インド映画夜話

Chup : Revenge of the Artist 2022年 127分(135分とも)
主演 ドゥルカン・サルマーン & サニー・デーオール & シュレーヤー・ダーンワンタリィー
監督/脚本/原案 R・バールキー
"鑑賞前にご注意を1つ。最高の映画体験のために……携帯電話と映画批評家は、黙れ"




 その夜、ムンバイ在住の映画批評家ニティン・シュリヴァスタヴが自宅で殺されているのが発見された。
 捜査担当のIG(*1)アルヴィンド・マトゥールは、その猟奇的な殺害方法…喉を切り裂いたのち口をビニールで塞ぎ、額に何かの逆三角形シンボルを刻む…を手掛かりに、犯人の動機を探ろうとする…。

 そんな事件現場近くにある"花屋ダニー"の店長ダニーは、事件の翌日シュリヴァスタヴの葬儀に参列した映画批評家志望の大衆紙記者ニーラ・メーノーンと知り合った。一人で経営する店の中で独り言の多い彼は、同じく独り言が大きく往年の名画「紙の花(Kaagaz Ke Phool)」の歌を歌うニーラに興味を示し、次第に仲を縮めて行く…。

 そうしている間にも、第2の殺人事件がおこる。
 映画批評家イルシャード・アリーが轢死体で発見され、額には三角形を組み合わせた六芒星のサインが…!!
「これは同一犯の仕業です。最初の犠牲者にも六芒星をつけようとした犯人だったが、犠牲者の妻の帰宅を知り、逆三角形のみで逃げるしかなかった…これは、新種のシリアルキラーです。星を与える映画批評家に、星を与える批評家が現れたのですよ…」


プロモ映像 Mera Love Main


 タイトルは、ヒンディー語(*2)で「黙れ」「静かに」の意とか。映画ラストに、印象的な形で現れてくる用語。副題は「芸術家(意味的には、映画屋、映画家の方が近いか)の復讐」。

 「パッドマン(Pad Man)」「キ&カ(Ki & Ka)」のR・バールキーの、6本目の監督作となる、クライムスリラー映画。一部批評家からは、1973年のイギリス映画「Theatre of Blood」との類似性が指摘されている。
 インドと同日公開で、アラブ、オーストラリア、フランス、南アフリカでも公開されたよう。

 少しひねったアイディアの監督作を多く手がけるR・バールキー監督による本格サスペンス映画である本作。
 最初の殺人事件の衝撃以降は犯人自体は観客に明確にわかるように作られていて、その動機、殺人へと走る衝動がなんだったのかを考えて行く流れになって行く。そこに現れて行く「映画批評家こそが殺人者である」という映画と批評家との関係性、批評あっての映画人気という関係性、映画批評そのものが何も批評家の意思そのものとも限らない構図を浮かび上がらせ、やはりバールキー監督らしい「映画」なるものを成立させるその構成要素に注目させて行く視点を強調する。

 この映画の中で描かれる映画愛の象徴としてなんども言及されるのが、50年代に活躍したヒンディー語映画史を代表する映画監督の1人グル・ダットであり、彼の代表作ながら公開当時は全く評価されなかった名作「紙の花(Kaagaz Ke Phool)」の批評史における明暗の変転、この映画の興行失敗によって映画監督の道を自ら絶ったグル・ダットの人生である。
 50年代に様々な新進気鋭の娯楽映画を公開して、ヒンディー語映画の流れを変えたグル・ダットの偉業を称え、人知れず自宅兼職場である花屋の奥にグル・ダットの祭壇を設けて造花(文字通り「紙の花」!)を飾る主人公ダニーの精神のあり方が、映画セリフを引用し続ける独り言、自分の映画好きを常に隠そうとする態度、それでありながら同じく映画の知識の豊富さが滲み出ている(ように思われた)ニーラと親しくなろうとして行く子供のようないじらしさを通して、徐々にその内面に渦巻く世間への屈折した情念を表現して行くドキドキ感をこそ描いて行くサスペンス劇になって行く。

