インド映画夜話

希石 (Arputham) 2002年 159分
主演 ラーガヴァー・ローレンス & アヌー・プラヴァカール
監督/原案/脚本/台詞 アルプタン
"神はひとをつくった"
"ひとは恋をつくった"
"ひとつの恋が、斯くの如き人間をつくった"
"だからこそ、恋をしよう"



挿入歌 Aaha Anandham (Happy New Year)



 チェンナイで遊び暮らす青年S(父称名シャンムハスンダラム?)・アショーク。彼は根は優しいけれど、街中でも有名なゴロツキ。公務員の親のすねをかじって小さな(売れない)音楽店を経営し、人の金で酒やタバコやクラブ三昧。
 口八丁でお金を父親から無心し続け、店の仕事も放ったらかして商店街の親方からは逃げ回る毎日。ある日、勢い余って友達が「アショークはこの前、交通事故で失明してしまったんです」と親方に騙ってから、目が見えないフリで親方をからかっていた所に「大変でしょうから、杖を買ってあげる」と彼を世話する女性プリヤーが現れる。

 品行方正で、誰にでも平等なプリヤーの人柄に驚くアショークは、失明を騙っていた事を悔いて彼女に謝罪し、彼女と付き合いたいと望むが、そんなアショークをプリヤーは拒絶し、「私が好きと言うのなら、まず貴方の人生の目標がなんなのか答えて。国中とは言わない、隣近所に誇れる道を見つけるのが先ではないの?」と問いかける。プリヤーの問いに答えられないアショークは…


挿入歌 Pandibazaaril (パーンディ市場で)



 タミル語(*1)映画界で活躍する、振付師兼役者のローレンス主演映画。
 日本では、2015年にDVDが発売。かなり詳細に書かれた、映画構成を分析したブックレット付きなのが嬉しい。「なんでインド映画って踊るの?」とか言ってる人は、一度目を通しなさい。宿題です!

 ローレンスの主演第2作目と言う事でもあるのか、(タミル語映画としては)わりとオーソドックスなお話と映画構成ながら、物語の本道、コメディアンの話芸、ダンスミュージック、社会に訴える説教シーンが次々と展開する猪突猛進映画。しかし、プリヤーの抱える秘密が明るみになる後半以後、映画終盤にいたるまで意外な展開も待っている構成もあって、読後感は、腹一杯ながらさわやか。
 とにかく印象に強いのは、冒頭から発揮される振付師としてのローレンスのダンスパフォーマンスの爆発力。その不思議な身体の動きだけ見ても、一見の価値あり。お話以前に、この人の身体の動きだけで目新しく奇想天外なのがスゴい。

 その主役アショーク役のラーガヴァー・ローレンスは、1976年タミル・ナードゥ州チェンナイ生まれ。なんでも生まれつき脳腫瘍があって、母親が聖ラーガヴェンドラ廟に通って祈願した事から治ったと言う話から、以降、自分の名前に"ラーガヴァー"をつけて名乗るようになったとか。
 格闘家"スーパル"スッバラヤンの車両掃除夫として働いていた時に、彼のダンスを見たラジニカーントの協力でダンスユニットを結成。プラーブデーヴァなどと共に活躍し、93年のシャンカル初監督作となるタミル語映画「Gentleman」でバックダンサーとして映画デビュー。97年のチランジーヴィー主演のテルグ語(*2)映画「Hitler」で振付師デビューする。99年には初主演のテルグ語映画「Speed Dancer」で俳優デビューとなり、本作が2作目(*3)の主演作となるも、両方ともヒットにはつながらなかったそう。
 とは言え、00年のテルグ語映画「Annayya(偉大な兄貴)」のナンディ振付賞獲得を始め、複数の映画で振付賞を受賞する人気ダンスマスターとして名声を獲得する他、04年にはテルグ語映画「Mass」で監督デビューし、06年の2作目の監督作「Style」では原案・脚本も担当。11年の5本目の監督作「Muni 2: Kanchana」では監督・脚本・主演の他、製作も担当し、活動の幅を大きく広げている。

 そのダンスの爆発力と、喜怒哀楽いつ如何なる時も元気なオーラが好印象なローレンスなんですが、如何せん本作では演技力がそこまで発揮されてないのが残念(*4)。
 説明的すぎるカメラアングル(*5)、詳細すぎる台詞、初登場で人物像の全てが表現される登場人物たちと、全力でローレンスのサポートに回ったかのような"わかりやすい"映画構成なのが微笑ましい。それが100%成功してるかどうかは分からんけど、チェンナイのT・ナガル商店街のお店をスポンサーとして、その周囲で暮らすタミル人たちの生活感や丁々発止の会話のテンポは、日本人からすると馴染み薄いなりに面白いもんですネ。デートを前に、男同士で軍資金を融通し合ってる所に「足りない!」と注文を付けるタミル女性のたくましさったら。

 あと、DVDの日本語字幕が早口のタミル語に対応しようと色々試行錯誤してるように見えるのも、このDVDの見所だったりもする。
 特に歌シーンの字幕が、空耳かと言うくらい原音を意識した訳文になってるのが「そうか、そんな手もあるのか」って感じ。翻訳がどこまで正確なのかは分からないけど、わりと無理矢理でありつつ意味が分かるような分からないようなギリギリな日本語訳文が、タミル語の音と対応してる箇所が多いおかげで、今歌われてる箇所が日本語文から理解できるの面白い効果ですわ。
 まあ、普段から早口で1文に色々意味がついて回るタミル語の台詞に、正確な日本語訳を入れようってだけで相当大変な作業なんだろうなあ…とは思う所ですけども。


挿入歌 Thattu Thattu (新春)

*多少ネタバレ気味、注意。






「希石」を一言で斬る!
・さあ、インド映画を理解したいなら、ワタスの勝手な感想文読むより、DVDを購入してブックレットを10回は読みましょうぞ!(関係者ジャナイデスヨ。ホントヨ)

2016.2.27.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 タミル語映画では初。
*4 アショークって何才ぐらいを想定してるんかなあ…って疑問も。
*5 映画本編で、5回も繰り返される人物の周りを旋回するカメラ!