インド映画夜話

鼓動を高鳴らせ (Dil Dhadakne Do) 2014年 173分 主演 アニル・カプール & シェファーリー・シャー & プリヤンカ・チョープラー(歌も兼任) & ランヴィール・シン & アヌーシュカ・シャルマー & ファルハーン・アクタル(製作/台詞/歌も兼任)
監督/脚本 ゾーヤー・アクタル
"結婚させたい息子、離婚を望む娘。"
"幸せに見えた家族の、豪華客船の旅ー"




 世界には様々な動物がいるが……この世で最も奇妙な動物は人間だ。
 時は戻らないと嘆く一方で、毎年決まった記念日がやって来たと祝う。今年も、メヘラー夫妻の結婚30周年の日がやって来る…。

 一代にしてデリーで大富豪になったカマル・メヘラーだったが、最近は負債を抱え会社は倒産寸前。女好きなカマルに愛想が尽きている妻ニーラムとは仮面夫婦同然ながら、彼女の提案から会社合併先候補のスード家を結婚記念の地中海クルーズ旅行に招待し、その娘ヌーリーと自分たちの息子カビールを結婚させてしまおうと計画する。
 一方、先に結婚していた2人の娘アイシャは、ムンバイにて独力でオンライン旅行会社を成功させるものの、家父長的な態度を崩さない夫マーナヴ・サンガとの関係は冷え込み密かに離婚を考え中。両親のクルーズ旅行を手配して合流しようとするも、父カマルからの招待状は送られてもこなかった…。
 アイシャの弟カビールはカビールで、父の跡を継ぎビジネスマンになろうと必死ながら、本当は小さな頃から飛行機のパイロットになるのが夢。父の期待に応えようとしつつも、彼は彼独自の道を進み始めてもいる。
 そんなお互いにすれ違う家族を見守るペットの犬プルート・メヘラも一緒に、さらにすれ違う友人知人をも招待して、結婚30周年記念の地中海クルーズの旅は始まったのだが…。


挿入歌 Gallan Goodiyaan (君と甘い話をしよう)

*すべて1カット撮影されたミュージカル映像。
 歌タイトルの”Gallan Goodiyaan”は、パンジャーブ語(*1)のやや崩れた現代語で「甘口な話」「恋バナ」的な意味になるとか。


 「人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)」や「ガリーボーイ(Gully Boy)」などのゾーヤー・アクタル監督による、マルチスター・ヒンディー語(*2)映画。
 映画タイトルは、「人生は二度とない」のOP曲からの引用?

 結婚30周年を祝う旅の中で、バラバラな家族が衝突し和解していく様子を描く群集劇。その撮影は、実際にクルーズ船を使ってフランス、スペイン、チュニジア、トルコ、イタリアで行われたそうな。
 映画は、インド本国に先駆けてアラブ、クウェートで公開が始まり、インドと同日公開でオーストラリア、スペイン、英国、アイルランド、ニュージーランド、パキスタン、米国でも公開されてるよう。日本では、2021年のIMW(インディアン・ムービーウィーク)パート3にて上映。2022年にDVD発売されている。

 冒頭から、アーミル・カーンが声を当てているメヘラ家の飼犬プルート目線での家族に対する諧謔入り混じる皮肉の効いたナレーションで始まるセレブたちの腹芸の丁々発止は、家族関係も友人関係も冷え切ったセレブたちの人間関係の変化具合を嫌味たっぷりに皮肉るキレのいい家族ドラマを見せていく。
 親世代の目線がガッツリ入って来るので、「人生は二度とない」よりも人生観が複雑かつ乾き切ってる感じで、恋愛結婚したはずの両親や見合い結婚した娘アイシャの夫婦関係が破綻しまくってる様子や、そんな人たちが息子カビールの結婚を自分たちの願望込みでセッティングしようと必死になる姿のブラックユーモアさが、「人生は二度とない」よりもシニカルに家族というものを描いていく。
 出だしは、なんとなく「カプール家の家族写真(Kapoor & Sons)」的だなあ…とは思っていたものの、ユーモアの切れ味はどちらかというとブラックというよりコメディ寄りで、人生に飽きすぎているセレブたちの描き方はわかりやすさが優先されたややステレオタイプ。その分、当事者たちは深刻ながら、それを見てるこちら側は笑いを交えて微笑ましく見ていられる軽快さが保たれ、過去のゾーヤー監督作に見られる会話の応酬によるテンポの良い登場人物たちの台詞劇は、冗長にならずにセレブたちの豪華な生活としょーもないプライドの保ち方を、クスクス噛み締めながら笑える作りになっている。

