インド映画夜話

女神 (Devi / 1960年ベンガル語版) 1960年 99分(93分とも)
主演 シャルミラー・タゴール & ショウミットロ・チャタルジー
監督/製作/脚本 サタジット・レイ
"母よ、女神ドゥルガーよ、栄光あれ"




 19世紀。ベンガルの片田舎ー
 代々カーリー女神を祀る敬虔なザミンダール(荘園主)コリキンカル・ローイは、妻を亡くしてから息子タラプラサードとその妻ハラスンダリ、その子供コーカの一家、もう一人の息子ウマプラサードとその妻ドヤモイー(通称ドヤ)夫婦を屋敷に同居させ、なにくれとなく世話を焼いてくれる16才のドヤモイーを「小さな母」と呼んで慕っていた。

 より良い仕事を見つけるため、ウマプラサードはカルカッタ(現 西ベンガル州都コルカタ)の大学に進学して良い就職先を探している。いつか妻との家を構えるために…「ねえドヤモイー。しばらくまた会えなくなるけど、毎日手紙を書くからね。君も返事を書いてくれるだろう? 何も書くことがなくても書いておくれ…」

 帰省していたウマプラサードが大学に戻った後のある夜、コリキンカルは夢の中で女神の三眼がドヤモイーの眼と重なるのを見て飛び起き「彼女こそ、女神カーリーの化身だ」とドヤモイーの前にひざまづく。その瞬間から、ドヤモイーは女神として屋敷周辺の人々から崇め奉られ恐れられ、屋敷の奥間に鎮座させられて、弟同然に世話をしていたコーカとも引き離されてしまうのだった。
 老いた父親が弟の妻を神格化して自分たちは見向きもしないと嘆き続けるままのタラプラサードをよそに、ハラスンダリは義父の眼のない所ではドヤモイーにはいつも通りに接していく。しかし、毎日続くバラモン僧の祈祷儀式に憔悴しきっているドヤモイーは、言葉少なに「夫に手紙を書いて…お願い…」と義姉ハラスンダリに窮状を訴えるしかない…。




 ベンガル人作家プロヴァト・クマール・ムコーパダーヤーイの短編小説(*1)を映画化した作品。サタジット・レイ監督の6作目となる監督作ベンガル語(*2)映画。

 世界各地の映画祭で上映され、1962年にはカンヌ国際映画祭でパルム・ドールにノミネート。日本では未公開ながら「女神」の邦題で知られている、らしい(*3)。
 のちの1996年に米国映画芸術科学アカデミー・アーカイブに保存登録。1997年には米国人オペラ歌手アレン・シェアラーが翻案オペラ「The Goddess」を発表している。

 ベンガル農村部のとある屋敷を舞台に、ベンガル語映画では本当によく出てくるカーリー女神像の姿を映しながら、その女神像そのものとされた少女ドヤモイー(*4)が抵抗する術もないまま村人たち共々癒すことのできない狂気の淵へと歩んで行く様をドキュメンタリー風に撮って行く1本。
 映画冒頭のカーリー・プージャー(女神カーリー祈祷祭)に集まる無数の人々を捉える画面の広がり、河原へと行列して行く人の列の広大さと大量の人の密度はしかし、その後の閉塞して行く屋敷と村の情景との対比であり、当初は広々としたお屋敷の開放感ある空間を捉えた画面も、生き神様の登場以降ドンドンと密閉空間化されていき、視界を遮る存在を通してドヤモイーをはじめとした人々を映す事により、狂気と呼ぶしかない戻ることのない異常事態の閉塞感が強調されていく。

 言葉少なに、夫や義父、義姉に従い受動的に物事を受け入れることを美徳とする主婦として訓練されたドヤモイーが、それでも生き生きと日常生活を過ごす映画冒頭の所作の1つ1つも美しい。彼女が大切にしている屋敷の1つ1つの物事を丁寧に追っていくゆっくりとしたカメラの動きの中で、甥っ子コーカや義父コリキンカルとの触れ合い、屋敷での数少ない人との交流をしっかりと受け止め楽しんでいる平穏な生活が、信心深いザミンダール屋敷故に成り立ってたものである姿も皮肉。

