インド映画夜話

チェンナイ・エクスプレス -愛と勇気のヒーロー誕生- (Chennai Express) 2013年 141分
主演 ディーピカ・パドゥコーン & シャー・ルク・カーン
監督 ローヒト・シェッティ
"ゴアへ行くためチェンナイ・エクスプレスに乗った…それが運のツキだ"






 今、平凡人ラーフル・ミターイーワーラー(40歳)に向かって暴漢たちが迫り来る。人生には何度か大きな転機があると言うが、今こそ生死の分かれ目。…何故こんな事になったのか、それは…
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 幼い頃に両親を亡くしたラーフルは、ムンバイでお菓子屋を営む祖父母に育てられていた。
 その祖父が100歳の誕生日に急逝。葬儀を済ませたラーフルは、親友とゴア旅行を計画していた矢先に祖母から「おじいちゃんの遺灰を、遺言の通りガンガー(ガンジス河)とラーメーシュワラルに撒きたい。私はガンガーに行くから、お前はラーメーシュワラルに行ってほしい」と命じられてしまう!

 伝統的慣習など無視したいラーフルは、タミル・ナードゥ州ラーメーシュワラルにいくフリをするためチェンナイ(タミル・ナードゥ州の州都)行きの特急に乗り込んで出発。次の駅で親友と落ち合ってゴアで散灰するつもりが、その駅で特急に乗り込もうと走る美女と巨漢たちを手助けたのが運のツキ。なんとこの美女は、親の決めた結婚から逃げ出し、追って来た巨漢たちから逃げ回っていると言う!!

 彼女は、タミルの一地方コンバンの支配者ドゥルゲシュワーラー・アザグスンダラムの愛娘ミーナ(本名ミーナローチニー・アザグスンダラム)、巨漢たちは父の手下だと言う。男たちに携帯を捨てられ、殺されないために"ミーナの恋人"を演じてコンバンに行くしかない状況になったラーフルだったが、彼には一地方全てを敵に回して彼女を助ける方法も、腕力も、度胸も義理もない。そこに現れたミーナの婚約者タンガバッリとの決闘を無視して一人逃げ出すラーフルだったが…。


挿入歌 1 2 3 4 Get on the Dance Floor (1、2、3、4、さあダンスフロアへ!)

*"こいつタミル語はわからないんダ〜、ヒンディー語デ〜、ワン・セカンドだ〜!!"
 なんだかんだ言って、コンバンの巨漢兄ちゃんたちはノリのいい気のいいヤツです。うん。
 ゲスト出演で踊ってるのは、テルグ語映画、カンナダ語映画を中心に南インド映画界で活躍している女優プリヤーマニ。ヒンディー語映画には、2010年の「ラーヴァン(Raavan)」以来2本目の出演。



 2007年の「恋する輪廻(Om Shanti Om)」以来のシャールク&ディーピカ主演作にして、最近のボリウッド(*1)における南インドブームにのって(*2)、本格的にタミルを舞台とするボリウッド映画が登場!
 日本では、2014年に「ボリウッド・フェスティバル 2014」の1作として、東京は渋谷で短期間上映され、DVD発売されている。

 基本的には、直球ボリウッド娯楽にタミル的エンタメを混ぜて、かつ至極わかりやすいドタバタラブコメ映画になっている。
 しょっぱなから、DDLJネタを5回繰り返しつつ(*3)「大丈夫さ。前にもやった事あるから」なんてシャールクに言わせる楽屋オチで大笑いしていたら、舞台がタミルに移動してからは「ムトゥ」を始めとしたラジニ映画ネタを仕掛けて来て「ええええー?」とか驚きつつ「ははーん。これはシャールクのタミルへの売り込みのためにやっとるんかいな」とかメタ的な楽しみ方も出来てしまう(*4)困った映画でもある。うん。

 「恋する輪廻(Om Shanti Om)」「ラ・ワン(Ra.One)」あたりから始まったシャールク映画のタミルネタも、今までよりはずっとタミルに真っ正面から向き合ってる感じで、小生意気なムンバイ人が場違いな所で右往左往して、タミルの風習や気質に振り回されて行く様は軽快で小気味よい。ま、タミル人から見て「おお、こいつオレたちの事わかってるじゃん」と思えるかどうかはまあ、タミル人の答えを待ちましょか(*5)。
 とにもかくにも、テンポのいい物語展開と、前半に集中して出てくる凝ったワイプ処理のカットつなぎ、ロケーションの美しさと、ノリノリなヴィシャール=シェーカルの音楽で全部許せてしまうお楽しみ映画ダ!

