インド映画夜話

バージーラーオとマスターニー (Bajirao Mastani) 2015年 158分
主演 ランヴィール・シン & ディーピカ・パドゥコーン & プリヤンカ・チョープラー
監督/製作/脚本/音楽 サンジャイ・リーラー・バンサーリー
"御身は婚礼の後、余の与り知らぬ所で全てを犠牲にしておられた。なにゆえにか?"
"…愛ゆえに"




 時に18世紀前半。西インドに栄えるヒンドゥー王国マラータ(*1)第5代王シャーフーの治世。
 武人バージーラーオ・バッラールは、その武芸、知略を持ってペーシュワー(宰相)に選出され、北インド一帯を支配するイスラム帝国ムガルに反旗を翻し、王国の黄金期を創り上げる。その剣の輝きはヒマラヤに達し、王国の旗は帝国の空を覆い、インドの半分が彼にひれ伏したのだ…。

 彼の即位から10年。遠征中のバージーラーオの元に、ムガル帝国と戦争中のブンデールカンド(*2)からの救援要請が来る。単身バージーラーオの元に武装してやって来た美女マスターニー・サヘーバー(ブンデールカンド領主チャトラサールの娘)の武勇を見たバージーラーオは、その要請を快諾してブンデールカンドへ出陣し帝国軍を一掃。その戦場で、バージーラーオがマスターニーに命を助けられた事から2人は急接近し、ホーリー祭にあわせて結婚する。
 しかし、王都サーターラー(現 西インド マハーラーシュトラ州サーターラー)にはバージーラーオの正妃カーシーバーイがいた。
 カーシーバーイが夫の凱旋を喜ぶ傍ら、バージーラーオの妻としてマラータにやって来たマスターニーは、異教徒であり望まれない結婚相手であるとして、正妃の母ラーダーバーイによって宰相夫婦の目の届かない所に逗留することに…。


挿入歌 Deewani Mastani (マスターニーは愛に酔っている [と皆が言う])

*マラータ王国に、バージーラーオ宰相の正式な妻としてやって来たマスターニーだったが、ラーダーバーイ(正妃カーシーバーイの母親)によって遠ざけられたことから、王宮に新設された鏡の間のお披露目に呼ばれた楽団としてバージーラーオの前に対峙する。
 周囲に望まれない結婚に対して、大広間で芸人の姿で自身の愛情を歌い上げると言う点で、「Mughal-E-Azam(偉大なるムガル)」の"Pyar Kiya To Darna Kya(人を愛することを、なぜ恐れなければならないのか)"のオマージュ的ミュージカル?(しなくてもいいファンの深読み)

 18世紀に実在した、マラータ王国7代目ペーシュワー(*3)のバージーラーオ(*4)と、その第2夫人マスターニー(生年不詳〜1740没)の人生を主題にした、ナーグナート・S・イナンダール原作のマラーティー語(*5)小説「Raau」のヒンディー語(*6)映画化作品。映画冒頭と最後に、劇中物語はあくまで創作であることが強調されている。
 副題は「The Love Story of a Warrior」。タミル語吹替版、テルグ語吹替版も公開。
 日本では、2015年〜翌16年にかけて、東京と大阪でSpaceBox Japan配給にて英語字幕版で初上陸。その後、2016年にインド映画同好会で日本語字幕版が上映。

 「ミモラ(Hum Dil De Chuke Sanam)」以来、15年もの間バンサーリー監督が製作を計画していたと言う一大歴史絵巻で、公開されるや大絶賛された美しき傑作歴史大作。
 スジェート・サーワント以下3人のデザイナーによって設計された、21もの舞台セットによって構築される絢爛たる絵画世界のような18世紀のマラータ王国の圧巻の美しさ。各小道具や衣裳のスキのなさ。独自進化させた美の極致を創り上げるバンサーリー監督による歴史絵巻の壮大さは、インド映画でしか描けない美学の集大成の如し。この美しき映像に触れないなんて、人生を120%ほど損してますってばヨ!

