インド映画夜話

Bagavathi 2002年 164分
主演 ヴィジャイ & リーマ・セーン & モニカ
監督/脚本/原案 A・ヴェンカテーシュ
"なにも心配ない…なにも…この子にはどんな危険も近づけさせない"




 1月15日。
 何者かに命を狙われながら、その危機を乗り越え村人たちに慕われるギャングボス バガヴァディは、村の祭りへの招待を断ってある海岸へとやってきた。そこで彼は、在りし日を回顧する…。

*************
 バガヴァディはかつて裁判所前の喫茶店を経営していて、同居している医大生の弟グナのために自分は節約生活に勤しんでいた。
 ある日、銀行で言い合いになった大学生アンジャリが、知り合いの裁判長の娘と知ってご機嫌をとることになってしまったバカヴァティだったが、アンジャリの方は彼を気に入って何かとちょっかいをかけてくる。弟グナも同級生プリヤと恋人同士になって楽しい日々を過ごしていたのだが……グナたちの大学の学園祭当日、グナの招待で大学を訪れていたバガヴァティは、弟が襲撃され重傷を負わされた現場を見てしまう!
 グナを襲ったのは、バガヴァティのかつての幼馴染アーナンドとその仲間たち。アーナンドは語る…「グナが恋に落ちたのが悪い。グナの恋人プリヤは、マドラス全土を支配する州大臣イーシュワラパディヤンの娘なんだ。俺たちは彼の命令に逆らえない。あの方が『殺せ』と言えば、俺たちがそれを実行するしかない…」

 イーシュワラパディヤンの部下たちは、命を取り留めたグナを再度襲撃してアーナンドもろともに殺してしまうと、彼の子供を宿したプリヤをも殺そうと迫ってくる。茫然自失のバガヴァティがプリヤを匿いながら善後策を考えるいとまもあらばこそ、イーシュワラパディヤンの部下たちがバガヴァティの家に押しかけてくる…!!!


挿入歌 Kai... Kai..


 タイトルは主人公の名前ながら、通常はヒンドゥー教における女神または女性原理の尊称(*1)となる単語?
 映画冒頭では、タイトルを象徴するように女神ラクシュミーへの祈祷から始まる。

 96年の「Mahaprabhu」「Selva」で監督デビューした、A・ヴェンカテーシュの6本目の監督作となるタミル語(*2)映画。
 マレーシアでは「Pasupathy」のタイトルで公開されたとか。のちの05年に、カンナダ語(*3)リメイク作「Kashi from Village(村から来たカシ)」も公開されている。

 冒頭のブラックスーツに身を包んだ主人公バガヴァティの、なんかよくわかんないチェイスアクションの連続からギャング抗争ものかと思わされるも、さにあらず。
 なんとなくマトリックス・アクションをやってみたかった、みたいなつかみのアクションの後はそこまでギャングアクションは登場せず、前半のラブコメを越えて語られるのは、権力と権威に固執する絶対父性の政治家の悪行を始末し、亡き弟の名前を継承しようとする弟の妻の子供をなにがなんでも守る「母性としての抵抗する強さ」を体現するヒーローの戦い。

 世界中にある大地母神信仰を受け継ぐヒンドゥーの女神信仰を名前に持つ主人公は、料理もするし主婦仲間とおしゃべりしながら家事もこなすし、弟の身の回りの世話やお祭り準備にも余念無いしの、その「主婦像」のステレオタイプな投影は議論の余地はあるかもながら、それを当然のこととして軽快に日々の生活をこなす主人公の気風の良い江戸っ子庶民代表像は、あいかわらずヴィジャイの演技とあいまって小気味好い。
 そこから、命令だけして権力と自身の体面固執の座から降りようとしないイーシュワラパディヤンの言動との対象関係を強調して、兄弟・恋人・家族や旧友を通して徐々に拡大する人の輪の中にあって、そのつながりによって権力の悪を引き摺り下ろす力に変える主人公の活躍は、理不尽が支配する社会風潮に対する「怒れる母性(*4)」の爆発による庶民の希望を、これでもかと発揮させてくれる。

 監督を務めるA・ヴェンカテーシュは助監督出身。
 89年のタミル語映画「Nyaya Tharasu(正義のはかり)」あたりから映画界入りして、K・ラジェーシュワル監督やパヴィトラン監督、シャンカル監督の元で助監督や副監督として働き、91年のパヴィトラン監督作「Vasanthakala Paravai(春の鳥)」から映画出演もこなして行く。そんな中で、映画プロデューサー G・K・レッディから声をかけられ、96年に「Mahaprabhu」と「Selva」の2本で監督&脚本デビュー(*5)。以降、タミル語映画界で監督兼脚本家として活躍する中で、短期間で映画を仕上げる映画監督として知られて行くようになる。
 2010年のヴァサンタバラン監督作「Angaadi Theru(商店街)」からは男優としても活動を広げ、ヴィジャイ・アワード悪役賞ノミネート。タミル語映画・Webドラマなどで活躍中。

 バガヴァティの弟グナには、これが映画デビュー作になるジャイを監督自ら見つけ出してきてキャスティングしたと言う逸話でも有名?(*6)

