インド映画夜話

ブラフマーストラ (Brahmāstra: Part One − Shiva) 2022年 168分
主演 ランビール・カプール(製作も兼任) & アーリア・バット
監督/製作/脚本 アーヤン・ムケルジー
"偉大なる力が、覚醒するー"




 ーインド。その驚くべき物語の数々伝わる国。
 遥か昔。厳しい修行の末に、ヒマラヤの賢者たちは「光」を授かった。その光は山々と融合して様々な「アストラ」…炎を操るアグニヤストラ(火の石)、ジャラーストラ(水の石)、パワナーストラ(風の石)などなどを生む。それら数々のアストラが賢者たちに授けられたのだが、同時にヒマラヤ山頂に創造と破壊を司るアストラもまた生まれていた……それこそが、究極の力「ブラフマーストラ」である。

 賢者たちは、必死の思いで鎮めたブラフマーストラを讃え、以降その忠誠を誓う"ブラフマーンシュ"を名乗り代々これを受け継いでいったのだが、子孫たちは世のためにアストラを使いながらも、その力は常に秘匿された。
 時は流れ、物事は変化し、やがてアストラの存在は忘れられていく…。

第1章 シヴァ
 ダシャーラー祭(ラーマーヤナの勝利を記念する秋の大祭)の日、寺院に詣でていたムンバイの孤児の青年シヴァは、突如デリーのブラフマーンシュ モーハン・バルガーヴに迫る危機を幻視する。
 その幻のせいで、一緒にお祭りを楽しんでいたイーシャ(守護するもの、神の配偶者などの意)・チャタルジーを置き去りにする結果になった彼は、謝罪しようと彼女のお屋敷へと出向くが、そこで幻に出てきたモーハンの訃報が報じられていることを知らされる事に。超常的な事件の真相をイーシャに語りながらも、事態を飲み込めないシヴァだったが、幻の中でモーハンを拷問していた女…ジュヌーン(情熱)のアストラ使い…が語る第2の標的、ヴァーラーナシー(古名カーシー)に住む著名な建築家アニーシュ・シェッティが実在する事をイーシャに告げられると…!!


挿入歌 Dance Ka Bhoot (リズムに身を任せよう)


 タイトルは、劇中で登場する「宇宙をも破壊することができる、最強の力」のこと。
 ヒンドゥー神話を引用した、マルチスター映画でありアストラバース3部作の第1作となるヒンディー語(*1)映画。

 当初は2016年公開予定作だったものの、製作の遅れに加えてコロナ禍によるパンデミックでさらに公開延期が続いてしまい、発表から約6年もの歳月を要しての公開となったと言う(*2)。
 インド本国より1日早くオランダで、インドと同日公開でアラブ、オーストラリア、カナダ、フィンランド、英国、インドネシア、アイルランド、ポーランド、スウェーデン、シンガポール、タイ、米国、南アフリカでも公開されたよう。
 日本では、2023年に一般公開されている。

 「アベンジャーズ(Marvel's The Avengers)」などの、ハリウッドのマーベルヒーロー映画群をインドで作り出そうとしたような、VFXアクション大作。
 古代インドから伝わるアストラと呼ばれる超常具と、それを使用できる家系ブラフマーンシュの血を受けつぐ者たちの活躍を派手派手に描く映画なわけで、とにかくVFXによる絵づくりに特化したような構成。地水火風を始め猿だの蛇だの刃、情熱、秘匿など、ありとあらゆる概念を超能力化させて、その色とりどりのエフェクトの暴走する様を見せていく画造りが美しカッコええ。

 特別な力を持つ者が特別な血筋・出身であるというのもヒーローものの王道で、アメリカや日本のスタイルとそんなに違わないのに、意味深に血統の正当性を語るその語り口がインドになるだけで重々しさが段違いですわよ。その重々しさに一役買ってるのが、重要キャラとして出てくる現代ブラフマーンシュを演じるインド映画界の大スターたちの存在。
 最初に主人公よりも早く登場するヴァナラーストラ(大猿のアストラ)使いのモーハン・バルガーヴは、"キング・オブ・ボリウッド"としてヒンディー語映画界でその名を轟かすシャー・ルク・カーン。その役名は、主演作「Swades(祖国)」(*3)で演じたNASA職員の科学者と同じ名前で、特に言及はされないながら同一キャラクターである事を匂わせるのもニクい演出(*4)。
 続く第2の標的にされる建築家アニーシュ・シェッティには、テルグ語(*5)映画界を支える映画一族アッキネンニー家の第2世代代表アッキネンニー・ナーガルジュナ(*6)がキャスティング。本作ヒロイン演じるアーリア・バットが、本作と同年公開となったテルグ語映画大作「RRR」に出演しているのに対応してか、こちらは久々のヒンディー語映画出演となった(*7)。
 第3の標的となる、ブラフマーンシュたちのグル(指導者) ラグーを演じるのは、もはや説明不要のインドを代表する大物スター アミターブ・バッチャン。18年の「Thugs of Hindostan(反逆のインド)」での、植民地時代のインド反乱船団の指導者を演じてアーミル・カーン演じる主人公を導く役柄よろしく、本作でも主人公に超能力アストラの使い方、その伏せられていた出自を明らかにする役回りで、次世代の教育者としての貫禄を遺憾なく発揮。
 主人公の過去の幻視に登場する母親アムリターははっきり顔を見せるシーンが少ないものの、演じているのはボリウッドを代表する大女優ディーピカ・パドゥコーンというのも驚き。してみると、2作目以降に登場するはずの主人公の父親デーヴを演じるのってひょっとして…(ワクワク)。
 こういった楽屋落ちを最大限サービス演出して取り込んでくるインド映画にあって、最大の楽屋落ちは、何と言っても新婚ホヤホヤの主人公2人であるランビールとアーリアの2人。ハリウッド的なキス&ハグシーンも、実際に夫婦な2人ならなんの問題もございません。存分にイチャついて幸せになってくださいよって感じぃー。