 実在のマハラーシュトラを代表する英雄の1人、マラータ王国最盛期を作り上げた武将バージーラーオの活躍を描く本作は、その戦いとともに王国内で栄えたヒンドゥー文化およびブンデールカンドから嫁いで来たマスターニーによって伝えられるイスラム文化の双方を見せつけながら、その2つの文化の衝突と融和、正妃カーシーバーイとの三角関係が王国自体を揺るがす事態に発展するさまを描いていく。

 史実上のマスターニーについては、その出自にさまざまな説があるものの、おおむねブンデールカンド領主チトラサール(または彼の友人)の娘とされ、乗馬、槍と剣の武芸、舞踊、歌の全てに長けていた、美貌と武勇を兼ね備える人物と伝えられる。
 バージーラーオは、彼女に惚れ込み軍事行動には常に彼女をともなって行動したと言うが、そのためカーシーバーイ側の一族の怒りを買い、マスターニーが夫との婚姻破棄を断固拒否したために、しばしばプネーにあった宮殿に幽閉同然に匿われざるを得なかったと言う(*7)。1740年のバージーラーオの突然の訃報(*8)を受けながら、カーシーバーイ一族のみが彼の葬儀に参加し、マスターニーはこれに参加することが許されないまま、年内に突然の死を遂げている。彼女の死は、夫の死を受けた殉死と言う人もいれば、暗殺されたとも、夫の訃報を受けたショック死であるとも言われ、ハッキリしない。
 マスターニーとバージーラーオの間に生まれたシャムシェール・バハドゥール(*9)は、カーシーバーイが引き取り、自分の息子として育て上げた後、長じてバンダ(*10)とカルピの統治権を与えられた。その後のバンダ大守の家系(*11)は、このシャムシェールの子孫であり、現在もその血統は続いている。

 監督、プロデューサー、脚本、音楽を手掛けたサンジャイ・リーラー・バンサーリーは、1963年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。本作が8本目の監督作となる。
 映画監督兼プロデューサーのヴィッドゥー・ヴィノード・チョープラのアシスタントで映画界入りして、89年の「Parinda(鳥)」で助監督に就任。その後も助監督を務めつつ96年の「Khamoshi: The Musical (静寂)」で監督&脚本デビューし、そのデビュー作でフィルムフェア作品賞を獲得。99年に2作目の監督作「ミモラ 心のままに(Hum Dil De Chuke Sanam)」も大ヒットさせて、以降はその独特の映像美学、監督作ごとにインド各地方の伝統文化取り入れる演出法などが高く評価されていく。「デーヴダース(Devdas)」「Black(ブラック)」「哀願(Guzaarish)」「銃弾戯曲 ラームとリーラ(Goliyon Ki Raasleela Ram-Leela)」など、監督作全てが数々の映画賞とともに評判となり、タイム誌でも取り上げられるほどの名声を獲得。「哀願」からは、自ら音楽も担当している。
 映画の他、TVショーの審査員出演や、08年のオペラ「パドマーヴァティ(Padmavati *12)」のパリ シャトレ座公演演出も手掛けて話題を呼んでいた。

