Chokher Bali 2003年 149分(143分、167分とも)
主演 ポションジート・チャタージー & トータ・ローイチョウドリー & アイシュワリヤー・ラーイ & ライマー・セーン
監督/脚本 リトパルノ・ゴーシュ
"貴方は行ってしまった"
"貴方が行ってしまったら、誰が貴方を愛してくれるというの"
ファンメイド予告編?
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"親愛なる兄へー
貴方からおあずかりしたビノーディニーの結婚は滞りなく済みました。私なりに精一杯の式になったと思います。ただ、私の息子のせいで彼女に十分な教育を施せなかったのが気がかりであり…こちらの誤りであると後悔の炎が私をさいなみます。私の息子マヘンドラも、親戚のビハーリーも彼女との見合いを拒否したため、彼女は病弱なビピンとの結婚式の後すぐに……若くして未亡人となったのですから。 ーラージラクシュミー"
両親も夫もいない身となって親戚の家に戻ってきたビノーディニーは、しかし寡婦であるからと、一家から老女扱いされる日々を過ごしていた。そんな彼女を救いたいと思う義母ラージラクシュミーだったが、人々は寡婦である彼女への支援に反対。再婚相手を捜そうと言うラージラクシュミーの言葉の相手をする者もいない。
ラージラクシュミーの家のある北カルカッタの屋敷にビノーディニーが引き取られていったある日、英語を習っている彼女の英語力を見たマヘンドラの妻アーシャラータ(通称アーシャ)は、無学な女でも努力次第で知識を身につけられることを諭され、英語の手紙を読み聞かせようとする夫を前に「秘密の友達から、英語を習い始めたの」と切り返す。
「秘密のって、だれのことだい?」
「さあ? …貴方が呼びたいように呼べばいいわ」
「そうだな…じゃあ、"チョーケール・バリ(眼の中の砂=目障りな奴)”と言うのはどうだろう?」
その日から、ビノーディニーとアーシャはマヘンドラの名付けた名前を面白がって、お互いを"バリ"と呼び合うことを楽しみながら親密な仲になっていくが、それを見ていたマヘンドラは…。
プロモ映像 Era Shukher Lagi
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タイトルは、ベンガル語(*1)で「目の中の砂」。別意で「絶え間ない刺激」「目障りな奴」の意の例えになるそう。
いくつか英題がつけられて公開されているようだけど、国際版の英語タイトルでは「Choker Bali: A Passion Play」。インド国内の英題では「Sand in the Eye」だったそう。
ラビンドラナート・タゴールが1903年に発表した同名小説を原作とする、ベンガル語映画界の名匠リトパルノ・ゴーシュ11作目(*2)の監督作。
この原作は、1904年に舞台化され1938年に同名映画が公開されてから、何度となく舞台、映画、TVシリーズで製作されてきたものである。本作は、その代表作と称される1本。
20世紀初頭のベンガルの、大家族が住む大地主の屋敷を舞台に、新婦でありながら寡婦として使用人同然に迎え入れた美しいビノーディニーの周辺で巻き起こる、それぞれの人々の感情のどうしようもない相克を描いていく1本。
冒頭に原作者タゴールの言葉として「発表以来、この物語の結末を変えるべきだったと後悔している」と出てくるんだけど、この映画では変えていないままなのか…あるいは脚色しているのか?
