インド映画夜話

(Baaz) 1953年 141分(150分とも)
主演 ギーター・バーリー(製作も兼任) & グル・ダット
監督/脚本/原案 グル・ダット
"独立闘争に散った同胞の血に誓え…我らは復讐すると!!"




 時に16世紀。インド西海岸マラバール地方は、ポルトガルの支配下にあった。
 横暴なポルトガル人将軍バルボーサに率いられる兵たちに反抗する少女ニーシャーは、その日、"狩人"と名乗る男に助けられポルトガル兵たちに逮捕されるのを免れる…。

 しかし、独立闘士ラムザーン・アリーと共に彼女の父ナラーヤン・ダースがポルトガル兵たちに連行されてしまうと、父を救い出そうとバルボーサ邸へ乗り込んで行くニーシャーもまた捕縛され、共に奴隷船に売られてしまう。船上で「用済み」とされたアリーや父を殺されたニーシャーは、その怒りから同じく奴隷として集められたインド人たちを焚きつけて反乱を起こし、奴隷船そのものを乗っ取ってポルトガルへの反旗をひるがえす!!
 反ポルトガルの海賊船長"鷹"となったニーシャーは、新たなポルトガル船を襲撃する最中、その船にかつての命の恩人"狩人(=望まぬポルトガル留学に連れ出される、マラバールの藩王の息子ラヴィ王子)"を発見する…。


挿入歌 Jaago Jaago Saverera Hua (さあ起きて、朝が来た [夜はもはや過ぎ去った])

*ポルトガルに全ての権利を売り払って王位につこうとするヤスワントの戴冠式に乗り込んで行くニーシャーの図。
 なんとなくこのシーンのニーシャー演じるギーターは、のちのヴィディヤー・バーランを彷彿とさせ…キャー石を投げないでー!


 50年代に活躍したヒンディー語(*1)映画界の名匠グル・ダットの、3本目の監督作にして初の主演作。主演女優ギーター・バーリーの初プロデュース作でもある。
 1992年の同名ヒンディー語映画や、2003年の「Baaz: A Bird in Danger」、2017年の同名パンジャーブ語(*2)映画とは別物。

 日本では、2001年に国際交流基金アジアセンターによる「インド映画の奇跡・グル・ダットの全貌」で上映され、2012年のアテネ・フランセ文化センターの「グル・ダットの全貌」でも上映。

 とにもかくにも、主役ニーシャー演じるギーター・バーリーの魅力全開のギーター推し映画で、彼女が縦横無尽に活躍する痛快冒険活劇映画。
 いたる所にヤシの木が見える南国風味の強いロケーションを舞台にして、「マラバール海岸」の他は具体的な地名・国名がほぼ出てこない(*3)劇中舞台の中で、お転婆村娘から絶望に浸る奴隷姿、男装麗しい海賊船長と、映画の顔としてさまざまなお姿を披露し、その都度歌い踊り、剣技を見せつけ、画面を睨みつける強烈な眼光をアピールする。ギーターファンにはたまらない映画になっている…んじゃないかなあどうかなあ。まあ、アクションはなんとなくぎこちない感じはしたけれど。

 反ポルトガルの海賊船団の活躍を描く、と言っても実質は主人公ニーシャーの生き様を描くのが中心で、時代背景的にも植民地時代の始まりを舞台にしてるだけあって対西洋列強への勝利みたいなカタルシス的なものは弱い。
 映画前半は、ゆっくりのんびりと少女ニーシャーが海賊船長"鷹"になるまでの経緯を描いていき、後半のほとんどをニーシャーと再会したラヴィ王子との身分を隠した上での恋愛模様に時間が割かれていく。最後にかなり急いだ感じにポルトガル人たちの戦闘を描いて話の決着をつけているけれど、まあ…引っ張ったわりには付け足し感が強い。
 「お飾りではない、自分で人生を切り開く女性主人公」「インドでは珍しい海洋冒険映画」「ポルトガル領インドとの戦い」あたりは、グル・ダットが仕掛ける当時の映画としての新境地なのかもしれないけど、インド独立から6年でわりと軽いノリの独立闘士の映画を作れるインド映画界も素晴らしか。
 こう言う冒険映画につきものの「囚われのお姫様」役を、監督も務めるグル・ダット演じるラヴィ王子が担ってる物語構造もあからさますぎて楽しいけど、海賊船にとらわれてからもニーシャーに余裕でちょっかいをかけるチャラい王子姿は、王子としてどーなのー!!(*4)
 同じ植民地時代の海洋冒険ものとして、2018年の「Thugs of Hindostan(反逆のインド)」になにか影響を残してるかなあ…と思ったけど、そこまで共通点は見えず。どちらも、公開当時はあんまりウケなかったってのはあるみたいだけど…。

