インド映画夜話

放浪者 (Awarapan) 2007年 126分
主演 イムラーン・ハーシュミー & ムリナリニー・シャルマー & シュリヤー・サラン
監督 モーヒト・スリー
"このどうしようのない人生から、解放される時はいつ…?"






 マフィアの人身売買によって、パキスタン人女性レーマが香港裏社会に売られていって1年…。

 香港におけるインド系マフィアのドン マリクの片腕シヴァムは、マリク名義のホテルの経営を任されながらあらゆる裏の仕事を請け負っていた。
 彼のマリクへの忠誠はグループ内随一で、マリクは彼を実の息子のように信頼している。グループのもう一方のドンでもあるマリクの弟ラジャンと、その凶暴な息子ムンナとの対立・競合は日常茶飯事であるが、シヴァムは常にマリクの忠実な部下であり続ける。

 ある晩、仕事でしばらく香港を離れるマリクは、シヴァムに命じる。「愛人レーマの様子を探れ。もし、他に誰か男がいるとわかったら、すぐに殺せ」
 次の日から、そのレーマの様子を探るシヴァムだったが、彼女のイスラム式祈祷の姿を見、別れ際に「フダー・ハーフィズ(*1)」と言われた事から、シヴァムの中に眠るある記憶が蘇ってくる…。


挿入歌 Maula Maula (我が主、我が愛する人よ)



 2005年の韓国映画「甘い人生」の非公式リメイク作となる、ヒンディー語(*2)映画で、助監督から映画監督になったモーヒト・スリーの4作目の監督作。
 本作は、史上初の印パのプロダクション合作映画であり、モデル兼女優のムリナリニー・シャルマーの初めての主演作でもある。
 日本では、2016年に、インド映画同好会で上映。

 しょっぱなから、マフィアたちの人身売買の受け渡しシーンから始まるダーティーな裏社会の描写が続いて「なんか韓国映画みたいだなあ…」と思ってたら「甘い人生」のリメイクと知って至極納得。もはや、キャバレーで派手に銃撃戦してるシーンくらいしか憶えてなかったけど、見てると「ああ、こんなシーンあったなあ」と記憶を刺激されるシーンもそれなりにある…ような。
 「甘い人生」が同国人同士の悲恋劇だったのに対して、こちらは故国を遠く離れ、人生そのものの逃げ場も落ち着く先もない異邦人たちの織り成す郷愁と救済、その上での破滅の物語になっている分、物語的密度、感情の振幅、人生の虚しさや悲しさと言うものが別方向ながら濃密に構成されている。

 過去の悲劇から自分を無価値なものと思い込み、人の善意も神の救済も否定するシヴァム。
 パキスタンから香港に拉致されてマフィアの愛人としてのみ日々を暮らす中で、敬虔な神への祈りを欠かさないもののその救済を諦めているレーマ。
 シヴァムの心のよりどころであった敬虔な鳩売りのアーリア。
 要領よく裏社会をシヴァムと共に渡って行こうとしながら、友人シヴァムを裏切るしかなくなるカビール…。
 レーマがシヴァムに語る、ムハンマドが鳥籠の鳩を解放した逸話(*3)をモチーフとして、シヴァムに命を助けられた男の仏教側からの救済を促し、ボスの愛人レーマとの交流の中でシヴァムの中にある解放されるべき"鳩"の存在が浮かび上がっていく。仏教寺院の中で彼が見る無量光(*4)が照らすものは、果たしてシヴァムの中のなにを明らかにし、なにを産み出し、なにを救済していったのか…。

 主役シヴァムを演じたのは、1979年ムンバイのイスラム教徒の家に生まれたイムラーン・ハーシュミー。
 父親は役者のアンワル・ハーシュミー。父方の祖母はメヘルバーノ・ムハンマド・アリー(*5)で、この祖母方の親戚に映画プロデューサーのムケーシュ・バット、マヘーシュ・バット(*6)がいる。本作監督のモーヒト・スリー、女優プージャー・バット、男優ラフール・バット、女優アーリア・バットなどが連なるバット・ファミリーの一員。
 03年のヴィクラム・バット監督作「Footpath(小径)」で俳優デビューして批評家から好評を得、翌04年のアヌラーグ・バス監督作「Murder(殺人)」で主演デビューする。以降もひとくせある新風映画に出演していくように。12年の「Murder 2」で、スターダスト・アワードのアクション/スリラー映画主演男優賞とアプサラ映画&TVプロデューサーズギルド・アワードの主演男優賞を獲得している。

 マフィアの愛人 レーマを演じたのは、ニューデリー出身のモデル兼女優ムリナリニー・シャルマー。
 大学卒業後にモデルデビューして数々の広告やCMに出演。01年に短編映画「Gori Teri Ankhein Kahen」に出演した後、05年の「Apaharan(誘拐)」の挿入歌でダンサー女優として長編映画デビュー。本作は、07年の米国短編映画「Beyond Purgatory」を挟んでの、長編映画としては2本目の出演作にして初の主演作となる。

 セカンドヒロインにして、出演時間は少ないものの重要な役となるアーリアを演じるのは、1982年ウッタラーカンド州ハリドワール生まれのシュリヤー・サラン(・バートナーガル)。父親はBHEL(*7)に務め、母親は化学教師をしている。
 幼少期から母についてカタックやラジャスタン民俗舞踊を修得し、学生時代にさまざまなダンス・チームを結成して活躍していたと言う。この舞踏力の高さから、まずミュージックビデオの出演に呼ばれた後、01年のテルグ語映画「Ishtam(愛好)」で映画&主演デビューする。その後はテルグ語映画界で人気を獲得しつつキャリアを伸ばし、03年には「Tujhe Meri Kasam(君との約束)」でヒンディー語映画デビュー、「Enakku 20 Unakku 18(僕は20才、君は18)」でタミル語映画にも主演デビューする。
 本作と同じ年に、タミル語映画「ボス その男シヴァージ(Sivaji: The Boss)」でサウススコープ・スタイル・アワードのタミル語映画主演女優賞を獲得したのを始め、数々の映画賞を受賞している。

 ネオン街の極彩色、夜のシーンを初めとする夜の世界や無機質なものの多い画面の対比が、ハリウッド的スタイリッシュさを生むと共に、故郷を遠く離れた異邦人たちの寄る辺なさ、哀しさ、儚さを表現していく。
 そこに描かれるインドの宗教的救済は、どうすることも出来ない自身の運命、不運では片付けられない人生の不条理に対して、なんらかの解答を得ようとする態度につながっていくわけだけど、それ故にさらに人生の孤独、暴力、諦観を止められない人の不幸を見せつけられてしまうのも、娯楽映画と言うには重い重い内容ですよ。


挿入歌 Tera Mera Rishta (僕と、君とが、出会ってから [長い時は流れた])







「放浪者」を一言で斬る!
・香港のイスラム聖者廟は実際にあるものらしいけど、仏教寺院も香港に実在するヤツ…? なんか、一見タイとかそっちの様式に見えてしまう…。

2016.11.18.

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*1 神が貴方を守護しますように=イスラムにおける別れの挨拶。



*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 奴隷を解放する、と言う救済と同義と説かれる逸話。
*4 イスラム教やゾロアスター教における神=絶対者の表現。ヒンドゥー教を通して仏教にも取り込まれている概念である。
*5 芸名"プルニーマー"として女優活動をしていた。
*6 共に、本作のプロデューサーでもある。
*7 株式会社バーラト重電機。国営の総合電気機器製造会社。