家族の行く末を心配する寡婦ラージラクシュミーが、同じように将来に希望を持てないビノーディニーを義母・義娘関係ではあるものの自分の屋敷に引き取った善意が、徐々に息子マヘンドラ、その嫁アーシャ、義息(? *3)ビハーリーそれぞれの価値観に変化を与えていき、教養あって機知に富むビノーディニーと言う異物による人生観の変容そのものが家族の断絶を招いてしまう悲劇を止められない不条理へと流れ着いて行ってしまう。全てがそれぞれの善意から発しているが故に、より人と人の間に流れる不条理の哀しさが強調されていく物悲しさが、詩情豊かな語り口の中でより強調されていく姿がやるせない。
なにはなくとも、静謐な画面を彩る当時のベンガル富裕層の暮らしの絢爛たる風土と衣装風俗の豪華の再現度が、イギリスのジェームズ・アイボリー映画やイタリアのルキノ・ヴィスコンティ映画、フランコ・ゼフィレッリ映画と比較したくなる美しさ。常に動物の鳴き声や植物のざわめき、祭礼の歌が背後で奏でられる生命力の騒がしさ、黄土色の光線による黄色い画面に照らされた登場人物たちのセピア色の影が、理想的な古き良き昔のベンガル図像を浮かび上げさせる効果にもなっているよう。
その中で、本作がベンガル語映画デビューとなる、主人公ビノーディニー演じるアイシュワリヤー・ラーイ(*4)の神々しいまでの美貌が、これでもかと画面の中心で存在感をアピールする画角の美しさも見もの。本作の前年の主演作「デーヴダース(Devdas)」でもベンガルを代表する文芸映画の主演を務め、本作の後の2006年にはウルドゥー語(*5)文学の代表作「Umrao Jaan(ウムラーオ・ジャーン)」の主演も務めるアイシュワリヤーの、インド東西の言語共通の文芸映画に見える本音を隠した会話劇にくすぶる隠れた感情の渦が、その麗しい笑顔の奥でいろいろに表現されていく姿こそが、この映画の大きな武器にもなっている。
ベンガル語台詞が不安定ながら、リトパルノ・ゴーシュ監督のために無償参加したと言うネット情報がどこまで本当なのかわからないけど(*6)、劇中の大家族の集まる屋敷内での異物的存在としての孤独感、疎外感、それらを含めた仮の家族の一体感の幸福が、彼女の異様な美貌そのもので表現されているかのようでもある、その妖しい魅力はアイシュ出演作の中でも随一かもしれない。マヘンドラとの不倫関係、そのために自分を気にかけてくれた恩人ラージラクシュミー、姉妹同然の仲のアーシャとの悲しい別れを経験し、3度目の家族の喪失を経験する事になるビノーディニーの失踪は、マヘンドラ邸での家族の触れ合いが幸せであればあるほどに残酷な人生そのものを突きつける。西洋絵画の裸婦像がそこかしこに飾られたマヘンドラ邸を彩るインドとイギリスの融合した爛熟した文化が示す、芸術的生活の退廃を体現するかのような人生の明暗の差が大きければ大きいほど、その落差は救われない人の行き場を失った感情の虚しさを見せつけるが如くに…。
受賞歴
2003 West Bengal Film Journalists’ Association 助演男優賞(トータ・ローイ・チョウドリー)
2003 National Film Awards ベンガル語映画注目作品賞・衣裳デザイン賞(ビビ・ローイ & スシャント・パル)・美術監督賞(インドラニル・ゴーシュ / 【Meenaxi: A Tale of Three Cities】のシャルミシュタ・ローイと共に)
2004 BFJA( Bengal Film Journalists’ Award) 主演男優賞(プラセンジト・チャタルジー)
「CB」を一言で斬る!
・寡婦用の簡素な服の、そこにアクセサリーってしまえるんですか!(しまうというか、畳んで結びつけたというか…)
2026.7.10.
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*1 北インドの西ベンガル州とトリプラ州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデュの国語でもある。
*2 TV映画、TVドラマシリーズの監督作も含む。
*3 親戚かも? 言語が理解できないと、イマイチ家族関係の詳細がわからぬぅ。
*4 声は、ベンガル人女優スリーラー・モジュムダールの吹替。
*5 アーンドラ・プラデーシュ州、ジャンムー・カシミール連邦直轄領、ラダック連邦直轄領、ビハール州、デリー首都圏の公用語の1つ。パキスタンの国語でもある。
*6 アーシャ役のベンガル人女優ライマー・セーンの声も別人の吹替なので、ベンガル語発音の問題とは違う演出意図があっただろう感じもある。