 双方の思いの強さ故に惹かれ合うバージーラーオとマスターニー。共に武人でもある2人は、困難であればあるほどそれに立ち向かう信念を持つ者同士であり、それ故に悲恋へと突入していく物語も見ものだけど、第2夫人によって自分の人生そのものも否定されかねない立場に追い込まれるカーシーバーイの気丈さも見所の1つ。
 容易に二人の関係を認めたわけでなく、かと言ってよくある恋敵としてマスターニーを追い落とそうとするわけでもない。卓越した政治家でもなく、武人や芸術家でもない一般宮廷人だったカーシーバーイを取巻く複雑な人間関係やその心情を、どのように描き、どのように決着させているのかも色々に読み取れて、2人との対比が鮮明になればなるほど映画の密度が跳ね上がりまする(*13)。
 劇中、カーシーバーイの息子として登場するナーナ(・サーヒブ *14)、マスターニーの出産と時を同じくカーシーバーイから生まれる赤子ラグナート(・ラーオ *15)の登場も、色々と歴史の流れを頭に入れてると示唆的。
 配役的にも一種意図的な構造が組み込まれていそうなのがなんとも。バンサーリー監督作として1つ前にあたる「銃弾戯曲 ラームとリーラ」にて主役を演じたランヴィールとディーピカが、再度主演の恋人たちバージーラーオとマスターニーを演じ、前作ヒロインのオーディションを受けてゲスト出演止まりだったプリヤンカが、本作ではセカンドヒロインにして恋の鞘当て役カーシーバーイを演じている所にも、監督の悪意と言うかしてやったりなアイロニーが入ってそうに見えて来て、プリヤンカを応援してしまいそうになりまするわあ…。

挿入歌 Gajanana (象頭の神 [に帰依せよ])

*象頭の神、つまりガネーシャ神への祈祷の讃歌。
 障害の克服、知識を与える神、経済的・運命的成功を約束する神として、ヒンドゥー社会では人気の高い神への祭に欠かせない祈りの歌の裏で、マスターニーに対する陰謀が動いていることを知らされたカーシーバーイは…

受賞歴
2015 Producers Guild Film Awards 監督賞・主演男優賞(ランヴィール)・助演女優賞(タンヴィー・アーズミー)・台詞賞(プラカーシュ・R・カパーディア)・撮影賞(スディープ・チャタルジー)・美術監督賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・音響デザイン賞(ニハール・ランジャン・サマル)・衣裳デザイン賞(アンジュ・モディ & マキシマ・バス)・振付賞(レーモー・デソンザ / Pinga)
2016 Filmfare Awards 作品賞・監督賞・主演男優賞(ランヴィール)・助演女優賞(プリヤンカ・チョープラ)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Deewani Mastani)・美術監督賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・衣裳デザイン賞(アンジュ・モディ & マキシマ・バス)・アクション賞(シャーム・カウシャル)・振付賞(パンディト・ビルジュー・マハラージ / Mohe Rang Do Laal)
2016 IIFA(International Indian Film Academy) Awards 監督賞・主演男優賞(ランヴィール)・助演女優賞(プリヤンカ・チョープラ)
2016 National Film Awards 金蓮監督賞・音響賞(ビスワディープ・チャタルジー [音響デザイン] & ジャスティン・ジョーズ[再々録音ミキサー] & Future Works)・・銀蓮助演女優賞(タンヴィー・アーズミー)・撮影賞(スディープ・チャタルジー)・銀蓮美術監督賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・銀蓮振付賞(レーモー・デソンザ / Deewani Mastani)
2016 Apsara Film Producers Guild Awards 主演男優賞(ランヴィール)・助演女優賞(タンヴィー・アーズミー&タッブー/【Drishyam】に対しても)
2016 Asian Film Awards 視覚効果賞(プラサード・スタール)
2016 Screen Weekly Awards 男優賞(ランヴィール [【Piku】のアミターブ・バッチャンと共に])・助演女優賞(プリヤンカ・チョープラ)・人気女優賞(ディーピカ)・撮影賞(スディープ・チャタルジー)・プロダクションデザイン賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・衣裳デザイン賞(アンジュ・モディ & マキシマ・バス)・特殊効果賞(プラサード・スタール)
2016 Zee Cine Awards 批評家選出作品賞・批評家選出監督賞・批評家選出男優賞(ランヴィール [【Piku】のアミターブ・バッチャンと共に])・批評家選出監督賞・人気女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Mohe Rang Do Lal)・人気女優賞(ディーピカ)・美術監督賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・音響デザイン賞(ニハール・ランジャン・サマル)・BGM賞(サンチト・バルハーラー)・特殊効果賞(プラサード・スタール)・アクション賞(シャーム・カウシャル)・振付賞(ガネーシュ・アチャーリヤー / Malhari)・撮影賞(スディープ・チャタルジー)
2016 DadaSaheb Phalke Academy Awards 女優賞(プリヤンカ・チョープラ)
2016 Time of India Film Awards 監督賞・主演男優賞(ランヴィール)・助演女優賞(プリヤンカ・チョープラ)・ベストカップル賞(ランヴィール&ディーピカ)・音楽コンポーザー賞(サンジャイ・リーラ・バンサーリー / Deewani Mastani)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Mohe Rang Do Laal)・撮影賞(スディープ・チャタルジー)・美術監督賞(スリラーム・アイアンガール & サローニー・ダートラク & スジート・サーワント)・衣裳デザイン賞(アンジュ・モディ & マキシマ・バス)

