インド映画夜話

叔父 (Chithha) 2023年 139分
主演 シッダールタ(製作も兼任) & ニミーシャー・サージャヤン & ベイビー・サハスラー・シュリー
監督/脚本 S・U・アルン・クマール
"どうして、あの子を放っておいたの"




 タミル・ナードゥ州ティンドゥッカル県パラニの市役所職員イースワラン(通称イシュー)は、毎日仕事の合間を縫って8歳の姪スンダリの送り迎えを行っていて、2人は大の仲良し。
 なにかにつけ、姪っ子第1に行動していたイースワランはその日、市役所が雇用する街の清掃員として、故郷で別れてきたかつての恋人シャクティが雇われてきたのを目撃する…。

 ぎこちなくもシャクティとイースワランの仲が再び縮まってきていたある日、スンダリは親友ポンニから「放課後、大人たちには内緒で鹿を見に行こう。寺院の森にいるって聞いたの」と誘われるも、直前で叔父イースワランの姿を見たスンダリはポンニ1人を行かせて自分は叔父さんと一緒に家に帰ってしまう。
 翌日。一言も喋ってくれずトイレで盛大に嘔吐するポンニを心配したスンダリから相談されたイースワランは、様子のおかしいポンニをまず家に送っていくが、ポンニは終始無言のまま、イースワランの接触も強く拒否するのだった。

 その夜、ポンニ昏倒の知らせを受けたイースワランは急いで彼女の家へ向かうが、彼と仲の悪いポンニの父親はイースワランこそ娘を辱めた張本人だとして一族を集めて彼を閉じ込めた上で、意識の回復しないポンニの代わりにスンダリを呼び寄せ昨日の状況確認をさせる…
「なぜ自分の姪っ子を無視して、うちの子と先に帰ってきた? あいつはなんて言っていたんだ!」
「…私も一緒に行くって言ったけど、叔父さんは『一緒に行くならポンニに色々説明しないといけない。それはポンニにも辛いだろうから、まず彼女を送って行くことにする。だから、その間待っててほしい』って言ってた…」


挿入歌 Kangal Edho


 タイトルは、タミル語(*1)で「叔父(父親の弟)」の意とか。

 姪と叔父の友情を軸に、女児強姦の犯罪者と間違われて社会的に追放されながら、行方不明になった姪を追う叔父主人公の奮闘を描いていく。
 インドと同日公開で、アラブ、フランス、英国、クウェート、シンガポールでも上映されたよう。日本では、2025年のインド映画同好会主催のインド大映画祭で「叔父」の邦題で上映。

 最初こそ、じっくり叔父と姪、その友達の家、叔父主人公のかつての恋人との再会からくるほのかな恋愛劇と、穏やかな日常劇を丹念に追って行く家族映画で始まりながら、主人公の友人の姪ポンニの異常からその日常が崩壊し、疑惑が疑惑を呼んで子供の安全が片時も保証されない世間の恐怖が延々と意識されてくる映画的対比構造が凄まじく効果的。
 自分の行動が裏目に出て友人一族から袋叩きに合わされ、大切にしている姪っ子とその母親(主人公から見れば義姉)からも「叔父さんでも、腕以外のところに触れてきたら大声で助けを呼びなさい」と犯罪者扱いされる主人公の悲哀も衝撃的。その裏で悠々と次の犯罪目標を探す女児誘拐犯の異常性を見せつけつつ、その事件の推移へのミスリーディング話法、その被害者の絶望、その家族たちの怒りが復讐へと突き進む悲しさもまた、やるせない現実をつきつけていく。当初、恋愛劇要因だけの登場と思われた主人公の恋人シャクティが暴露する過去の事実もまた重く、それを乗り越えてきた彼女の強さが、復讐を実行する主人公イースワランとの対比的効果を生み出しながら、その善悪を断じることもできず「どちらも理解できる」不条理へと帰結させる物語も印象的。

 監督&脚本を務めたのは、1987年タミル・ナードゥ州ティンドゥッカル県パラニ生まれでマドゥライ県マドゥライ育ちのS・U・アルン・クマール(別名S・U・アルンクマール)。
 工科大学卒業後通信機器の会社に勤める中で、映画制作に興味を持って短編映画制作を始め、短編映画制作選考TV番組「Nalaya Iyakunar」に出場して準優勝。そこからヴィジャイ・セートゥパティと知り合って、自身の短編映画をもとにした2014年のタミル語映画「Pannaiyarum Padminiyum(地主とパドミニ)」で長編映画の監督&脚本デビュー。ベンガルール国際映画祭審査員特別賞他の映画賞を獲得。ただ、元の短編映画とは異なる物語になった上に、批評家からの評価は高いながら興行収入では不発になったことから、ヴィジャイ・セートゥパティと再度コンビを組んでヒット作を作ろうと、2016年の「Sethupathi(セートゥパティ警部)」を監督して大ヒットを実現。その後もタミル語映画界で活躍中。
 3本目の監督作「Sindhubaadh」を最後にヴィジャイ・セートゥパティと袂を分かち独自路線を突き進んでいるよう。2020年には、テンカシ市の窃盗蔓延問題を取り上げたドキュメンタリー映画「Imaikka Vizhigal」で監督&脚本の他撮影監督も務めている。

