インド映画夜話

虎男 (Bagh Bahadur) 1989年 98分(100分、90分とも)
主演 パーヴァン・マルホートラ & アルチャナー
監督/製作/脚本 ブッダデーヴ・ダースグプタ
"今年の祭の稼ぎで村に家を建てる。毎日君の側にいてあげる。トラダンスを子供たちに教えて暮らすんだ"
"フフ…夢を、見てるのね"
"ああ、夢だ。でも、実現できる夢さ"


むんむん様企画のなんどり映画倶楽部にてご紹介頂きました!
皆様、その節はお世話になりました。なんどりー!




 ベンガル地方の石切り場で働くグヌラムは、1年に1度、1ヶ月仕事を休んで故郷のノウプラ村へ帰りたいと言う。石切り場の親方は「そんな勝手なことが許されるか」と突っぱねるが…。

 数日後。村へ帰って来たグヌラムは、さっそく相棒の太鼓奏者シバルに迎えられる。
 "虎男"ことグヌラムは、代々祭で行なわれる虎ダンサーの継承者として村の中でも有名人。祭の期間だけで、普段の仕事の年収以上の収入を得るほどの技術を体得していた。彼は、今年こそ祭の収入と今までの貯蓄分で村に家を建て、シバルの一人娘ラーダーと結婚しようと心に決めている。
 しかし、今年の祭には遊行の猛獣使いがやって来ていた。彼らが飼っている本物の豹を見た村人たちは、伝統の虎ダンスに興味を示さず、1日踊り続けたにもかかわらず、その日グヌラムとシバルはただの1ルピーすら手にとる事は出来なかった…。





 タイトルは、ベンガル語(*1)で「虎ダンス」。
 ベンガルの農村地帯を舞台に、インド各地で一族相伝で行なわれるトラダンスの継承者の悲哀を描く芸術系ベンガル語映画。
 日本では、1990年に湘南国際映画祭で(ヒンディー語吹替版が?)上映、その後NHKで放送された。

 緑濃いベンガルの田舎の状景を背景として、農村の人々の暮らしと、その牧歌的な日常で密かに浸透してくる変化の波、その波からはじき出された人々の生き様…と、サタジット・レイ的な側面も見えるような映画ながら、その農村部での伝統文化の衰退を止める手だてのない無常観を、登場人物たちの無力感を、淡々と描写していき、最後の衝撃的なシーンで一気にエモーショナルを爆発させる構成。全体的には地味な映画ではあるけども、そのラストの衝撃具合は超必見(*2)。

 監督を務めたブッダデーヴ・ダースグプタは、有名な芸術系映画監督。
 1944年、英領インドのベンガル地方西部プルリヤ近郊のアナラ生まれ。インド鉄道の医者であった父について各地を転々とし、カルカッタのスコットランド教会大学とカルカッタ大学で経済学を修了。市立大学で経済学講師として働く中で映画製作に興味を持ち、伯父と共にカルカッタ映画協会に出入りしてチャップリンやイングマール・バルイマン、黒澤明などの映画を学んでいく。68年に10分間のドキュメンタリー「The Continent of Love(愛の自制)」を監督して映画デビュー。数々の短編やドキュメンタリー映画を経て、78年に商業ベンガル語映画「Dooratwa(道のり)」で本格的な監督&脚本&プロデューサーデビューを果たす。その後も、芸術映画やドキュメンタリーを中心に多くの映画を発表する有名監督に成長して行き、国内外で数々の映画賞を受賞している。

 主役グヌラムを演じたパーヴァン・マルホートラは、1958年デリー生まれ。
 デリー大学で芸術を学んだ後ボンベイに移住。TVドラマ「Yeh Jo Hai Zindagi」のセット装飾アシスタントに就き、84年の「Ab Ayega Mazaa」で映画俳優デビュー。その後も映画、TVドラマ等で活躍している。日本公開・上映された映画でも「ドン 過去を消された男(Don)」「デリー6(Delhi-6)」「ミルカ(Bhaag Milkha Bhaag)」でその活躍ぶりを確認できるので要チェック!
 本作で見せたパーヴァンの虎ダンスの本格的技量はスゴい。そのしなやかな手足はまさにネコ科の如し。なんとなく顔も猫顔に見えてくるような、こないような。