 主人公の恋人アンジャリ役を演じたのは、1981年西ベンガル州都カルカッタ(現コルカタ)生まれのリーマ・セーン。
 高校卒業とともに家族でマハラーシュトラ州都ムンバイに引越し、モデル業で注目を集めて00年のテルグ語(*7)映画「Chitram(写真)」で映画&主演デビュー。
 翌01年には「Minnale(稲妻)」でタミル語映画デビューしてフィルムフェア・サウス新人女優賞を獲得した他、「Hum Ho Gaye Aapke(私たちはあなたのもの)」でヒンディー語(*8)映画にも主演デビューする。以降、タミル語映画界を中心に3言語映画界で活躍。04年には「Iti Srikanta(あなたの言う通りよ、スリカンタ)」でベンガル語(*9)映画に、05年には「News(ニュース)」でカンナダ語映画にも出演している。
 2012年の結婚で女優引退。同年公開作となるヒンディー語映画「血の抗争 (Gangs of Wasseypur)」2部作、タミル語映画「Sattam Oru Iruttarai(暗室の法)」が最後の出演作となっている。

 映画後半に出番が増えるグナの恋人プリヤを演じたのは、子役出身の女優モニカ(生誕名レーカー・マルティラージ。*10)。
 ヒンドゥー教徒の父親とキリスト教徒の母親の間に生まれ、90年代を通して子役として活躍。90年のタミル語映画「Avasara Police 100」、91年のマラヤーラム語(*11)映画「Uncle Bun」、92年のテルグ語映画「Chanti」でそれぞれの映画界に子役デビュー。94年のタミル語映画「En Aasai Machan(愛しの君)」でタミル・ナードゥ州映画賞の子役スター賞を獲得している。
 01年のマラヤーラム語映画「Theerthadanam(聖地詣で)」から本格的に女優活動を開始し、同年のタミル語映画「Love Channel(ラブ・チャンネル)」で主演デビュー。以降、3言語映画界で活躍する中、08年には「Rosa Kale(薔薇の森)」でスリランカ映画にも主演デビューし、09年には「Devaru Kotta Thangi」でカンナダ語映画にもデビューしている。
 2012年のマラヤーラム語映画「916」では"パルヴァナ"とクレジットされていて、14年にイスラーム教に改宗して本名をM(マルティラージ/父親の名前)・G(グレーシー/母親の名前)・ラヘーマーに変え、翌15年の結婚で女優引退している(*12)。

 庶民ヒーローにして弱者を守る絶対的な保護者、横暴な権力者に対して憤怒する怒れる若者代表を演じるヴィジャイに、03年の「Thirumalai(ティルマライ)」以降のマサーラーヒーロースタイルの萌芽を見ることもできる映画…かなあどうかなあ。
 襲撃された弟のためにラスボス政治家の屋敷に乗り込んでも手を出さずに口で説得していたバガヴァティが、自身の誇りのために一切折れないで攻撃し続けてくることを知るや、殺された弟の子供を身ごもるモニカを全力で守り、一気に反撃に出て行く時の眼力の「多重な怒り」を表すその感情的な色を含めた強さは、実際の性別云々を越えた「守るもの」としての「女神原理」の体現と見るべきか否か。弟グナやその妻プリヤにとって、父親であり母親でもある両義的存在の主人公の抱える「親の悲哀」「年下の若者を失った悲しみ」が、主人公像の多重性や普遍性を底上げして映画の厚みを増してくれるようで美しい。
 どこまでも攻撃・排斥をやめない男性原理に突き動かされる悪役たちに対し、最終的に「怒れる女神」と化すそのパワーもまた、インドの女神の強さですわね…!!(*13)

 ところで、最後の鉄道アクションシーンの舞台である貨物列車って、「ディル・セ(Dil Se..)」の名曲"Chaiyya Chaiyya(行け、影の中に)"のロケ場所と同じ列車…のようなそうじゃないような感じに見えるんだけど、どこで撮ったやつなんだろな?



挿入歌 Achamillai




受賞歴
2002 Tamil Nadu State Film Awards スタント・コーディネーター賞(ジャグアル・ターンガム)


「Bagavathi」を一言で斬る!
・州議会って、あんな大学の講堂みたいな感じの部屋で話し合いしてるのか…(色々でしょうが)。

2024.1.6.

戻る

*1 男神の場合は、「Bhagavān」になる。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 女神カーリーのような?
*5 後者は、本作と同じヴィジャイ主演作品。
*6 本作の音楽監督デーヴァとの打ち合わせにレコーディングスタジオに赴いた監督が、デーヴァの甥で音楽スタッフの1人だったジャイを見て「ヴィジャイに似てる」と思ったことからのオファーだったそうな。
*7 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*8 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*9 北インドの西ベンガル州とトリプラ州、アッサム州、アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*10 "マルティラージ"は父称名。
*11 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*12 その後も数作出演作が公開。16年の「Hara Hara Mahadevaki」が最後の出演作?
*13 ま、マサーラー映画だから最後は大立ち回りをやってくれないとってことでもあるんだけど。