インド映画夜話

D-Day 2013年 150分(153分とも)
主演 リシ・カプール & イルファン(・カーン) & アルジュン・ランパール & フマー・クレーシー他
監督/脚本/原案 ニキル・アドヴァーニー
"全てを犠牲にして、遂行せよ"




 90年代から、R&AW(=Research & Analysis Wing インド諜報機関)がマークしていたテロリスト…通称ゴールドマン(本名イクバール・セート)が、その追跡の手を逃れつつ、2013年2月21日にハイデラバードで大規模爆破テロを引き起こした。
 その24時間後、R&AWはオペレーション・ゴールドマンを始動させる…。

 作戦の決行日。
 パキスタンのカラチで行われる結婚式に、R&AWのエージェントである軍人ルドラ・プラタープ・シン、散髪屋ワリー・カーン、爆発物の専門家ゾーヤー・ラフマーン、運転手アスラムの4人が潜伏していた。目標である新郎の父親ゴールドマン到着の知らせを受けて、エージェントはその捕獲に向けてすぐさま行動に移るが…!!

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 話は、その決行日の40日前まで遡る。
 9年もの間、パキスタンに潜伏しているワリー・カーンは、カラチで散髪屋を営みながら妻ナフィサー、息子カビールと共にささやかな家庭を築いていた。しかしある日、近所のモスクの礼拝にゴールドマン…R&AWが血眼になって捜索している国際指名手配犯…がやってくるのを目撃してしまった事で、スパイである彼の日常は大きく変わっていく…


挿入歌 Dama Dam Mast Qalandar (我が吐息は、赤き衣の聖人カランダルの歓喜)

*その歌詞は、人気のあるスーフィー民謡から取られたものだそうで、元々はスーフィーの聖人ラール・シャーバズ・カランダル(1177生〜1274没)を讃えるシンド語の歌。
 その歌は、様々な改作を経て祝詞から数々のスーフィー歌謡へと変化し、現在もインド〜イランにかけて歌われ続けているそう。


 タイトルは、英語における軍事用語「作戦実行日」の意味…とともに、目標であるゴールドマンをもかけたタイトル?(*1)
 インド諜報員たちによる、カラチに潜伏するテロ首謀者捕獲計画実行の様子を描くサスペンス・ヒンディー語(*2)映画。
 2014年には、テルグ語(*3)吹替版「Gelupu Gurram」も公開(*4)。

 実際にボンベイ爆破テロを首謀したとされている、インド裏社会を牛耳るマフィア首領をモチーフにして、その人物(*5)の捕獲作戦を命じられたインド諜報員の苦悩と戦いをフィクションでありながらもリアルに描いていくサスペンスアクション。
 名もなきRAWエージェントの人に知られぬ活躍を描いた映画といえば、史実を元にした「同意(Raazi)」とか「マドラス・カフェ(Madras Cafe)」から、007ばりに能天気な「エージェント・ヴィノッド(Agent Vinod)」「タイガー(Ek Tha Tiger)」に始まるYRFスパイ・ユニバースまで色々あるけれど、本作はその中だとリアル路線の「マドラス・カフェ」あたりに近いか。まあ、国際的指名手配犯の捕獲作戦そのものはこの映画独自の架空の作戦ではあるけれど。

 映画冒頭は、ハイデラバード爆破テロから本格的に始動する捕獲作戦当日の様子を描き、用意周到な作戦が狂い始めた所でその作戦の準備期間40日の回想が映画前半に語られる事になる。
 作戦決行日そのものが最大の見せ場かと思いきや、様々な要因によって作戦遂行が困難になっていく後半は、エージェントたちの疑心暗鬼、作戦失敗によってインドとパキスタン双方から命を狙われるエージェントたちの苦悩、それでもなお作戦の成就に向けて行動を起こす人々の騙し合いの心理戦と、決行その後の混乱が詳細に描かれていくことになる予測不能さが本作のキモ。

