インド映画夜話

ビギル 勝利のホイッスル (Bigil) 2019年 178分
主演 ヴィジャイ & ナヤンターラー他
監督/脚本/原案/台詞 アトリ
"「夢」が私たちにどれほど必要か、わかりますか?"




 チェンナイのスラム街の人々から崇められるマイケル・ライヤッパンは、その日も逃げ込んで来た大学生を警察から守り抜き、彼らの望む「大学の存続」を役所側に確約させ大喝采を浴びる。
 そんな彼を支援する人も多いが、逆に彼の命を狙う人も…。

 その日、マイケルの親友でタミル・ナードゥ州代表女子サッカーチームのコーチ カディルが彼に会いに来た。再会と女子サッカーの隆盛を喜ぶ2人だったが、突如路上で暴漢たちに襲われ、カディルは全治1ヶ月の重傷を負わされてしまう…!!
 明後日にはデリーで試合に望まねばならないチームは、これで全てが潰えたと絶望し、自責の念にかられるマイケルはそんな彼女らの元から立ち去ることしかできなかった。しかし、病床のカディルはオーナーを前に提案する…「別のコーチを立ててください。このチームは、指導者さえしっかりしていれば優勝だって出来る。そう…彼を、ビギルをコーチに…」
 ビギル。それは、カディル率いる女子サッカーチームを作った男の名。そのチームのために私財を投げうってサポートした男。かつてカディルと同じチームでサッカー選手として有名を馳せた男。インド代表プレイヤー候補として招集されながら、その夢を断たれた男。ビギル…彼こそは、かつてのマイケルその人だった…!!


挿入歌 Singappenney (勇敢なる獅子の女王よ)

*数々の社会的抑圧・差別・蔑視を乗り越え、州代表チームに結集して行く女子プレイヤーへ捧げる讃歌!! 作曲担当のA・R・ラフマーンと本作監督アトリも出演するよ!


 原題は、主人公の名前でもあるけど、タミル語(*1)の俗語表現で「ホイッスル」の意とか。
 2016年の「テリ(Theri)」、2017年の「マジック(Mersal)」に続く、ヴィジャイ主演&アトリ監督コンビが贈る、マサーラー・スポ根映画。
 2019年度最高売上タミル語映画を達成した一本である。

 同時公開で、同名タイトルでカンナダ語(*2)吹替版が、テルグ語(*3)吹替版「Whistle(ホイッスル)」も公開。
 インドの他、米国、オーストラリア、カナダ、ドイツ、デンマーク、フランス、英国、アイルランド、ニュージーランドでも同日公開されている。
 日本では、2019年にSPACEBOX主催の自主上映で英語字幕版が上陸。翌20年のIMW(インディアンムービーウィーク)にて「ビギル 勝利のホイッスル」のタイトルで上映され、21年にはIMO(インディアン・ムービー・オンライン)にてDVD発売。23年のIMWでも上映され、TOHOシネマズで復活上映、24年のシネ・リーブル池袋のゴールデンウィークインド映画祭で上映されてもいる。

 「テリ」では警察の腐敗を、「マジック」では医療界の腐敗を描いてきたアトリ監督によるヴィジャイ映画は、本作ではスポーツ界の腐敗を背景にそこから立ち上がる庶民の・女性たちの姿をこれでもかと応援する全方位讃歌なパワフルな一作となる。
 見る前は、女子サッカーを描く映画と聞いてヒンディー語映画「行け行け! インド(Chak De India)」みたいな映画かなと思ってたけど、映画前半は腐敗権力に立ち向かうスラム街のドンの抵抗による抗争が続き、後半に、その抗争劇から国代表選手の夢を諦めていた主人公が、凸凹チームの女子サッカー選手を率いて国内優勝へとひた走るスポ根映画へと変化して行く2本立て構造。
 1人2役で父子役を演じるヴィジャイよろしく、前後編で大きく雰囲気を変える映画ながら、それでいつつも1本の物語としてきっちりまとめられかつ楽しめるんだから、その絶妙な情報量や娯楽性たるや本気でスンバラし。