 お互い利害関係のみの付き合いである冷え切った関係でありつつも、ピンチの時には話し合い助け合う微妙な力関係の上で家族してるメヘラ家の面々の魅力が、それぞれに映画の屋台骨になってる本作。
 女性関係にだらしなく自信満々なくせに肝心な所で弱腰なカマル演じるアニル・カプールもなんだかんだ飄々としていて楽しそうだし(*3)、バリキャリながら実家からも嫁ぎ先からも邪険にされていると感じる娘アイシャを演じるプリヤンカ、両親の手前から自分の夢を二の次にして慣れないビジネスマンになろうと必死なカビール演じるランヴィール姉弟も、自然体な感じが前面にでていて映画を盛り上げてくれる(*4)。ランヴィールなんか、アニル・カプールとは実際には叔父甥関係というのをわかって見てみても、それはそれで楽しい姿が満載ではある。プリヤンカはプリヤンカで、途中参加してくるファラー・アリー役のアヌシュカー・シャルマーと一緒に踊ってたりすると、そのオーラの格の違いを見せつけるかのような強さを見せてくれまする。まあ、可愛さを前面に出し、親の言うことに従うカビールと対照関係にあるファラーの人生や家族に対する別の強さを表現するアヌシュカーの存在感も本作の魅力の1つなんだけど。

 そんなメヘラ家をまとめようと奔走しつつ結局は計画をおじゃんにされ続ける微笑ましき(?)母親ニーラムを演じるのが、名優シェファーリー・シャー(生誕名シェファーリー・シェッティ)。
 1972年(または1973年とも)マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)にて、RBI(インド準備銀行)勤めのマンガロリアン(*5)系の父と、ホメオパシー医師のグジャラート人の母の間に生まれた一人っ子。
 子供の頃から歌とダンスに傾倒しながら演技には関心がなかったというものの、科学専攻で大学進学してから舞台演劇に熱中するようになる。大学間演劇活動で学生演劇のスターとして注目を浴び、TVドラマオーディションの話が舞い込んで93年の「Tara」ほか複数のTVドラマに出演して女優デビュー。翌94年にTV男優ハルシュ・チハヤと結婚する(も、00年に離婚)。95年のラーム・ゴーパル・ヴァルマー監督作「Rangeela(色彩)」でヒンディー語映画デビューするが、当初の説明と食い違う役だと知って映画界に不信感を持ちTV女優に専念。96年のTVドラマ「Hasratein」で主演デビューして大きな人気を勝ち取り「インドのテレビ業界を変えた要因の1つ」と大絶賛される。
 98年公開作「Satya(真実)」で、再度ラーム・ゴーパル・ヴァルマー監督作の出演オファーを受けることになり、綿密な打ち合わせによる役作りを徹底することで映画界への不信を取り除いた上で現場入りし、7分間の出演でありながらフィルムフェア批評家選出女優賞他多数の映画賞を獲得する騒ぎとなる。
 その後も、TVドラマで活躍する一方で徐々に映画の仕事も増えていく中、99年のグジャラート語(*6)映画「Dariya Chhoru(海の子供達)」に主演したこと(*7)がきっかけで、この映画で映画監督デビューしたヴィープル・アムルトラール・シャーと00年に結婚。以降、TV、映画、舞台と活躍してその名声を高めて数々の映画賞に輝いている。07年の東京国際映画祭では、出演作「ガンジー、わが父(Gandhi, My Father)」で主演女優賞も獲得。21年には、短編映画「Happy Birthday Mummyji」で監督&脚本&出演もこなしている。

