インド映画夜話

理由なき愛2 (Dedh Ishqiya) 2014年 148分
主演 ナセールッディーン・シャー & マードゥリー・ディークシト=ネネ & アルシャード・ワールシー & フマー・クレーシー
監督/脚本 アビシェーク・チョウベイ
"お信じめさるな…あの方は嘘つきですよ"




 「昔、司祭が飼ってた雌オウムが下品な言葉を覚えてしまい…」
 今日も今日とて、コソ泥バッバン(本名ラザック・フセイン)はボスの不興を買い処刑される寸前。なんとか命乞いで助かろうとする彼は、先日ボスの命令で盗んだ最高級の首飾りを持ち逃げして行方をくらませた相棒の叔父カールー(本名イフテカール・フセイン)を見つけ出すことを誓ってその場をやり過ごすことに成功する。

 数日後。とある売春宿で、TVから聞こえてきたカールーの声に反応したバッバンは、相棒がマージダーバードの詩人コンテストに参加する詩人に扮していることを知る。
 マージダーバードは現在、ナワーブ(太守)亡き後その全財産を管理する寡婦ベーガム(高貴な女性への敬称)・パーラー・ミルザーダー主催の詩人コンテストを開催しており、その優勝者は彼女の夫となって新たなナワーブになる権利を与えられるという。莫大な財産以上にベーガム・パーラーとの思い出を刺激されたカールーは、その詩才を披露してベーガム・パーラーとその侍女ムニヤーに気に入られ、合流してきたバッバンに財産の山分けを約束するが、そこにはナワーブの地位を狙う地元議員ジャーン・ムハンマドの目が光っていた…。


ED Hamari Atariya ([たくさんのランプを燃やしているのに、蛾はこの露台にやってこない。ああ、愛する人よ] 我が露台に来ておくれ)


 2010年公開の大傑作「理由なき愛(Ishqiya)」の続編となる、ヒンディー語(*1)+ウルドゥー語(*2)映画。
 原題は、ヒンディー語で「情欲 1と1/2」の意。シリーズ第2作の本作が、なぜ「2」ではなく「1と1/2」なのかというのを考えていくと…?

 日本では、2017年にインド映画同好会にて「理由なき愛2」のタイトルで上映されている。

 いやあ…前作に負けず劣らずの傑作。
 重厚かつ退廃的なイスラーム世界に生きる人々を背景に、伝統のガザル詩、ムジュラー(*3)、ウルドゥーの響きを最大限発揮するスーフィー音楽の美しさ。王侯貴族や知識人たちの醸し出すイスラーム的美意識の中にあって、下世話な世俗性を露わにする主人公のコソ泥コンビや、人々の美意識の裏にひそむ様々な欲望の渦。地元政治家の暴力で人々を支配しようとする姿や、バッバンがカールーを見つけ出すきっかけとなる娼館のありようなどなどでも、最近のヒンディー語映画界ではほとんど出てこないイスラーム社会の上から下までの生活様式をこれでもかと詰め込む濃厚さ。北インドにおける、イスラーム文化の重厚さ・爛熟さを存分に見せつけられる感じ。

 そういった舞台背景にあって、物語は前作を踏襲する形で2人のうだつの上がらぬ凡人コソ泥コンビを主人公に、妖しい関係を匂わせる美女2人に翻弄される危うさを、時にコミカルに時に妖艶に、時に爽快に時には緊迫感を持って描いていく。その語り口の軽快さも、舞台の重厚さとのいい対比具合になっていて前作以上に見やすく楽しく面白い。
 前作の主役3人のような丁々発止による心情のすれ違い具合のハラハラ感は薄いものの、同じような登場人物全員が嘘をついている状況下で、前作のそれとはまた方向性の異なる、さまざまな人生上の感情の渦が見え隠れする「言葉にならない思い」「言葉で言ってしまえば陳腐になってしまう感情」のそれが、ユーモアたっぷりに乾いた笑いを引き起こす珍妙な推移をたどるんだから、まあ最後まで目が離せませんことよ。

 前作「理由なき愛」で監督デビューし、本作でも監督を歴任したアビシェーク・チョウベイは、1977年ウッタル・プラデーシュ州ファイザーバード生まれ。
 幼少期をジャールカンド州ジャムシェードプル、ビハール州パトナ、ジャールカンド州ラーンチーですごし、ニューデリーの大学で英文学を修了。卒業後、ムンバイのザビエル・コミュニケーション研究所の映画&TVプロダクションコースを受講し、ヴィシャール・バールドワージ監督作の02年のヒンディー語映画「Makdee(クモ)」で助監督兼脚本補助を担当して映画界入り。
 その後も、バールドワージ監督などのもとで助監督兼脚本家として活躍して、10年に「理由なき愛」で監督デビューし数々の映画賞に監督賞ノミネートする。13年の「Ek Thi Daayan(魔女伝説)」でクリエイティブ・プロデューサーデビューして、2作目の監督作となる本作以後も、監督兼脚本家兼プロデューサーとしてヒンディー語映画界で活躍中。3本目の監督作「フライング・パンジャーブ(Udta Punjab)」で、スターダスト・アワード脚本賞を獲得し、続く19年の監督作「Sonchiriya(金の鳥)」でフィルムフェア・アワード批評家選出作品賞も受賞している。