 そのドヤモイーの平穏で幸福に満ちた日常が、義父の「貴女こそ女神だった」の一言で覆り、家父長制と村一番の権力者ザミンダールという地位故に義父の暴走を止める人もいないまま、人間であることを認められずただただ祈祷対象として彫像のように1日中座っていることを強要されるドヤモイーの、抵抗することすら意識されない姿の哀れさが、もう…。
 その神様扱いで、すぐネパールのクマリのようだな…と思えたものの、劇中の女神様は、まさに彫像そのものの扱いで、神殿のように外に解放された広間の奥にてただただ座ったまま微動だにしないことを強要され、日中ずっとバラモン僧の祈祷を受け続けていくことばかりを要求される。動いていいのは、夜の就寝時と、女神の奇跡を懇願する信者の祈りに答える時だけと言う過酷さ。「小さき母よ、貴女はやはり女神だった」と語るコリキンカルの母性信仰めいた価値観が、父性によって支配されている農村部で絶対的な価値観として広まっていく皮肉もさることながら、敬われるべき神様そのものになってしまった人間の人間性全てが否定され、それまでの生活が根こそぎ奪われ、人々から恐れ敬われる中で全ての権利が剥ぎ取られていく人身御供のようになっていくその姿は、皮肉どころか悪夢めいたサイコな情景でありましょうか。
 「金枝篇」などでも言及される、古代的社会における豊穣をもたらす神=シャーマンに選ばれる人の「死んでまた蘇る」存在に対する尊宗が高まれば高まるほど、その人物の人間的権利や生物としての機能は否定されていく図式は、まさに極限的な皮肉を写すよう…。

 この異様事態を止める手立てがないまま、村の外に出ていた夫ウマプラサードが初めてコリキンカルに「こんなことはやめてくれ」と意見しながらも、コリキンカル側は頑なにそれを認めず、瀕死の子供を治療したと言うブッダやキリストの奇跡とも通じる「神である証拠」を突きつけて、ドヤモイーをさらなる女神像に仕立て上げていくことに喜びを見出す姿も哀れさを誘う。
 撮影中、実際に長時間動かないことを要求されていたシャルミラーが、不意に自分に頭を下げてお祈りしてきた老人がいたことを「奇妙で不気味な体験でした」と主人公の気持ちを理解できるようになったエピソードとして語っていたと言うけれど、映画内だけでなく、現場そのものでも観念と現実の混濁が生まれていたかもしれない映画なるものの魔術的効能の1面が現れてくるようでもある。

 そして、あのラスト。
 ついに神の屋敷であるはずのザミンダール邸で起きた悲劇にたいして、その誰もが受け止められないで打ちひしがれていく中、一人部外者になっていたウマプラサードがそれぞれの住民の絶望の様子を地獄めぐりのように見せつけられていく。最後の最後、泣きはらしたかのような乱れた化粧の「女神様」であるドヤモイーが、眼光鋭くもかすかな笑顔を浮かべつつ装身具をつけてくれとお願いするその姿。父のため、村のために村から逃げることを否定して女神であり続けることを決断した少女の、受け止めきれない絶望の果てに女神にもなれなくなった少女の凄まじい形相。大きな悲しみを越えた後の姿のまま、村人のいない屋敷を後にして、ついに霧の中へと走り去っていくドヤモイーは、かつて夫にカルカッタへ逃げようと請われた時は近づこうとしなかった霧の中へと消えていく…。古代的信仰の息づく村社会の中で、女神である自分を受け入れざるを得ないまま女神に成り代わっていくドヤモイーの、初めて見せる自発的行為はしかし、彼岸の彼方をイメージさせる不穏さで幕を閉じる。村の迷信や因習やベンガルの伝統を糾弾するでもなく、ただただ人の精神のあやふやさ、信仰のあやふやさ、老人の求める救いの、少女の見る夢幻的価値観の、世の中の幸不幸のあやふやさを体現するかのように。
 父性と母性と、人と神と、生と死と…より良き人生を願いながら、その人生を否定し続ける現実の悲しさを、強烈に見せつける静謐な映像詩は、今もなお巨大な衝撃を持って見ているこちら側を殴り続けてきますことよ。



ミーラー・ナーイル監督、【Devi】を語る(英語)




受賞歴
1960 National Film Awards ベンガル注目作品総裁銀賞


「女神」を一言で斬る!
・48歳と言う年齢で、老醜を晒すコリキンカル…ボケか? それはボケなのか??? 48歳で????????

2025.6.13.

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*1 そのアイディアの一部は、詩聖タゴールからもらったと冒頭クレジットに出てくる。
*2 北インドの西ベンガル州、トリプラ州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*3 イベント上映されている?。
*4 演じているシャルミラー・タゴールは、当時若干15歳!