インド映画夜話

Aranmanai 2014年 161分 主演 スンダル・C & ハンシカー・モトワーニー & アンドレアー・ジェレミアー他
監督/脚本/原案 スンダル・C
"誰かが、見ている"




 その日、村の人々は郊外の古びた屋敷の清掃に駆り出されていた。
 タミル・ナードゥ州の辺境コヴィルール("お寺の村"の意。州内各所に同じ地名が点在する)村にて管理人アイヤナルが買い取ろうとしているこの屋敷は、所有者の地主の死後、その相続権を持つ子供達不在により長年閉鎖され続けていた。やっとで屋敷の扉が開放されると、大広間の片隅に巨大蟻塚のような怪しげな土の山を発見。シャベルの1突きから血のような赤い液体がほとばしり始めたのだ…!!

 数日ののち、清掃の終わった屋敷のアイヤナルへの名義変更手続きのため、疎遠だった地主の子孫たちが集まってくる。
 亡き長男の代行として彼の息子ムラリと新妻マーダヴィ。次男シヴァラーマンと娘のマヤ。駆け落ちした長女イーシュワリーとケーサヴァン夫婦とその息子ムリアン・カンナン。さらに、かつて地主の愛人だったと言う祖母の遺言から、屋敷の財産を狙ってコソ泥パールサミーも密かに住み込み料理人として急遽入り込んでいた。

 その夜から、奇妙な出来事が頻発し始める……イーシュワリーは寝室で不審な気配を感じ、マーダヴィは夫を指差す血塗られた影の夢を見る。ケーサヴァンは知的障害を持つ使用人の娘と遊ぶ幽霊を目撃して精神退行してしまい、マヤは水浸しの書類棚から溢れる水の直撃を食らってしまった。
 申請手続書が水浸しになった事から、アイヤナルとムラリが再申請書類を持ち帰るまで、一族はお屋敷滞在を続けざるを得なくなり、イーシュワリーたちはちょうど開催される村の災厄除去のための女神祭を見に行くことを計画。
 しかしその夜。運転手スワーミーとパールサミーの友人ナチミトゥが次々と行方不明になってしまい…!!


挿入歌 Katthi Parvakkaari (切れ味のある視線 [君の目は針のように突き刺さる])


 タイトルは、タミル語(*1)で「宮殿」。

 スンダル・C監督&主演の大ヒット・コメディホラー映画「Aranmanai(宮殿)」シリーズの、第1作。
 その物語が、1978年の「Aayiram Jenmangal(千もの転生)」と酷似しているとして、この映画のプロデューサー M・ムトゥマランが裁判に訴えている(*2)。

 監督スンダル・C自身が主演も務めるホラー映画ってことで、どんなもんだろと見てみれば、コメディ色の方が強目の配分でそんなに怖くない全年齢推奨な作り。
 論争になったというパクリ疑惑の元映画は未見ながら、「チャンドラムキ(Chandramukhi,)」とか「Arundhathi(アルンダティ)」とかの過去の懐かしホラー系(スリラー系?)映画のオマージュみたいなシーンも散見されるよう。2000年代後半から活発化するタミル・ホラーの新潮流にはあえて乗らずに、そうした牧歌的な古典的ホラー映画構造を踏襲したノスタルジーな方向へ舵を切っている映画って感じも強い。

 メインキャストの半分くらいがコメディアンで固められ、ムリクリ感の強いボケ倒しコメディで話をつないで行く強引さも微笑ましいし、映画開始40分を過ぎて初登場するスンダル・C監督演じる探偵役主人公ラヴィがアクションにしろ謎解きにしろ無双するマサーラー感も、「チャンドラムキ」のラジニを彷彿とさせるサービス精神。それぞれの語り口が軽いために、幽霊屋敷で起きる超常現象の数々も不気味さはほとんど感じないし、幽霊のおどろおどろしさもこの手のヴィジュアルのパターンを踏襲する「よくある絵面」に見えてしまうので、ホラーを期待すると肩透かしをくらいそう。
 その分、幽霊騒動に翻弄されるダブルヒロイン(*3)に加えて、幽霊自身の因縁を語る映画後半のメインヒロインとなるハンシカー・モトワーニーの活躍どころをきっちり作ってきて、陰謀の犠牲になる女性の怨みと、村社会における男権的価値観の犠牲となる女性の嘆きをこれでもかとアピールする。そこまでセクシーシーンはない(*4)一方、幽霊に対抗しようとしたり、幽霊自身に取り憑かれて不敵に笑う決めポーズを見せつけたりと、特に女優たちの喜怒哀楽が存分に楽しめる映画構造がカッコええ画面を作ってくれている。