 主人公の1人カールーを演じるのは、1950年ウッタル・プラデーシュ州バラバンギ生まれのナセールッディーン・シャー。
 兄に、数々の勲章に輝く有名な軍人ザミール・ウッディーン・シャーがいる。
 アリーガルの大学で芸術を修了してデリーの国立演劇学校に進学。舞台演劇で活躍する中、67年のヒンディー語映画「Aman(平和を)」にノンクレジット出演後、75年の「Nishant(夜の終わり)」で正式に映画デビューする。79年の「Sparsh(接触)」でナショナル・フィルム・アワード主演男優賞を獲得して以後、数々の映画賞に輝き、87年にはパドマ・シュリー(*4)を授与される。以降、ヒンディー語映画界を中心に芸術系・娯楽系を問わず様々な言語界の映画に出演し続ける名優として活躍。03年には、パドマ・ブーシャン(*5)も与えられている。
 ニューデリーを始め、ムンバイ、バンガロール(別名ベンガルール)、ラホールなどで劇団を運営し、自身でも演出を担当。TVドラマでも活躍する中、06年には「Yun Hota To Kya Hota(もしも?)」で映画監督デビューもしている。
 82年の2度目の結婚で、女優ラトナ・パタックとの間に生まれたイマード・シャー(別名イマードゥッディーン・シャー)、ヴィヴァーン・シャーも映画俳優として活躍中。

 もう一方の主人公バッバンを演じるのは、1968年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれのアルシャード・ワールシー。
 14才の頃に親を亡くして孤児となり、17才で化粧品セールスマンから始めて写真ラボで働くようになる中、ダンスに興味を抱きアクバル・サミ・ダンスグループに参加。91年から数々のダンスコンテストで高順位をマークし、自身のダンススタジオ"Awesome"を結成してダンサー兼振付師として活躍する。
 89年のヒンディー語映画「Aag Se Khelenge」のダンサー出演で映画デビューとなり、その活躍から女優ジャヤー・バッチャンからのオファーを受けて96年の「Tere Mere Sapne(僕たちの夢)」で主役級デビューを飾る。以降、ダンサー兼男優として活躍を広げていく中、03年の「Munna Bhai M.B.B.S.(ムンナー兄貴と医療免許)」でZeeシャインのコメディ演技賞を獲得。その続編となる06年の「Lage Raho Munna Bhai(そのまま続けて、ムンナー兄貴)」で同じサーキット役を演じてIIFA(国際インド映画協会賞)の助演男優賞他数々の映画賞を受賞する。共演者からも、その演技力・ダンスパフォーマンス力は絶賛されている名優の1人となっていく。

 劇中の主な舞台マージダーバードは架空の場所っぽいけど(*6)、重厚なイスラーム様式を伝えるベーガム・パーラー邸ロケは、ウッタル・プラデーシュ州シータープル県マフムダーバードの宮殿で行われたそう。
 「踊り子(Umrao Jaan)」や「十四夜の月(Chaudhvin Ka Chand)」のような濃厚なイスラーム文化を映す映画の舞台であるラクノウにも近く、インドにおける中世文化の爛熟を経験した都市の濃密さがこれでもかと表現され、スクリーンのこちらまで匂ってくるかのような画面は、もうなんというか中毒性の高い美意識の塊でありますことよ。
 そんな中で巻き起こる、必要以上に親密な女主人と侍女の関係性、少年愛に溺れて妻を顧みなかったというナワーブの語られることのない死の真相の不穏さ、その女主人を狙う地元政治家の駆け引き、コソ泥カールーの意外な詩才と過去のベーガム・パーラーとの接点に見える人生の機微…。思うようにならない人生なるものに翻弄される人のありようと、そこに渦巻くそれぞれの感情の渦が、静かに、その裏の見えないところでは激しく渦巻く出会いと別れを繰り返す、聖と俗にまみれた泥臭い姿が、なんとも可笑しく、小狡く、賢しく、たくましい。ああ、もっとこの世界を見ていたーい!

 にしても、ヒンディーもウルドゥーも分からない身なので劇中で朗読される詩の良さが1/10も理解できない、我が身の残念さよ…そこを「綺麗な音の配置だなあ」くらいしか言えない自分が悲し。

挿入歌 Dil Ka Mizaaj Ishqiya (この心の激しき性が、恋に溺れる)


受賞歴
2014 Stardust Awards ブレイクスルー女優パフォーマンス賞(フマー・クレーシー)
2015 Producers Guild Film Awards 撮影賞(サティヤジット・パーンデー)・美術監督賞(スブラター・チャクラボルティ & アミット・レイ)・衣裳デザイン賞(パヤル・サルージャ)
2015 悪役女優賞(フマー・クレーシー)


「理由なき愛2」を一言で斬る!
・バッバンはじめギャング達は「イフテカール」と呼ぶけど、由緒正しいナワーブに嫁いだベーガム・パーラーの麗しい口からは「イフテハール」みたいな発音になるのね!(ヒンディーとウルドゥーの違い?)

2021.1.22.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 インド最北のラダック連邦直轄領とジャンムー・カシミール連邦直轄領の公用語の1つ。主にイスラーム教徒の間で使われる言語。
*3 ムガル時代の女性舞踏。まあ、無理やり入れてる感は漂うけれど…。
*4 インドが一般国民に贈与する第4等国家栄典。
*5 インドが一般国民に贈与する第3等国家栄典。
*6 検索すると、イラン各地に同名の地名があるみたいだけど。