インド映画夜話

デリー6 (Delhi-6) 2009年 140分
主演 アビシェーク・バッチャン & ソーナム・カプール
監督/脚本 ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラー
"殺人猿、デリーに現る…それが、オールドデリーの出迎えの言葉"






 NY育ちのローシャンの祖母は、死期が近いと宣告された事から、生まれ故郷のデリーで最期を迎えたいと言う。
 ローシャンは祖母の願いを叶えるため、インドの首都デリーへと一緒に引っ越して来た。デリー空港で最初に見たのは、都市伝説のカーラー・バンダル(黒猿)の恐怖を煽るニュース映像…。

 祖母の実家のあるオールドデリーの中心部は、人人人牛人人…でごった返す道路。赤茶けて入り組んだ家々。おせっかいともゆすりたかりともとれる柔和に近づく見知らぬ人々。次々と現れる大家族の親戚や隣人たち。横暴な警官。低カーストへの日常的な差別。隣り合って冗談を言い合うヒンドゥーとムスリム。町を挙げて盛大に行われるダシャヘラー祭。デリーの人々の、オールドデリーの暑苦しいほどの熱気…。

 祖母の実家の隣に住む頑固親父マダンの娘ビットゥーは、タレント発掘番組に出演して有名人になるのが夢。密かにカメラマンのスレーシュと付き合い始めて、いつか一緒にムンバイに行こうと計画していた。
 しかし、父親はビットゥーを見合いさせようと必死。お祭り中のデリーを観光して回るローシャンは、偶然から何度もビットゥーと顔を合わせては衝突しあう。
 そんな中、広場で行われていたお祭りの目玉ラームラーリー(ラーマーヤナ劇)の上演中にカーラー・バンダルが出たと大騒ぎになり、人々はパニック状態に。この騒ぎに乗じる政治家や宗教家の煽動から、徐々に街は険悪な雰囲気に包まれて行く…。

 "どんな欠片にも神の光はある。
 自らを覗いて見よ。神はお前の近くにいる。
 神を愛するなら、皆を愛せ。
 それがこの信仰の定めなのだ。"
 今日もデリー6の街角には、鏡を持った狂人が「これを見ろ」と鏡を見せびらかす…。


挿入歌 Yeh Dilli Hai Mere Yaar (友よ、これがデリーさ)



 これだよこれ! 私がボリウッドに求めているのはこう言う映画なんだよぉぉぉぉ!
 タイトルは、オールドデリーの郵便番号。インドの首都デリーの中心部に住む人々は、誇りを込めて自分たちの住む地区をこう呼ぶそうな。

 前半は、ゆるやかに後半への伏線を巻きつつ、基本的にはデリーの日常の断面をスピーディーにパッパと写し取っているだけで、およそ物語らしい物語がない。映画的文法を無視しつつ、それでもしっかり重厚な映画になってるボリウッドの底力に、も〜お腹いっぱい。
 オールドデリーの生活臭漂う映像の数々が、これほど美しく描かれた映画もそうはない…だろうな?

 飛べない鳩・鏡を見ろと触れ回る狂人・ムスリムたちの礼拝風景・物語とシンクロして行くラーマーヤナ劇・ヒンドゥーの聖木・カーラーバンダルのグッズやニュース映像…。要所要所で繰り返されるイメージの数々が、様々な象徴として映画内で機能して行き、全てを飲み込んで生き生きと生活して行くデリーの街並みが、ふとした事から暴動の恐怖渦巻く街へと変わって行く様を表現して行く。

 死期の近づいたローシャンの祖母が「一番過ごしやすい所で残りの人生を過ごしたい」と言って選んだ、彼女の故郷であるオールドデリー。異教徒同士が入り交じって生活し、密度の高い人間関係に翻弄され、聖牛が道を塞げば急病人だろうと牛を見に行く人々(しかも牛に触れる事で、意識のなかった祖母が回復してしまう…)のいる街。

 見てるこっちとしては、異邦人である主人公と同じく、なんでこの街はこんなにも人懐っこくて暑苦しいのか…と不思議なデリーの魅力に取り憑かれてしまいそうになる。まぁ、監督はデリー出身の人なんで、酸いも甘いも飲み込んで、基本的にはデリーを賞賛する映像になってくる訳だけど。

 劇中に出て来る都市伝説カーラー・バンダルは、2001年に実際にデリーの人々を恐怖させた都市伝説モンキーマンが元ネタだそうな。
 映画内でもそうだけど、実際にもその恐怖が煽られれば煽られるほど、ほんの些細な事までもが殺人猿のせいにされ、噂が噂を呼んで平和な街中も鬼気迫るパニック状態へと移って行ったそうで…。そのあたりは、アメリカはセイラムで起こった魔女狩り事件を題材にしたハリウッドの「クルーシブル」と同じテーマでんな。

 ラスト近くに、主役ローシャン演じるアビシェークの父親アミターブ・バッチャン(80年代のキング・オブ・ボリウッド! スラムドッグでも有名人としてちょっと出てきてた)が特別出演。
 さらにヒロイン演じるソーナムは、名優アニル・カプール(スラムドッグで司会役をやってた人)の実の娘ってんだから、ボリウッド業界は狭い。ソーナムは、これが映画出演2本目とは思えぬ迫力で今後が期待大。

 ローシャンの祖母ダディを演じるのは、大女優ワヒーダー・レーマン。我がおかんは、映画をちら見して「このおばあさん役の人、美人だねぇ。綺麗な年のとりかたしてる…」と言うとりました。さすがはボリウッド女優。韓流ファンのおばちゃんもため息出ちゃうほどのカリスマだわん。

 日本では、2010年にNHKアジア・フィルム・フェスティバルにて上映され、翌2011年にNHK-BSにて放送された。


挿入歌 Dil Gira Kahin Per Dafatan (前触れなしに失ったもの…)

*ローシャンの夢の中で混交して行くデリーとNYの風景。
NYの町並みにデリーの風景がとけ込んで行くカオスは、CG製とは言えどうやって作った映像なのかさっぱりわかんない。この映像技術はスゴいわ…。


受賞歴
2010 Filmfare 音楽監督賞・男性プレイバックシンガー賞(Masakali)・女性プレイバックシンガー賞(Genda Phool)
2010 IIFAインド国際映画批評家協会賞 助演女優賞(ディヴィヤー・ダッタ)
2010 Star Screen Award 音楽監督賞
2010 National Film Award 銀蓮ナルギス・ダット国家映画賞・美術デザイン賞

2009.11.28.

戻る