2016 Global Indian Music Academy Awards 音楽監督賞(サンジャイ・リーラ・バンサーリー)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Deewani Mastani)・BGM賞(サンチト・バルハーラー)・フィルムアルバム・エンジニア賞(タナーイ・ガジャール)・アレンジ&プログラム賞(シャイル=プリテーシュ & ニティン・シャンカール / Deewani Mastani)
2016 Mirchi Music Awards アルバム・オブ・ジ・イヤー賞・ベスト・ラーグ・インスパイアード・ソング賞(Albela Sajan)・女性ボーカリスト・オブ・ジ・イヤー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Mohe Rang Do Laal)・新人女性ボーカリスト賞(パヤル・デーヴ / Ab Tohe Jane Na Doongi)・BGM賞(サンチト・バルハーラー)・歌曲プロデュース(プログラム&アレンジ)賞(シャイル=プリテーシュ / Deewani Mastani)・歌曲エンジニア(レコーディング&ミキシング)賞(タナーイ・ガジャール / Deewani Mastani)


「バージーラーオとマスターニー」を一言で斬る!
・あのマラータ軍人やヒンドゥー司祭の髪型(丸坊主+後頭部の一部だけ長髪の一房をたらす)は、マラータのスタイル? それともヒンドゥーの? 日本でイメージされるアラビア人力士的ではあるけど

2017.7.28.

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*1 新興のマラーター民族によって1674〜1849年の間、デカン高原に栄えたヒンドゥー王朝。
*2 現マディヤ・プラデーシュ北部〜ウッタル・プラデーシュ南部にあった半独立のムガル領土。









*3 国王の親任を受け、事実上マラータ王国最高権力者として国を動かしていた宰相位。
*4 王国最盛期の伝説的宰相にして、王国初の世襲宰相。別名バージー・ラーオ1世、またはバージー・ラーオ・バッラール。1700生〜1740没。在位1720〜1740。
*5 西インド マハラーシュトラ州の公用語。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*7 ただし、記録上カーシーバーイ自身がマスターニーを排斥する行動に出たと言う話はない、とのこと。
*8 死因は、行軍中の熱中症と伝えられる。
*9 別名クリシュナラーオ。こちらの名前はカーシーバーイの兄弟に同じ名前の人がいる。映画では、マスターニー自身が"クリシュナ"と名付けていたけど…。
*10 現ウッタル・プラデーシュ州の都市。
*11 英国植民地時代に、インド独立運動を後援した一族でもある。
*12 フランス人作曲家アルベール・ルーセル作の1923年の戯曲。
*13 カーシーバーイ目線で見て、納得できるかどうかは…まあ、人それぞれでしょうけど。
*14 後の世襲3代目のマラータ宰相バーラージー・バージーラーオ。広大なマラーター同盟の事実上の支配者となる。
*15 後の世襲6代目マラータ宰相。数々の武勲とともに、宰相位を狙う内乱を何度も起こし、最終的に英国が介入する第1次マラーター戦争の原因を作る。