インド映画夜話

アルヴィ (Aruvi) 2016年 130分
主演 アディティ・バーラン & アンジャリ・ヴァルダーン
監督/脚本 アルン・プラブ・プルショータマン
"真実が、挑戦する"




 あるテレビ局から、重症の女性が救急車に乗せられて搬送されて行った。「エミリー…雨が…降ると思ってたわ…」

************
 その女性…アルヴィは緑豊かな農村の生まれ。
 少女期に街中に家族で引っ越してきて、ごく普通の中流家庭でごく普通の暮らしをして、ごく普通に大学の心理学科まで進学したものの、ある事実を咎められ実家から突如勘当されてしまう。そのまま親友ジェシーの家に泊めてもらう彼女は、トランスジェンダーのエミリーと知り合って彼女の務めるNGO縫製工場で働き始めるのだが…。
************

 テレビ局の騒動を伝えるニュースは続く…「救急搬送されたテロリストのアルヴィは現在、IPS(インド警察機構)のシャキール・ワハーブによる尋問を受けています。関係筋からの情報によりますと、容疑者アルヴィはテロの全容を語ることをいまだ拒否しているとのことです…」


挿入歌 Baby Track (Kukkotti Kunaatti) (ベイビー・トラック)


 タイトルは主人公の名前だけども、その名義はタミル語(*1)で「滝」とか。

 TV男優兼助監督出身のアルン・プラブ・プルショータマンの監督デビュー作にして、数々の女優賞に輝いたアディティ・バーランの主演デビュー作(*2)となった、傑作タミル語映画。
 同名ヒンディー語(*3)吹替版も公開。
 16年の上海国際映画祭でプレミア上映されたのち、数々の映画祭で上映されてから、翌17年の年末にインド本国の他、米国、オーストラリアでようやく一般公開。日本では2018年のSPACEBOX主催ICW(インディアン・フィルム・ウィーク)にて上映。

 いやあ…なんとも不思議な読後感。
 なんだろう。こう言う今まで感じたことのない感覚を知りたくて、インド映画見続けているってのはありますわなあ…。
 お話は大きく3つ。まずはテロ容疑で取り調べを受けている主人公アルヴィとその関係者たちの現状のシーン。その尋問と並行して回想される主人公のこれまでの人生を描く過去シーンが前半部分。平和な家庭で育ったはずの主人公が突如TVスタジオに立てこもる事件を起こす回想が中盤〜後半と言う構成。
 その中で、「誤解」と「すれ違い」の連続によって主人公アルヴィが苦境に陥っていく様、彼女が思い描いていた筋道が破綻していく様を時にユーモアたっぷりに、時にサスペンスフルに描きながら、インターバル直前のアルヴィのある真実が暴露されることによってそれまでの被害者と加害者が逆転し、あらゆる「すれ違い」がアルヴィ主導のもとに自虐と加虐を織り交ぜた妙なユーモアを醸し出す空間へと変容させられていく。「すれ違い」は「すれ違い」のまま、アルヴィの復讐はその逆転現象を頂点としながらも、異常事態の中でも周囲の人々とその異常具合を楽しもうとするその和気藹々具合は、ある意味ではインド社会(現代社会?)の1つの理想形に変容していたのかもしれないと言う皮肉を浮かび上がらせるよう。世の中の「普通である」と言う「誤解」に苦しめられたアルヴィが、「異常」な空間を楽しんで、その場にいるアルヴィを恐れる人々に見せる優しさが、なんとも虚しく侘しい雰囲気を醸し出すと同時に「異常」の中で物事の筋道が「すれ違い」を解いていく儚い希望へと到達するようでもある。

 主役アルヴィを演じたのは、1991年タミル・ナードゥ州マドラス(現チェンナイ)生まれのアディティ・バーラン。
 法学部を卒業して弁護士として働いている中で、15年のタミル語映画「Yennai Arindhaal(君が僕を知っていようと)」のミュージカルシーンにノンクレジット出演。その後、本作で正式に映画&主演デビューして大絶賛を浴び、数々の映画賞を獲得する。続く21年にはオムニバス・タミル語映画「Kutty Story」の1編「Aadal Paadal」に主演するほか、「Cold Case(コールド・ケース)」でマラヤーラム語(南インド ケーララ州の公用語)映画デビュー。さらに、ネットフリックス配信ドラマシリーズ「ナヴァラサ: 9つの心(Navarasa)」にも出演している。

 監督を務めたのは、1989年生まれのアルン・プラブ・プルショータマン。
 チェンナイの大学でヴィジュアルコミュニケーションを修了し、02年から放送のTVドラマシリーズ「Annamalai(アンナマライ)」に出演して男優デビュー。TVドラマ男優として活動する中で高名な撮影監督兼映画監督兼脚本家のバール・マヘンドラに特訓されながら、助監督業を経て13年頃に本作の脚本を完成させ、それを元に本作で監督デビューを果たす。数々の映画賞を獲得したのち、21年には2本目の監督作「Vaazhl」も公開させている。

 出演するキャスト陣は、何人かの映画人を除いてほとんどは新人で構成されていると言うけれど、まあ〜全員が堂々とした演技できっちりと劇中の混沌具合を見せつけてくれるし、いろんな不条理と条理の間を軽快に行ったり来たりする身軽さは見事の一言。

 様々な社会批判の刃もキレッキレに凄まじい切れ味を見せてくれる物語にあって、実在の視聴者参加型討論番組をパロディにした劇中番組の舞台裏を映すことで現れる強烈なメディア批判、人の話を最後まで聞かないでありきたりの結論にまとめてしまおうとする世間のステレオタイプな偏見への痛烈な意趣返しも凄まじい。
 その凄まじい批判精神にあって、物語としてはあくまでユーモアに徹し、異常事態を楽しむ人間の姿を微笑ましく撮っていきながら、そこに横たわる重ーーーい現実、「誤解」や「すれ違い」によってレッテルを貼られた側が落ち込む回復不可能な惨状を前にして、一寸先は闇の人生の混沌具合を重くとも共に笑い合う人々の様子を見せてくれるこの物語は、現実社会に対しての切れ味鋭い批判精神をも越えるなんとも形容しがたい新たな感情の渦を喚起させる、爆弾級の一本ですわ。

挿入歌 Party Song (Uchcham Thodum Anbin Kodi) (パーティーソング / ああ、空に触れるかのように翻る平和の旗よ)


受賞歴
2018 Ananda Vikatan Cinema Awards プロダクション賞・監督デビュー賞・女優デビュー賞(アディティ・バーラン)・編集賞(レイモンド・デリック・クラスタ)
2018 Edison Awards 監督デビュー賞・女優デビュー賞(アディティ・バーラン)
2018 Filmfare Awards South 批評家選出タミル語映画主演女優賞(アディティ・バーラン)
2018 ノルウェー Norway Tamil Film Festival Awards プロダクション賞・主演女優賞(アディティ・バーラン)・編集賞(レイモンド・デリック・クラスタ)
2018 SIIMA (South Indian International Movie Awards) タミル語映画監督デビュー賞・批評家選出タミル語映画女優賞(アディティ・バーラン)
2018 Techofes Awards 女優デビュー賞(アディティ・バーラン)
2018 Vijay Awards 女優デビュー賞(アディティ・バーラン)


「アルヴィ」を一言で斬る!
・「聖なる娼婦なんて信じない」ってそらそうだよなあ…。インドに限らずよく映画や小説の題材になってるけどさあ…。

2021.10.1.

戻る

*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 その前に、1作だけノンクレジット出演しているけど。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。