 マラヤーラム語(*3)映画界の映画一族マンモーティ家生まれの映画スター ドゥルカン・サルマーン(*4)をそんな屈折した主人公に据え、隠された裏の顔の底知れなさが表現されて行くのはまさに必見。2015年の「チャーリー(Charlie)」で見せた、つかみどころのない享楽的な幸福の使者を演じていた役者が、同じようにつかみどころの見えないアンバランスさを匂わせる殺人者を演じて見せるんだから、その笑顔の裏に潜む演技の多彩さを意識しないわけにはいかんですし、それこそ「役を演じる」と言う役者の顔であり、映画を作り出す大きな構成要素であることをも意識させてくる。

 裏主人公的なアルヴィンド警部役を演じているのは、今まで見たことない精悍な顔つきのサニー・デーオール(生誕名アジャイ・シン・デーオール)。
 1956年(1957年とも)パンジャーブ州ルディヤーナー県サンウォールにて、映画スター ダルメンドラの息子として生まれ、弟に男優ボビー・デーオール、義母に女優ヘーマ・マーリニー、異母妹の女優イーシャ・デーオール、親戚に男優アブヘイ・デーオールと女優マドゥーがいる映画一族デーオール家の出身。1984年に結婚した印英ハーフの妻リンダ(通称プージャ。*5)との間に生まれたカラン・デーオールとラジヴィール・デーオールも、一族の後援を受けて男優デビューしている。
 学生時代は難読症で苦労したと言うが、スポーツ系を得意として喧嘩っ早い少年時代を送り、車両改造を趣味にしてカーレーサーを志望していて、家族から大反対されたいたそうな。ムンバイの商科大学で経済学を修了した後、映画スター シャシ・カプールの後援を受けて英国のバーミンガムにあるバーミンガム・レパートリー劇団(*6)に入って演技を習得。インド帰国後に映画界入りする。
 1982年の父親主演のヒンディー語映画「Main Intequam Loonga(復讐してやる)」のミュージカルシーンにノンクレジット出演し(*7)、翌83年の父親プロデュース作「Betaab(眠れない *8)」で主演デビュー。フィルムフェア主演男優賞ノミネートされて一躍映画スターになる。以降、ヒンディー語映画界で活躍して、ボリウッドを代表するアクションヒーローとして有名になって行く(*9)。
 1990年の「Ghayal(負傷者)」でナショナル・フィルムアワード審査員特別賞、フィルムフェア主演男優賞を獲得。以後も各映画賞を多数受賞している他、1999年の主演作「Dillagi」で監督&プロデューサーデビューもしている。
 出演作、監督作の興行不振が続く中で2019年にBJP(インド人民党)に入党して政治活動を始め、同年の下院選挙でパンジャーブ州グルダスプール選挙区から出馬して当選。政界入りした事で映画界引退状態になっていたが、本作で映画復帰して役者活動を本格的に再開している(*10)。

 ヒロイン ニーラ・メーノーンを演じたのは、1988年アーンドラ・プラデーシュ州都ハイデラバード生まれの女優兼モデル シュレーヤー・ダーンワンタリィー。
 ヒンディー人の父親とテルグ人の母親を持ち、生後2ヶ月でドバイへ移住。中東7国とデリーで幼少期を過ごして、ワランガルの大学で電子通信工学の学位を取得する。
 大学在学中にモデル活動を開始して、数々のCMに出演。フェミナ・ミス・インディア・サウス2008(*11)に参加して準優勝。ミス・インディア2008ではファイナリストに選抜される。
 この評判から映画界からオファーが集まり、2009年のテルグ語(*12)映画「Josh(熱意)」で映画デビュー。2010年の「Sneha Geetham(友情の歌)」を挟んで、2014年のヒンディー語TV映画主演作「The Girl in Me」からTVシリーズやMV出演で人気を獲得して行く中、2016年に小説「Fade To White」を発表。2019年の「Why Cheat India?(なぜインドは騙すのか?)」でヒンディー語劇場映画デビューして、2020年のヒンディー語Webシリーズ「A Viral Wedding(ウィルス・ウェディング)」では主演の他、監督&脚本&原案デビューもして評判を呼んでいる。