 初登場シーンから、いつもの気風のいい下町兄貴姿を見せてくれるヴィジャイ演じるマイケルが、有力サッカー選手だった回想が語られると、そのおちゃらけ姿に潜む哀愁の意味が見る側に伝えられ、街の顔役として奔走していた父の願いも背負うことで父と同じ夢を見ながら自身の夢…サッカー選手としての成功…を諦めざるを得なかった苦悩を併せ持つ、複雑な主人公像を魅せてくれる。
 スラム街の顔役として、公共事業によって住民の幸福を作ろうとしながら数々の闘争の世界に身を置かざるを得なかった父親と、サッカーを通して人々に希望を与え後進の人々の成長を促した息子との対比が、実際に力を持ち始める後半の女子サッカーの隆盛に効いてくる構成も良きかな。ま、ヴィジャイの老人演技は作りすぎなきらいもないことは…どうかなあ…。

 長い回想やマフィア抗争劇なんて要素は、この手の映画の必須要素だけども、それが前半に集中的に出てきて「さあ、ある程度条件は揃ったからそろそろ本題行くべ!」とスポ根路線と女性の社会進出問題に振り切る後半の展開の思い切りの良さも、分かりやすく小気味良い。
 主演ヴィジャイのカッコ良さをこれでもかとアピールする本作にあって、主人公以上に様々な背景を抱えた女子選手たちが、それぞれに父権絶対の世間に対して一矢も二矢も報いて行く姿の力強さ、一歩を踏み出す勇気のあり方。その「才能がありながら機会に恵まれない人々」の環境を変えて行くことこそ、主人公父子が目指した社会変革そのものであると謳いあげる、その映画としての存在感が麗しい。

 続々と進むサッカー試合の描き方はリアルではないかもだけども、インド映画でよくある主役だけが活躍するワンマンチームではなく、それぞれのチームワークによる戦略こそが、女性(・家族・夫婦などなど)の社会進出の重要性とシンクロして行く部分も熱い。
 それぞれが抱える貧困・虐待・差別のその実態が、あまりに理不尽であり、結婚や出産によって女性自身の人生も固定化されそれ以外のことは否定されてしまうと言う事実も重い。もちろん、ナヤンターラー演じる理学療養士エンジェルのように、ある程度そういうしがらみから自由にやっている都会人も出てくるけれど、そんな彼女もまた結婚の自由が(ある程度)ないという点も、それを支えるべき周囲の人々の理解・協力姿勢のありかたなんかも、映画構造的には気にして置かなければならない対比増幅点ですわ(*4)。

 それにしても、人情味あふれるタミル人に対して、デリーの人間は(ごく一部を除いて)なんて腹黒いのでありましょうか。腐敗の中心であり、いちいち直の接触を嫌うジャッキー・シャロフ演じるJ・K・シャルマーの憎ったらしさったら、タミル側から感じる中央(=世間?)の人間の嫌味さそのもののようにも見えますわー。

挿入歌 Bigil Bigil Bigiluma (ビギル、我らの、そして唯一の憧れ)


受賞歴
2020 Zee Cine Awards Tamil 人気ヒロイン賞(ナヤンターラー / 【Viswasam】と共に)・人気男優賞(ヴィジャイ)
2020 Ananda Vikatan Cinema Awards 振付賞(ショビ&ラリタ・ショビ)・人気作品賞


「ビギル」を一言で斬る!
・タミルの結婚式には、ビリヤニが出るんか! 食べたい!!(そーじゃない)

2020.10.16.
2023.6.17.追記
2023.6.18.追記
2024.4.13.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド カルナータカ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 まあ、意中の人との結婚まで、親が用意した結婚式を式の最中にぶっ壊す、エンジェルの態度も爽快だけども。