 この映画では、悪役であるポルトガル人もインド人俳優によって演じられているのは、まあ、ご愛嬌。
 もう1人の映画の顔でもある悪役バルボーサを演じるK・N・シン(別名クリシュナン・ニーランジャン)はれっきとしたインド人で悪役俳優として活躍した人。1908年英領インドの連合州デヘラー(*5)生まれ。
 終始眠そうなタレ目で柔らかな表情をしていながら、一転して凄味のある悪役を好演する様がスンバラし。映画の中ではポルトガル人と言われて全然違和感を感じないで「ヒンディー語が流暢な白人俳優」に見えてくる名演技。なんでもこの人、役者になる前は36年のベルリンオリンピックに、槍投げと砲丸投げのインド代表として出場しているアスリートだったとか。
 セカンドヒロイン的な位置にいる悪女ロジータを演じたクルディープ・カウルも、当時「現代的な女性」や「魔性の女」役で人気だったと言う女優。1927年英領インドのパンジャーブ州ラホール(*6)生まれ。映画界に進むことを反対された故郷ラホールの騒ぎを無視して一人でボンベイまで上京したと言う逸話は、作家サーダット・ハサン・マントーが小説に残しているんだとか。

 舞台となるポルトガル領インドの様子は、具体的な史実の裏付けがあって描かれてるのかはわかんないけど、イギリスやフランスとともに実際に15世紀末からインドに存在した植民地ではある。
 マラヤーラム語(*7)映画「秘剣ウルミ(Urumi)」でも描かれるヴァスコ・ダ・ガマの到来とともに、カリカット(*8)を拠点とするポルトガルは徐々にその版図を拡大していき、ゴアをその首都として北はボンベイやグジャラート地方までを勢力下に治めていた。
 注目なのは、インド独立以後、本作公開の時期はまだゴア、ダマン、ディーウ各地はなおポルトガル領インドのままで再三にわたるインドからのポルトガル退去願いを無視している頃だったと言う点。本作公開の翌年にゴアのポルトガル人に対するサッティヤーグラハ(*9)がポルトガルによって鎮圧され、インドとポルトガルの間での緊張が激化。軍事的緊張状態は、61年のインドのゴア軍事侵攻によって戦争に発展し、その年末のゴア、ダマン、ディーウのインド併合まで続くことになる(*10)。

 本作はまあ、そう言う政治的経緯を感じさせない娯楽作としてまとめられてあるわけだけど、それなりにインドとポルトガルの緊張をネタにしているのは、グル・ダットとギーター・バーリーの野心の表れ…と見ていいのかなあどうかなあ。そんなこと考えずとも、とにかく全編でカッコいいギーター演じる主人公の独立闘士ぶりを堪能したい映画なんだけども。



Aye Dil Aye Deewane (心から…こんなにも狂える心から)





「鷹」を一言で斬る!
・セカンドヒロイン…と言うか恋敵兼悪女役のポルトガル人女性ロジータさん、海賊船から脱出してたった1人で手漕きボートでバルボーサ邸にたどり着くなんて、貴女も相当な豪傑とちゃうか!

2023.7.7.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 北西インド パンジャーブ州の公用語で、パキスタンのパンジャーブ州でも多数派な言語。
*3 少なくとも英語字幕では…。原語ではなにか言ってたのかなあ…?
*4 そんなんだから、ロジータさんに裏切られるんだよーw
*5 現ウッタラーカンド州の冬の州都デヘラードゥーン。
*6 現パキスタンのパンジャーブ州都。
*7 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*8 現ケーララ州コーリコード。
*9 ガンディー提唱の非暴力抵抗運動。
*10 しかし、ポルトガル政府はなおも主権を主張し続け、74年にようやくインド主権を認めて関係改善となった。