 興味深いのが、映画後半に犯人をおびき出すため、映画批評の仕事を探していたニーラに仕事を振って「星1つの酷評批評文を書いて欲しい」とアルヴィンド警部が命令し、ニーラがそれを断れずに犯人の標的になって行く部分。
 映画を批評する批評家の記事を批評し、最悪批評文を書いた批評家に星を与えるために殺人を犯す犯人、と言う構図だけでもだいぶ倒錯しているけれど(*13)、そこに囮捜査とは言えライターに「編集意図に沿った批評文を書け」と言うオファーが舞い込み、ライターは仕事としてそれを請け負う。この構図が現れる事で、映画批評が批評家がただ思い描いた事を書いているとは限らないことが示唆される一方、映画もまた映画監督のやりたい事そのものがそのまま出ているとも限らない構図も見え隠れして行く。その時の企画意図によって、様々に作り方を変え、企画に沿うように形を変えて行くのが批評文であり、映画でもある。だからこそ、その批評家に最悪賞として批評文にちなんだ殺害方を実行する犯人の自己中心ぷり、自己撞着ぶり、映画制作や映画監督のあるべき姿への異常さを含めたこだわりをも表に現れてくる。まさに「映画は映画監督のこだわりを映す」ものであると同時に「映画は映画監督に思い通りになるとは限らない」ものでもある事が露わにある映画構造は、ラストに明らかになる犯人を突き動かすゆがんだ映画愛の正体を、劇中映画として描くアンビバレンツに二重に暴露されて行くインパクトへとつながって行く。簡単に映画を評価できないのと同じように、映画批評もまた簡単には評価できないものかもしれないと言う読み解きも可能になる事で、平易に映画批評そのものを批判したい映画ではない事を見せつけるこの映画を見て、長々と映画について語りたくなってしまったら、もう映画の魔術に取り憑かれている証拠と見ていいのかもしれない。
 ああ願わくば、命を削って作られた数々のものが1つでも多く陽の目をみる事を…それらを1つでも多く我が目で確認できます事を…その体験が人生に少しでも幸福感を感じる瞬間が増える事を……願ってもいいのかもしれなくもない、かもしれないですネ…(*14)。



挿入歌 Gaya Gaya Gaya (去って去って、私はここを与えられた)




受賞歴
2022 Lions Gold Awards アクション男優・オブ・ジ・イヤー賞(サニー・デーオール)
2023 DPIFF (Dadasaheb Phalke International Film Festival) 監督賞・悪役演技賞(ドゥルカン・サルマーン)


「Chup」を一言で斬る!
・ムンバイには、どれほど映画スターの似顔絵壁画があるんやろか?(ホントにあるの? デートコースになるの???)

2025.4.18.

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*1 Inspector-general of police 州内で上から3番目の階級の上級警察官。日本で言うところの警視監くらい?





*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語で、フィジーの公用語の1つでもある。
*3 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*4 ヒンディー語映画には、2018年の「Karwaan(キャラバン)」以来3本目の出演。
*5 彼女の母親ジューン・サラ・マハルはイギリス王家の血筋の出身だとか。
*6 通称バーミンガム・レップまたはザ・レップ。
*7 腕の一部が映ってるだけとかなんとか…。
*8 シェイクスピア劇「じゃじゃ馬ならし」の翻案もの。
*9 ニックネームとして"インドのランボー"と称されている。
*10 その代わりに当選以降議会出席率が低い政治家としても有名らしい。
*11 タイム誌グループが発刊している女性向け隔週誌フェミナが主催する、インド国内美人コンテスト。
*12 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*13 かつワクワクする展開でもあるけど。
*14 と言う最悪批評家賞をもらわないような工夫で閉めてみる。うん。