インド映画夜話

遠い雷鳴 (Ashani Sanket) 1973年 101分
主演 ショウミトッロ・チャタルジー & ボビータ
監督/脚本/音楽 サタジット・レイ
"1943年。戦地から遠く離れた平和なベンガルで、500万もの人々が犠牲となった"



OP



 ベンガルの田舎の空にも、戦地へ向かう戦闘機の影が舞う第2次世界大戦の時代…1942年。

 ナートゥンガオン村唯一のバラモン ガンガーチャラン・チャクラヴァルティは村の指導者であり、医者であり、司祭であり、教師として皆の尊敬を集めていた。モティやチュトキーと言った村の女性たちとも仲の良い妻アナンガと共に、貧しいながらも幸せな農村生活を送っていたある夕暮れ、近郊の老人バッタチャルジーが米をねだりにやって来る。彼は語る「日本軍のシンガポール占領によって、米の値段が高騰している。簡単に米が手に入らない…」

 更なる日本のビルマ占領に伴い、戦地から遠いベンガルの農村にも急激な食料不足と物価高騰が襲いかかる。米問屋への襲撃、村人たちの対立と疑心暗鬼、日増しに増える食料難民たち…。ガンガーチャランも米の調達に走り回らねばならなくなり、密林の中から食べられる植物を探しまわるアナンガ始め女性たちの日常も、飢餓のパニックによって脅かされて行く…。





 「大地のうた」と同じくビブーティブーシャン・バンドパタヤ原作の同名小説をベンガル語(*1)映画化したもの。サタジット・レイ監督作としては23作目。日本では、1978年に一般公開。
 本作は、02年のニューヨーク・タイムズ「傑作映画ガイド1000」に選出されている。

 第2次世界大戦中の1943年に、ベンガル地方を襲った飢餓恐慌…いわゆるベンガル大飢饉によって、500万人以上(*2)の犠牲者を出した史実を元にした物語で、映画全編が戦地から遥か遠い農村を舞台にして、戦争がなにかも知らないような人々を襲う間接的戦災の悲劇を描く。
 所々で空を翔る戦闘機の遠い轟音が、はしゃぐ村人たちにとっての戦争との距離感を表し、ゆるやかに忍び寄ってくる回避不可能な悲劇と不安の象徴となり、食料危機によって簡単に日常が崩壊し"人間の尊厳"なるものが霧散して行くさまを丁寧に繊細に描いて行く。

 主役ガンガーチャランを演じるショウミトッロ・チャタルジー(別名ショウミトッロ・チャットパドゥヤィー)は、1935年英領インドのベンガル地方クリシュナナーガル生まれ。祖父は劇団理事長。父親は弁護士兼アマチュア役者で、彼自身も学生演劇から頭角を現す。
 カルカッタ大学でベンガル文学を専攻する中、ベンガル・シアターで演技を修行し、国営放送のアナウンサーを経て、サタジット・レイに見出されオーディション活動を開始。紆余曲折を経て、1959年のサタジット・レイ5本目の監督作にしてオプー3部作の最終作「大樹のうた(Apur Sansar)」で映画&主演デビューとなった。その後もサタジット・レイ映画に出演し続け、ベンガル語映画界の名コンビとして人気を博し、数々の映画出演の他舞台演劇でも活躍。後年数々の功労賞を贈られている。

 ヒロインのアナンガを演じたのは、東パキスタン(*3)はジェッソール出身の女優ボビータ(生誕名ファリーダ・アクタル。通称ポッピー)。姉(妹?)に女優のチャンパーとスチャンダがいる。
 1970年の東パキスタン映画「Santan」で映画&主演デビュー。本作が3本目の出演作で唯一の世界公開映画の出演作。1975年の「Bandi Keno Kande」、翌76年「Noyonmoni」、翌77年「Basundhara」、さらに85年「Ramer Sumati」でバングラデシュのナショナル・フィルム・アワード主演女優賞を獲得。02年に「Hason Raja」で助演女優賞も獲得している。俳優業以外には、1985年以降に姉の助力を受け映画製作プロダクション"Bobita Movies."を開設してプロデューサー業も開始。さらに、女性へのDV反対運動や白血病の子供支援大使として社会活動にも参加している。

 もう一人のヒロイン、アナンガの親友チュトキーを演じたのは60〜80年代を中心に活躍する映画女優サンディヤー・ローイ。ベンガル地方ナバドウィープに生まれ、祖父は現バングラデシュ領内のザミンダール(荘園主)家系。幼くして両親を亡くし、東パキスタンにいた母方一族に育てられた後、1957年にインドに戻って「Mamlar fol」の端役で女優業を開始。1961年の「Kathin Maya」で主演デビュー(?)して、69年に「Teen Adhaya」でBFJA助演女優賞を、72年「Nimantran」と76年「Sansar Seemantey」でBFJA主演女優賞を獲得。2013年にはその貢献を祝して西ベンガル州の最高位市民賞を授与されている。
 09年公開作「Maa Amar Maa」の後、一端女優業を辞めて政界に参入。2014年にメディニプル選挙区から選出されて下院議員に当選したそうな。

 OPから牧歌的なベンガルの農村地域の緑豊かな状景を映しながら、村唯一のバラモンと言いつつ暮らしぶりはあんまり村人と変わらない主人公(*4)の日常が描かれて行く中、不吉の前触れとして登場する影の濃いバッタチャルジー老人(*5)や、顔面に大火傷を負っている油屋など、画面的に"不吉さ"を強調する画面作りの分かりやすさは「そこまでやっちゃって大丈夫?」って感じもしなくもない。夕景のなか暗い影のように立つバッタチャルジーは、さながら悪魔的な扱いですな。

 このベンガル大飢饉を生き残って「飢饉を生み出す原因」を経済学の分野から研究したアマルティア・セーンと言う人もいますけど(*6)、本作では「戦争によって食料が不足している」くらいしか認識できない村人の視点でその恐慌具合が現されていて、あくまで村内部の視点からブレない状景がよりパニックの恐ろしさを体感させてくれる。
 自ら望むと望まないとに関わらず、生きるために品行も節度も、他者や伝統への尊重もなくした無秩序な弱肉強食の混沌が、こうも簡単にやってくるのだと言う恐怖。国際的な社会情勢によって引き起こされるそれを、止める手だてが村単位、地方単位、国単位では無いかもしれないと言う絶望で終わるラストは、"戦争の恐怖"以上に、今日的な"グローバル社会"の別の一面をも見せつけられるよう。戦争の起こす悲劇は、なにも戦ってる国と戦場だけで起こるものではないと言う、世界情勢のあり方を考えさせられる一本。



受賞歴
1973 ベルリン国際映画祭 金熊賞
1974 National Film Awards 音楽監督賞(サタジット・レイ)


「遠い雷鳴」を一言で斬る!
・基本、男は不吉の前触れもしくは象徴として描かれてるネ。

2015.8.14.

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*1 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*2 劇中の説明によれば。一説に200万人とも、300万人以上とも。
*3 現バングラデシュ。
*4 多少身なりを気にしてたり、頭脳労働専門であることを了承されてたりはあるけど。
*5 笑顔が不気味!
*6 飢餓は、食料不足ではなく社会制度の不平等がもたらす、と言う視点は必見!