製作第1号作ともなる。
 後の2014年には、タミル語(*2)リメイク「Aal」も公開されている。

 インド最大の経済都市ムンバイの街を舞台に、そこを行き交う無数の人々の視線、無数の会話の中に潜む陰謀・不安・疑惑・ディスコミュニケーションなどが、姿の見えないテロリストの恐怖を煽るさまを見せつける極上のサスペンス劇。
 派手なアクションがなくとも、だれが敵か味方かわからない有象無象の都会人の中で正体不明なテロリストに翻弄される個人の無力さ、順風満帆の人生が突如崩壊してテロリストの標的にされた恐怖が、映画をぐいぐい引っ張っていく面白さ。一気に最後まで見てしまう脚本・演出・演技の妙がスンバラし。ま、申し訳程度につけられた挿入歌が「ん?」って感じになっている部分はあるけれど。

 監督&脚本を務めたラージ・クマール・グプタは、1976年ジャールカンド州ハザーリーバーグ生まれでマハラーシュトラ州ムンバイ育ち。
 04年の「ブラック・フライデー(Black Friday)」(*3)から助監督として映画界入りし、本作で監督&脚本デビューして大きな評判を呼ぶ。その後も、11年の「No One Killed Jessica(誰もジェシカを殺していない)」13年の「Ghanchakkar(狂おしく)」などヒンディー語映画界で監督兼脚本家として活躍中。17年には短編映画「Aaba」でプロデューサーも務めている。

 主演を務めるラジーヴ・カーンデルワールは、1975年ラジャスターン州ジャイプールのマールワーリー家系(*4)生まれ。
 アーメダバードの大学で化学の学位を取得後、デリーにてモデル業を始めつつドキュメンタリー「Samarpan」の制作・監督を手掛けてTV界に入り、すぐにTVショー司会やTVドラマ出演で俳優業を開始。多くのTV賞を獲得する中、08年の本作で映画デビューし大きく注目される。続く「サタン ~悪魔の通り道~(Shaitan)」「テーブル21番!(Table No.21)」などのヒンディー語映画の他、継続してTV界でも活躍中。16年の主演作「Fever」では、挿入歌"Teri Yaad"のプロモ版の歌を担当して歌手デビューもしている。

 「アーミル」と言う名前は、もともとアラビア語で「総督」「指導者」とかの意味を持つ称号。日本語表記では「アミル」「アミール」「エミール」とも。
 現在でも人名の他に、人の上に立つ君主の意としても、人々を率いる首長や宗教的指導者、軍人等をさす称号としても用いられている。
 本作は、こうした由来をもつ名前を冠する主人公が、一方的に殉教者としてテロリズムに加担せよと命じる謎の電話連絡から逃れる術を失い、望むと望まないとに関わらず名前が示す運命を受け入れる様を描いていく衝撃。一瞬も目が離せない、色々な意味を重ねたシーンの積み重ねは、ウマいなあ…と感心してしまいますよ。

 撮影時は、その多くがムンバイの街中でのゲリラ撮影によって作られたと言う映像は、どこまでが役者の演技でどこまでが一般人のそれなのか、容易に判断出来ない雑踏の中の緊迫感が、本編のテロリストの陰謀を描くサスペンスを盛り上げてくれて秀逸。
 街中にて、主人公の行動を逐一把握して首謀者に伝えるスリーパー・セル(潜入テロリスト)の存在、故意に情報を与えたり混乱させたりするその人々の視線と、ムンバイの一般人の好奇の視線が、ゲリラ撮影と言う手法によってよりリアルにこちら側を混乱させてくる恐ろしさ。ついには、一般市民の善意さえ疑い拒絶せざるを得なくなっていく主人公の孤立感・絶望感が十二分に伝わってきて、さまざまなムンバイの街角を背景に都市そのものの油断ならなさ、混乱具合こそがこの映画の主題であり主人公的存在になってるんだなあ…とか深読みしてしまいたくなりますことよ。

ラジーヴ・カーンデルワール・インタビュー (ヒンディー語 / 字幕なし)



「Aamir」を一言で斬る!
・しっかし、ムンバイは道にゴミが多いのぅ…大通りでも道路の両端は汚いんだなあ…。

2018.3.30.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 この映画の監督が、本作でもプロデューサーに就いてるアヌラーグ・カシャプ。
*4 かつてラジャスターンにあったマールワール王国を起源とする、マールワール語を母語とするコミュニティ。貿易商等の仕事で拡大し、その多くはバルンワール、アグルワール、カーンデルワール、マヘーシュワーリー、オスワールなどを名字とした。
*5 結婚時のダウリー始め結納品の有無とか。
*6 屋内で靴を脱ぐのか脱がないのか等。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?