インド映画夜話

アリーガル (Aligarh) 2016年 114分
主演 マノージュ・バージパーイー & ラージクマール・ラーオ
監督 ハンサル・メータ
"インド刑法377条:同性愛を含む自然界に反する行為は、これを違法とする"






 2010年2月8日。
 ウッタル・プラデーシュ州アリーガルのAMU(公立アリーガル・ムスリム大学)唯一のマラーティー語教授ラーマチャンドラ・シラスの部屋に、2人の男が突入して彼の同性愛現場を撮影。翌日、大学は証拠映像と4人の大学関係者の証言にもとづいて、シラス教授を現代インド文学部長の席から解任し、大学寮からの退去を言い渡した。

 この事件によって世間を巻き込む同性愛バッシングの嵐が起こるが、一方的な糾弾記事に不信を抱いた記者見習いのディープー・セバスチャンは、上司に頼み込んでアリーガルへの取材許可をもらい、現場へと急行する。
 不法侵入した男2人が不問にされ、教授の恋人だったと言う車引きの男の行方がつかめない状況の中、シラス教授の友人たちは「彼は学内の派閥争いの標的にされた」と語り、大学側は「許すべからざる行為によって大学の信用を落とそうとした」と教授を攻撃する。
 強引な捜査と腑に落ちない状況の中、文学話でシラス教授の心を開かせることに成功したディープーは…。





 2010年に、実際に同性愛者であることが暴露されて大学を追放された、ラーマチャンドラ・シラス教授を巡る騒ぎを映画化した社会派ヒンディー語(*1)映画。
 2016年のインド公開に先立ち、15年の韓国釜山国際映画祭でプレミア上映された他、同年にBFI(英国映画協会)ロンドン映画祭でも上映されて大きな反響を呼んだと言う。
 日本では、2016年にIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて「アリーガルの夜明け」の邦題で上映。2022年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)でも「アリーガル」の邦題で上映されている。24年のシネ・リーブル池袋のゴールデンウィークインド映画祭で上映されてもいる。

 暗いアリーガル大学寮のシラス教授の部屋を映す長まわしカットから始まる映画は、不穏な空気を漂わせつつ、事件の夜を客観的に建物の外側から見た冷徹な視線で進みながら、ディープーの取材によって徐々にディープーとシラス教授が意気投合して行く様を繊細に描写していく。
 それは、社会に絶望していたシラス教授がたどる、心の中に渦巻く様々な思いを自分の言葉に変換していく過程であり、見ず知らずの相手と打ち解けていくことで心が解放されていく融和の物語かもしれない。
 大学の所行や同性愛を嫌悪する世間に対する怒りと絶望と言う強い感情と共に、微細な愛情や友情の揺れ動く様を感じ取るシラス教授の言語感覚、裁判の応酬の中で自分の詩を英訳したり眠り込んだりしてしまう自由気侭な性格、美しいものに惹かれていく教授の美的感覚の世界……憎むべき同性愛者と言うレッテルによって世間から排除されようとする人物の中に広がる、美しき世界と現実の醜態の差、インド社会の現状、不条理な世の中の無理解・歪んだ日常生活がもたらす歪んだ現実との対比が、効果的であると同時にもの悲しく、ゾッとする恐さを引き立てる。

 多少浮世離れしているシラス教授に対比される感じで、現実を相手にするジャーナリスト ディープーの野心、プロ意識、他人を出し抜こうとする競争心や向上心も描かれていき、対極にいるはずの2人の奇妙な友情のさまは、夢と現実の合わさる1つの理想像のよう。
 しかし、生活感あふれるそれぞれの自宅の雑多な様子を逐一写し取っていく画面は、そうした理想が現実生活の中では一瞬の揺らぎでしかないことを匂わせているかのようで、様々な人が交錯して生きていく現実にあって、"美しいもの"を愛する余裕などないことを大学関係者や裁判の様子、政治運動家やジャーナリストたちのせわしない様子が語っていく。

 監督を務めるハンサル・メータは、TV界で活躍していた監督兼脚本家。
 93年から料理番組やTVドラマを手掛け、99年にTV映画「...Jayate」を監督(*2)。00年にヒンディー語映画「Dil Pe Mat Le Yaar!!(心を奪わないで!)」で劇場映画監督デビュー。いくつかの監督作の後、13年の「Shahid(弁護士シャーヒド)」でナショナル・フィルムアワードの監督賞始め多くの賞を獲得。奇しくもこの映画は、本作と同じく実在の人物を描いた映画であり、本作にも出演しているラージクマール・ラーオの主演作でもあった。