 ただ、お話としてはやや1本調子な感じは拭えない展開。
 数々のアストラを封じた道具を使いこなすブラフマーンシュたちが登場するけれど、その力の源・強弱の差は、武器に変えたアストラの習熟度だけみたいな描写の食い足らなさがなんとも。ブラフマーンシュそれぞれの力の具現化のように描かれるアストラのイメージが、その道具さえ奪えば別のブラフマーンシュもその力が使えるみたいなのに、それでいながら敵側の戦術がただの力押ししかないのもなんかなあ…。
 血統重視の超能力者集団にあって、出自不明の孤児が主人公として活躍すると言う成り上がりヒーロー構成がやりたかったのは明白ながら、ブラフマーンシュとはなんも関係ないヒロインの家族背景がほぼ描かれず、物分かりが極端に良すぎる協力者になるのも、脚本展開の駒になってる感じでムリヤリ感が漂う。まあ、ヒンディー映画界が暴力解決に対して懐疑的なお話をよく作ってるのを考えれば、「自己犠牲的な愛こそが、なにものにも勝る力」みたいなロマンス決着もそうなるよねえ…って感じではあるけれど(*8)。
 そう言う点では、アクション映画とかヒーロー映画と言うよりは、VFX特撮映画として楽しむべき作りなのかもしれない。
 敵キャラの一目瞭然の悪そうな雰囲気は大好物ながら、その目的・戦術があんま感じられず、せいぜい過去に起きたデーヴの不幸に対する意趣返しくらいしか本作では説明されないのも歯がゆい感じ。ジュヌーン演じるモウニ・ローイの妖艶さは超カッコええので、2作目以降にさらに活躍する場面が見たいんですけど、どうなるんでしょうか。たのんますよ監督&脚本の方々ー!!



挿入歌 Kesariya (君の愛が [僕たちを色づける]) Dance Mix ver.

*発表されるや、ビルボード・インディアとUKアジアン・チャート1位、インドとパキスタンにおけるAppleミュージック、Spotifyチャートでも1位になった大ヒット曲となった。特にSpotifyではインド史上初の4億回ストリーミング記録を樹立している。


受賞歴
2023 Zee Cine Awards 監督賞・音楽監督賞(プリタム)・ソング・オブ・ジ・イヤー賞(Kesariya)
2023 Filmfare Awards 音楽監督賞(プリタム)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー / Kesariya)・男性プレイバックシンガー賞(アリジット・シン / Kesariya)・音響デザイン賞(ビシュワディープ・ディパーク・チャタルジー)・特殊効果賞(Dneg & ReDefine)
2023 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 助演女優賞(モウニ・ローイ)・音楽監督賞(プリタム)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー / Kesariya)・男性プレイバックシンガー賞(アリジット・シン / Kesariya)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Rasiya)・特殊効果賞(Dneg & ReDefine)


「ブラフマーストラ」を一言で斬る!
・倒れた赤ん坊用ベッドの破片の側に、赤ん坊をおいて芝居させてるとハラハラしますわ。

2023.10.27.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 インド映画史上でも、最大期間の公開延長記録に入るとか。
*3 本作監督アーヤン・ムケルジー が脚本デビューした映画でもある!
*4 同一人だとしたら、ヒロインのギータさんとはどうなったんだろうなあ…。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 ラーナー・ダッグバーティの義叔父でもある。
*7 奇しくも、彼のヒンディー語映画デビューは、自身の主演テルグ語映画「Siva」のリメイクとなる1990年の「Shiva」。両映画で主人公"シヴァ"を演じていたりする!
*8 タミルやマラヤーラム、ベンガルとかも、暴力的な映画でありつつ暴力解決に懐疑的な映画作ってるけど。