 テーマになっている虎ダンスは、インド各地で特定のお祭り(*3)に専門の人々によって行なわれる伝統舞踊とのこと。
 虎模様のペイントを全身に施し、専門の太鼓奏者と共に虎を模したダンスを踊って収入を得るのだそう。インド映画のお祭りダンスシーンなどでも、時々その勇姿を見る事が出来るので要チェック!(*4)
 こうした伝統舞踊は、基本的には専門の家系で継承され、それ以外の人々が参加できないようになっていると言う。その村にはその村の虎ダンサーがいるようだけど、近代以降の生活文化の変化によって、その地位と価値観に変化が生じ、低賃金かつ不安定な生活を強いられる虎ダンサーと奏者たちの数は減り続けているそう(*5)。
 劇中では、基本男性継承のために娘しかいない奏者シバルが、娘を自慢しつつ「男の子が生まれていればなあ」と嘆き、グルラムは「もし結婚して男の子が生まれて来ても、踊りは教えない」と断言する。時代の変化の中で、世代による意識の変化は否が応にも広がってしまい、伝統への尊重も一瞬で地に落ちてしまう。グルラムの帰還を祝っていた村人やラーダーも、猛獣使いの芸だけで虎ダンスへの執着をなくし、その存在意義自体に疑問を投げかけてしまう。伝統芸能とは、どのように存続していけばいいのか、国や専門機関の手助けがあるわけでもない民間舞踊に、その価値や意義を見出す人は少なく、それに従事する人々がどう暮らしを立てているのかを気遣う人もいない。

 ブッダデーヴ監督は、そう言った保存の難しい伝統技能に迫る危機をよく題材にして映画を製作していると言うけれど、その問いかけの答えはなかなかに難しい。日本も伝統技術の継承は時々問題になっているけれども、技術の進化と伝統の保存は相反する要素な上、時間の流れの中でどうやっても変化していくからねえ。前に、親の知り合いだった伝統的和紙職人の家を訪ねた事もあるけど、そう言う家と技術を継承していく、ってだけでも大変な事ですわ。

 それにしても、1つ1つの画面のレイアウト、状景の切り取り方が素晴らしい映画。
 グルラムが村に帰って来た所をシバルが太鼓のリズムで迎えるシーン、ラーダーとグルラムが始めて顔を合わす鏡越しのシーン、ラストのシバルの太鼓演奏のインパクト。1つ1つが素晴らしく絵画的であり、映画的効果の高い画面構成の美しさ!! さらに、最後にフル装備で登場するグルラムのシーンから始まる、リアリティを超越した映画的に歌舞いたエモーショナルなシークエンスの、映画でしか成立しないインパクトも必見!



受賞歴
1989 National Awards 注目作品賞
1991 Istanbul International Film Festival 批評家特別賞




「虎男」を一言で斬る!
・虎文様の全身ペイントは皮膚呼吸とか大丈夫なのかなあ…と心配になりつつ、それでも虎ダンスの太鼓演奏は、自然とリズムを刻んでしまう。インド音楽はホント、身体にダイレクトにクるものがあるねえ…。

2015.10.17.

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*1 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*2 その衝撃、ダンスと言う共通点から、なんとなく「日本昔ばなし」の恐怖話「わらび長者」を思い出してしまい…。
*3 タミル人に聞いた所ではオーナム祭など。
*4 「パダヤッパ」「ボス その男シヴァージ」など。
*5 あと、このダンス従事者の家系と言うのは低カースト家系な事もあって、そうした職業差別も多いらしい。劇中にもそんなシーンが描かれている。