 シラス教授を演じるのは、1969年ビハール州ナーカティアガンジの農家の家に生まれたマノージュ・バージパーイー。
 子供の頃から役者を志望していて、17才でニューデリーに出てきてデリー大学ラームジャス校に通いながら国立演劇学校を受験するも4回も不合格に。自殺を考えるほどのショックを受けながらもバリー・ジョン演技ワークショップにてその演技力を見出されて、晴れて国立演劇学校の教員に迎えられたと言う。
 94年の「Drohkaal」で特別出演して映画デビュー(*3)し、96年には「Sanshodhan(村落議会改正法)」で主演デビューする。98年の「Satya(真実)」でナショナル・フィルムアワード助演男優賞とフィルムフェア批評家選出男優賞を獲得して注目され、以降、演技派男優として数々の映画に出演していくようになる。
 ヒンディー語映画を基盤に活躍していく中、99年の「Prema Katha(恋物語)」でテルグ語映画に、13年の「Samar(戦争)」でタミル語映画にもデビューし活躍を広げている。

 新人記者ディープーを演じたのは、ハリヤーナー州グルガオンのヤーダヴ家系(*4)に生まれたラージクマール・ラーオ(別名ラージ・クマール・ヤーダヴ)。
 デリー大学ARSD(アトマ・ラム・サナタン・ダルマ)校で芸術を修了し、その大学時代にSRC(クシティジー・レパートリー&シュリ・ラーム・センター)に加わって舞台演劇を経験。その後、プネーのFTII(映画&テレビ研究所)に進学して、08年の卒業以降オーディション活動の末10年のオムニバス映画「Love Sex Aur Dhokha」の1編で主演デビュー。その後、順調に活躍の場を広げて「我が人生3つの失敗(Kai Po Che!)」等の出演を経て、13年のハンサル・メータ監督作「Shahid(弁護士シャヒード)」にてナショナル・フィルム・アワード主演男優賞、フィルムフェア批評家選出主演男優賞を獲得している。

 映画は、インドの近現代史において大きな存在感を持ち、イスラム文化復興にも多大な貢献実績があると言う名門AMUで起こった事件を淡々と、関係者をはじめその周辺で事件を見守っていた人々の様子も入れつつ描いていき、シラス教授の最期の2ヶ月間…特に事件の発端を作った人々の不可解な行動と、裁判で勝訴してから彼の遺体が発見されるまで…の描写は、言外に教授が陰謀の犠牲者となって殺されたことを暗示して終わる(*5)。
 事件の状況や関係者たちの様子がどこまで正確に再現されているのかは知らないけど、ラストにシラス教授が窓の向こう(*6)に「…誰だ?」と呼びかけるシーンの不穏なことと言ったら。それは、隠れていた犯人に向けて発せられた台詞だったかもしれない。夢うつつの教授が見た一瞬の幻だったかもしれない。もしくは、頑迷なインド社会を構成する観客たちに向けられた台詞かもしれない。

 2010年4月7日の遺体発見以後、警察はシラス教授の遺体から毒物を検出したことから3人の記者と大学関係者4人を一時逮捕するも、証拠不十分のため事件未解決のままうやむやになってしまったと言う。シラス教授の裁判で同性愛を犯罪とする刑法377条の違憲性がハッキリ立証されたにもかかわらず、なお強固に同性愛が否定され遺棄されるインド社会の夜は、いったい何処へ向かうのか…。


1シーンプロモ Love. It's a beautiful word




受賞歴
2016 Asia Pacific Screen Awards 主演男優賞(マノージュ)
2017 Filmfare Awards 批評家選出主演男優賞(マノージュ)
*ラージクマール・ラーオも、同じフィルムフェアで助演男優賞ノミネートされている。




「アリーガル」を一言で斬る!
・交渉するときは人の服を褒めるといい。今回学びました。うん。

2017.2.24.
2022.5.21.追記
2024.4.13.追記

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 脚本も担当。
*3 出番は1分だけだったそうな。
*4 元農業や牧畜を行なう北インドの部族コミュニティ。19世紀後半からの地位向上運動によって様々な業種に進出し、ヒンドゥー社会に確固とした地位を築くようになった。
*5 ハッキリとは描かれていないけれど。
*6 カメラ=スクリーンの向こう側?