 ステレオタイプなセレブたちの人生観・結婚観に対する、メヘラ家の恋愛結婚の末路と見合い結婚の末路、その上に成り立つ末子カビールの恋愛やアイシャのその後の顛末って構造も刺激的ながら、そこまで説教臭さが前面にしゃしゃり出てこない軽快さ・スタイリッシュさはいつものゾーヤー監督作らしさか。
 ギスギスするセレブたちの丁々発止に対しての、カラッとした地中海クルーズの色彩のクリーンさもいい対比構造。そのクルーズ旅行の途中から現れるアヌーシュカ・シャルマー演じる踊り子ファラー・アリーや、ジャーナリストのサニー・ギルが色々いいところを持ってく美味しい役としてセクシー&アクティブに描かれているようなのも、監督のサービス精神か。そこに、ゾーヤー監督の「良き弟観」を見てしまうのは、見当違いの深読み…だよなあやっぱ。新旧世代の「大人らしさ」「子供らしさ」「男らしさ」「女らしさ」「夫婦らしさ」「家族らしさ」と言った価値観が全編で対立構造になってるのは、ハッキリと意図した映画構成でしょうけど。
 最後の最後にしっかり話がまとまりすぎるくらいにまとまっていくのも、過去のゾーヤー監督作と共通の安心設計ながら、本作はよりハラハラ感とワクワク感が強い感じで、映画としてのオシャレ度と観客の関心の引き込み度がレベルアップしてるようではある。ぜひ、次回作も「良き弟」をこれでもかと描き切って欲しいもんですわ。同じく弟を持つ身としては。うん。

ED Dil Dhadakne Do (鼓動を高鳴らせよう)

*歌を担当しているのは、アイーシャー役のプリヤンカ・チョープラーと、アイーシャーの元恋人サニー・ギル役で監督の実の弟でもあるファルハーン・アクタル!


受賞歴
2015 Stardust Awards 助演男優賞(アニル・カプール)・助演女優賞(シェファーリー・シャー)・衣裳デザイン賞(アルジュン・バシーン)
2015 FOI Online Awards 特別賞(シェファーリー・シャー)
2016 BIG Star Entertainment Awards ロマンス演技人気男優賞(ランヴィール・シン)
2016 Filmfare Awards 助演男優賞(アニル・カプール)
2016 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 助演男優賞(アニル・カプール)
2016 Screen Awards アンサンブル配役賞・助演男優賞(アニル・カプール)
2016 Time of India Film Awards 助演男優賞(アニル・カプール)
2016 Indian Recording Arts Awards 音響デザイン賞(バイロン・フォンセカ)


「鼓動を高鳴らせ」を一言で斬る!
・ハグし合う文化と、触れ合わない文化が混在するインドの(上流)家族 or 人間関係。それもまた『本音と建前』の使い分けでしょうか…?

2022.10.15.

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*1 北西インド パンジャーブ州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 映画公開後、実際の娘ソーナムがわざわざ「父は家庭内ではカマルとは似ていなくてとても優しい」とツイートする騒ぎになったそうだけど。
*4 公表されてる実年齢では3歳差。顔が似ているかどうかはともかく、わりとなかよし姉弟なんだと分かる演技が美しか。
*5 別名クドゥラダックル、カウダヴァレなど。カルナータカ州南西部海岸の南カナラ地域から拡大したトゥル族グループ。マンガルールの先住民とされる。
*6 西インド グジャラート州の公用語。
*7 この映画で、グジャラート州映画賞の主演女優賞を獲得している!