 そのトリプルヒロインの中、映画前半のメインヒロインかつ、後半も幽霊自身に取り憑かれて暴れまわる実質主人公マーダヴィーを演じるアンドレアー・ジェレミアーは、1985年タミル・ナードゥ州ヴェールール県アラコナム(現ラニペット県アラコナム)のアングロ・インディアン(*5)家庭生まれ(*6)。父親は高等裁判所付きの弁護士をしている。
 チェンナイの学校に通いつつ、8才からクラシックピアノを習い、10才でジャクソンファイブ風の音楽グループ"ヤング・スターズ"に加入して芸能界で活躍。大学時代には舞台演劇で活躍して、芸能プロデュース会社"ザ・ショー・マスト・ゴー・オン(TSMGOプロダクションズ)"を設立。大学の学生評議会長にも就任したりしていたと言う。
 当初は歌手を目指していて、映画界やTV界からのオファーを蹴って音楽中心に活動。国内全土で公演を行う中、2005年のタミル語映画「Anniyan(見知らぬ人)」の挿入歌"Kannum Kannum Nokia"と"Kadhal Yaanai"の2曲の歌手を務めて以降映画のプレイバックシンガーとしても活動を始め、翌2006年の「Vettaiyaadu Vilaiyaadu(狩りと遊び)」で挿入歌と共に吹替声優も担当。CMやTVドラマ出演を挟んで、「Vettaiyaadu Vilaiyaadu」のガウタム・ヴァスデーヴ・メーノーン監督から次回作のヒロインを演じてほしいと請われて、2007年の「Pachaikili Muthucharam(緑のオウムと真珠飾り)」で女優&主役級デビュー。ヴィジャイ・アワードの新人女優賞ノミネートされる。
 2013年には「Annayum Rasoolum(アンナとラソール)」でマラヤーラム語(*7)映画に主演&歌手デビュー。SIIMA(国際南インド映画賞)のマラヤーラム語映画新人女優賞ノミネートし、女優としての代表作と評される人気を獲得。同年の主演作タミル語映画「Vishwaroopam(偉大なる顕現)」の同時製作ヒンディー語(*8)版「Vishwaroop」でヒンディー語映画デビュー。やはり同年公開作「Tadakha(勇気)」でテルグ語(*9)映画デビューもしていて、以降、タミル語映画を中心に南インド映画界で女優兼歌手として活躍中。2013年のヴィジャイ・アワードにて「Thuppakki(銃)」で歌手を務めた挿入歌"Google Google(グーグル・グーグル)"が人気歌曲賞を獲得している。

 鏡を通して現れる女性の幽霊という点では「嵐が丘」的な文芸テイストを感じなくもないけれど、大量に集まってくる地主子孫たちのドタバタ騒ぎのパワフルさが幽霊の恐怖以上の騒動で落ち着かない人間関係を作って行くあたり、インド庶民たちの元気さがホラー風味を駆逐しているような微笑ましさもある。
 後半明らかになる、過去の村の陰謀とその復讐も民話テイストというか過去のホラー映画のオマージュ的な構造をしているのか、悲惨な話でありながらどこか牧歌的でもある。怨みを晴らそうと村人たちに襲いかかる幽霊の悲しさを重ねつつ、幽霊以上に自己主張の強い主要登場人物たちの圧の強さが適度にホラー的怖さをエンタメ的楽しさへと変えていっているよう。日中にも不可思議な呪力を発揮して人を殺しにかかる幽霊も、一種のスーパーヒーロー的格好良さが引き出されてきて、ホラーと言うより民話的メルヘン世界を作り出していく雰囲気。批評家から賛否両論されつつヒット作につながったのは、そんな往年の名作映画構造を踏襲しつつ、マサーラー的なオールジャンル網羅のいいとこ取りを目指したから、とかでしょか。ホラーと言わずに、コメディファンタジーとか言ってれば評価がまた変わっていた映画かもしれな…い?



挿入歌 Sonnathu Sonnathu (告白してくれたのは、あなただったのに)




受賞歴
2014 Ananda Vikatan Cinema Awards コメディ女優賞(コヴァーイー・サララ)
2015 SIIMA (South Indian International Movie Awards) タミル語映画主演女優賞(ハンシカー・モトワーニー)
Sica Awards タミル語映画女優賞(アンドレアー・ジェレミアー)


「Aranmanai」を一言で斬る!
・タミル語で「なにも居ないよ」の返事としての「居たわ」は「イルンダ」。覚えました

2025.5.12.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 裁判所は弁護士たちによる検証で、本作は「Aayiram Jenmangal」のコピーが多数存在し、観客はそのリメイク作であるとの印象を受けるだろうと結論づけられている。
*3 マーダヴィー役のアンドレアー・ジェレミアーと、マヤ役のラーイ・ラクシュミー。
*4 寝間着やエクササイズ・トレーナーでボディラインをアピールするくらいはあるけど。
*5 イギリス系インド人またはインド系イギリス人の集団。
*6 またはチェンナイ生まれとも。
*7 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*8 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語で、フィジーの公用語の1つでもある。
*9 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。