 印象的なヒロイン シャクティを演じたのは、1997年マハーラーシュトラ州ムンバイ生まれのニミーシャー・サージャヤン。
 父親はエンジニアで、母親はケーララ州プナルル出身のケーララ人だそう。
 ムンバイの大学で報道学の学位を取得。学生時代には、テコンドーの州代表選手もしていたと言う。
 2017年のマラヤーラム語(*2)映画「Thondimuthalum Driksakshiyum(そばに落ちている盗品と証人)」で映画&主演デビュー。フィルムフェア・サウスのマラヤーラム語映画主演女優賞他複数の映画賞を獲得する。その後も、日本公開作「グレート・インディアン・キッチン(The Great Indian Kitchen)」はじめマラヤーラム語映画界で活躍する中、2022年には「Hawa Hawai」でマラーティー語(*3)映画に、2023年の「Footprints on Water」で英語映画に、同年公開の本作と「ジガルタンダ・ダブルX(Jigarthanda DoubleX)」でタミル語映画に、2024年の「Lantrani」でヒンディー語(*4)映画にもデビュー。本作を始め、多数の映画賞を獲得し続けている。

 監督自身が語るところによれば、企画当初から「もしも娘が生まれたなら、2人で一緒に見られる映画にする」ことを決めていたと言う。
 それを反映させるように、子供の自由と安全が脅かされる物語にあって、直接的な暴行描写は描かれず、その前後か画面の外の様子からそれがうかがい知れる画面作りが常に意識されている。「強姦」とか「虐待」と言った単語も警察や弁護士のセリフで登場することはあっても、日常会話の中には一切登場しないで、被害者家族たちも遠回しか沈黙によってそれを表現する。この事が、観客や役者への心理的圧迫、後々への精神的重荷にならないようにとの配慮を持って構成され、精神科医や性犯罪被害者、法曹界の人々に内容をチェックしてもらった上で、過度なセンセーショナリズムに陥る事なく「子供の安全」を守る責任、義務、社会のあり方を説教くさくなく、サスペンスフルに描きだすことに成功させ、映画全体のイメージを上品に、繊細に作り上げていく効果を生み出している。
 それは、啓発的でありつつ、単純な復讐譚に陥ることなく、それでありながら被害者とその家族の悲しみを代弁するカタルシスをも生み出して行く。ギリギリのバランスの上で醜悪な画面を避け、それでもそうした事実が世間一般にある事を表現し、その過程に対峙した人の苦しみに共感を持って触れられるよう描き切る。その描き方が成功しているか失敗してるかは、見る人によってさまざまだろうけれども、家族劇として子供の安全と危機を描く事から一歩もブレないその画面構成と姿勢は、実験的でありつつ映画人の矜持を見せつけられるよう。単純な「正しさ」だけではいられない人が抱え込む有象無象の感情の渦の錯綜こそ、劇の持つ最大の魅力でありますことよ。



挿入歌 Theera Swasame




受賞歴
2024 Ananda Vikatan Cinema Awards 作詞賞(ユガバーラティ / Kangal Edho)
2024 Filmfare Awards South タミル語映画作品賞・タミル語映画批評家選出主演男優賞(シッダールタ)・タミル語映画主演女優賞(ニミーシャー・サージャヤン)・タミル語映画監督賞・タミル語映画助演女優賞(アンジャリ・ナーイル)・タミル語映画音楽監督賞(サントーシュ・ナラヤナン & ディブ・ニナン・トーマス)・タミル語映画女性プレイバックシンガー賞(カールティカ・ヴァイディアナタン / Kangal Edho)
2024 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 批評家選出監督賞
2024 IIFA Utsavam 助演女優賞(サハースラ・スリー)


「叔父」を一言で斬る!
・一人で街に出てきた時、荷物を駅前屋台に置いてお手洗いとかちょっと離れるのは安全…なの?(屋台の店員も迷惑がってたけど…)

2025.9.12.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*3 西インド マハーラーシュトラ州とダードラー・ナガル・ハヴェーリーおよびダマン・ディーウ連邦直轄領の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 結婚時のダウリー始め結納品の有無とか。
*6 屋内で靴を脱ぐのか脱がないのか等。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?