 ボリウッドは、これまでほぼ南インドに関しては無視して来たか茶化して終わりにしかしてこなかった歴史がある。北インド(*6)と南インド(*7)との文化的・言語的・生活習慣的・伝統的対立ってのはかなり根深いのかもしれないけれど、10年代から本作のような"インドの国家としての一体化"を徐々にボリウッドが意識するような映画が出てきているのは面白い潮流。
 08年の「Ghajini(ガジニー)」に始まる南テイストの映画ブームを受けて、11年の「The Dirty Picture(汚れた映画)」が本格的にタミルを舞台にした初(なのか?)のボリウッド映画となり(*8)、13年公開作の本作でボリウッド目線からのタミルとの積極的融合が描かれているのは注目ポイントですよ奥様! お話自体に、ラジニカーントリスペクトやラジニ映画へのオマージュがふんだんに取り込まれてる所は、とても作為的であると共に実験的。
 そんな中で、インド的なものを意識的に排除して生きようとするムンバイの現代っ子主人公が、タミル系の祖父の遺灰に導かれてタミルの洗礼を受け、自分を育んだインド的なるものへの愛着に目覚める様を、ボリウッド仕様で描いていく様は、インドそれ自体が如何に多様かを如実に現してくれる。なんせインドは、面積だけなら多言語ひしめくEU(欧州連合)より一回り小さいくらいで、人口はその倍以上ってんだから1つの国として統制取ろうって方が無理な話かねぇ…。
 まあ、映画としてはそんなに難しい事を考えなくてもいい単純な娯楽作なんだけど、その過去のボリウッド&コリウッド(*9)ネタ満載な「受けるネタはなんでも放り込んでヤンゼ!」って所はいかにもボリウッドですな(*10)。

 印象的なコンバンの駅(と呼んでた橋)は、実際のロケ地はゴアにあるドゥードサーガル・フォール(=乳海の滝の意)。その他、マハラーシュトラ州、ケーララ州、ゴア、ジャカルタなどで撮影したとか。劇中の舞台の通りタミル・ナードゥ州(ウーティ)での撮影も予定されてたそうだけど、スケジュールが合わず中止になったと言うのは残念。"Kashmir Main Tu Kanyakumari(カシミールに僕がいれば、君はカンニヤークマーリーに)"のシーンで出てきた山間の茶畑? のような場所を車で通り抜けていくシーンは、タミル語映画版「きっと、うまくいく」の「Nanban(友達)」にも似たような絵面のシーンがあったねぇ…(*11)。


挿入歌 Kashmir Main Tu Kanyakumari (カシミールに僕がいれば、君はカンニヤークマーリーに [南北の違いなんて無いも同然])

*カシミールとは、インド最北の州を含む印パ中の領土紛争地となる高山地帯。カンニヤークマーリーは、インド最南端にあるタミル・ナードゥ州の県にして都市。要は広大なインド亜大陸の端から端までの意で「世界の端から端まで」の例えとしてよく使われる用語…だそうな。
 日本語字幕では、インドの地理に日本人が馴染みがないと判断されたためか「北極から南極まで」って訳されてたけど。




受賞歴
2013 Filmfare Awards ソニー・トレンドセッター・オブ・ジ・イヤー賞
2013 IIFAインド国際映画批評家協会賞 主演女優賞・歌曲録音賞(ヴィノード・ヴェルマ)・音響デザイン賞(アヌープ・デーヴ)
2013 Star Guild Awards 主演女優賞・エンターテイナー・オブ・ジ・イヤー賞(シャールク)
2013 Screen Awards 商業映画賞・視覚効果賞(レッド・チリーズVFX)・人気主演男優賞・主演女優賞・人気主演女優賞
2013 Zee Cine Awards 人気映画賞・商業映画賞・人気主演男優賞・人気主演女優賞
2013 BIG Star Entertainment Awards コメディ賞・カップル・オブ・ジ・イヤー賞(シャールク&ディーピカ)・エンターテイナー・オブ・ジ・イヤー賞(シャールク)・男性シンガー賞(ハニー・スィン)・コメディ女優賞(ディーピカ)
2013 Bollywood Hungama Surfers' Choice Awards 作品賞・主演男優賞・主演女優賞・商業映画賞




「チェンナイ・エクスプレス」を一言で斬る!
・そんな、レールのすぐ端で整列して列車止めないでよ。危なすぎる!!

2014.11.14.

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*1 インドの連邦公用語であるヒンディー語の娯楽映画界の俗称。
*2 南資本映画界の取り込みを狙って?
*3 基本、ボリウッドの笑いはしつこいw
*4 実際そうなのかどうかは、とりあえず置いといて…。
*5 …あまりにもステレオタイプ過ぎる、と批判されたとか聞きますが。
*6 基本的には、言語はインド=ヨーロッパ語族で、アーリアン=ドラヴィタ+イスラム文化。
*7 こっちは、ドラヴィタ系諸言語のドラヴィタ文化。…実際は両者共にもっと色々複雑だけど。
*8 ただ、この映画はそのタミル映画界の描き方にタミル人が激怒したとか聞くんだけど…。
*9 タミル語映画界の製作中心地、タミル・ナードゥ州チェンナイのコーダーンバーッカムとハリウッドを組み合わせた俗称で、タミル語娯楽映画界の意。
*10 ま、こうしたヒンディー圏からの非ヒンディー圏へのアプローチってのは、それはそれで政治的思惑を勘ぐってしまうけども。
*11 奇しくも、この映画でウイルス先生役を演じてたのが、本作でドゥルゲシュワーラーを演じていたサティヤラージ!!