 そこに関わる4人のエージェントと彼らに狙われるマフィア首領ゴールドマンが主要人物として描かれる群集劇ながら、一番時間を割いて語られるイルファン・カーン演じる散髪屋ワリー・カーンをめぐる苦悩が最も印象的。
 カラチで床屋をやりながら、そこに客として来るISI(パキスタン諜報部)の人々から情報を引き出す仕事をしていたワリーが、所在不明だったゴールドマンを目撃したことでミッションスタートが決定する皮肉。スパイとは言え1庶民として慎ましく暮らしていたワリーの、人生そのものを崩壊させてしまう諜報戦へと進まざるを得なくなる彼の悲哀、家族との別れ、カラチ市民としての自分とインド人としての自分の間で揺れ動く情感が、簡単に人命を奪うスパイ活動の残酷さの中に対比的な効果を見せて描かれることで、単純なスパイ大活劇にならないシリアスな心理劇を展開させる様は必見。
 他のエージェントも簡単に作戦から降りられない経緯や伏線が描かれはするけれど、ワリーの人物像とその演技力を越えるものではなかった…かなあ。

 監督を務めるニキル・アドヴァーニーは、1971年マハラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。父親は多国籍製薬会社勤務のシンディー人(*6)で、母親は広告業界勤務のマラーター人(*7)だそう。親戚には、映画プロデューサーのN・N・シッピーとエクター・カプール、男優トゥーシャル・カプールがいる。
 化学の修士号を取得後、1996年のヒンディー語映画「Is Raat Ki Subah Nahin(この夜は終わらない)」の助監督兼脚本補助として映画界入り。映画会社ダルマ・プロダクションに就職して助監督(&ノンクレジット出演)を務めた後、2003年の「たとえ明日が来なくとも(Kal Ho Naa Ho)」で監督デビュー。2010年にはミラップ・ミラン・ザヴェーリー監督作「Jaane Kahan Se Aayi Hai(彼女はどこから来たのやら)」でプロデューサーデビューも果たす。その間に、映画会社エンメイ・エンタテインメントを設立させ、本作がその制作第1号となった。以降、ヒンディー語映画界の他、TVショーやTV映画、ネットドラマシリーズなどの監督やプロデューサーとしても活躍している。

 インド人マフィアの首領によって仕掛けられた大規模テロの捜査として、カラチでの捕獲作戦を仕掛けるインド人諜報員たちが、結果的にカラチでテロ行為を行ってしまう価値の転倒具合も大いなる皮肉で、報復の連鎖によって殺しあう意味すら危うくなっていく事態は、それでもなお止める事すらできずにより混乱を大きくしていくしかない諜報員たちの八方塞がり具合として余計に物悲しい。
 ゴールドマンをかくまっていながら表沙汰になった途端にインド人諜報員共々抹殺しようとするパキスタンも怖ければ、作戦失敗によって関係者全員を抹殺して証拠隠滅を図るインド側も恐ろしい。その両天秤にかけられながら「どうせインド司法にゆだねられても、金の力でどうにでもなる」とうそぶくゴールドマンに静かな怒りを表す諜報員たちの、自身の人生への悲壮感・諦観具合のなんと重いことよ。その思いを歌い上げるエンディングテーマ「Dhuaan (煙のごとく [我らは彼らを忘れ去った])」の歌詞の重さがなんとも印象的でほろ苦い味を残す一本。



挿入歌 Murshid Khele Holi (主は春祭ホーリーに来たり)




受賞歴
2014 Filmfare Awards 編集賞(アーリフ・シェイク)・アクション賞(グルバッチャン・シン & トム・ストルザース)
2014 IBNLive Movie Awards 編集賞(アーリフ・シェイク)
2014 Screen Weekly Awards 悪役賞(リシ・カプール)
2014 Zee Cine Awards 編集賞(アーリフ・シェイク)
2014 Mirchi Music Awards ラーグ・インスパイアソング・オブ・ジ・イヤー賞


「D-Day」を一言で斬る!
・フマー・クレーシーは当初、用意されたヒロイン枠2つのどっちを演じるのか自由に決めていいと言われたそうだけど…爆弾処理員じゃなくて売春婦役の方を選んでたら、話がかなり変わったんでなかろか…。

2024.4.5.

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*1 (そして、そのモデルとなった人物もまた「D」と呼ばれている!
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 テルグ語映画界で人気の高い、歌手兼女優のシュルティ・ハーサンが本作でボリウッドデビューしているためだそうな。
*5 劇中では別名で設定されている。
*6 現パキスタン南部シンド地方を起源とする、シンド語を母語とするコミュニティ。
*7 マラーティー語を母語とする、マラーター王国後継のコミュニティ。