インド映画夜話

Dia 2020年 136分
主演 クシー・ラヴィ & プルトゥヴィ・アンバール & ディークシト・シェッティ
監督/脚本 アショーカ・K・S
"人生は美しく……そして痛ましい"




 …神様、この悲しみを耐えて生きる力をお与えください。
 人生とは困難と苦痛の連続。私は、永遠の安息を願います…。
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 ベンガルールの大学に通う生物工学科3年生のディア・スワループはある日、工学修士課程1年生のローヒト・アルヴァに一目惚れしてしまい、その日からずっと彼を遠くから目で追う毎日。なんとか彼と知り合いになりたいと願うディアだったが、一言も口を聞けないままローヒトは就職のため退学してしまい、彼女の恋は終わりを告げた…。

 それから3年後のムンバイ。
 思いがけなくディアのアパートの向かいの部屋に、あのローヒトが引っ越してきた。彼は、大学時代のディアを覚えてくれていて、何かと共に過ごす時間が増えていく中、実はローヒトもディアに恋していた事を知らされ2人は正式に恋人同士になる。その日から幸せな毎日を過ごす2人だったが、あるデートの帰り、突如飲酒運転の車に追突されて2人とも意識不明の重体に!!
 病院で意識を取り戻したディアだったが、そこに待っていたのは「ローヒトは亡くなった」と言う父の友人からの言葉だった…。


プロモ映像 Soul of Dia


 タイトルは、主人公の名前。その語義は「灯」「光明」の意とか。
 2013年の「6-5=2」で監督デビューしたK・S・アショーカ2本目の監督作にして、コロナ禍の中で大ヒットしたカンナダ語(*1)映画の傑作。

 2021年には、テルグ語(*2)リメイク作「Dear Megha(愛するメガーへ)」が、2022年にはヒンディー語(*3)リメイク作「Dear Dia(愛するディアへ)」、2023年にはマラーティー語(*4)リメイク作「Sari」も公開されている。

 いやー…そう来るか、と言う衝撃作だった…。
 冒頭、線路に座り込んで自殺を図ろうとする主人公、と言う絵面で不穏さな始まりをするものの、物語前半は引っ込み思案な主人公ディアの不器用で奥ゆかしい恋愛模様を繊細に、丁寧に、爽やかに描いていく。
 カット割り、カメラアングル、演技、音楽、のんびりした語り口がスタイリッシュであり、微笑ましい恋愛模様の微妙な機微、自問自答を延々と繰り返す奥手な恋人たちの妄想と現実のギャップの落差を楽しげに表現して行く美しさ。大学編の一人相撲なディアの恋愛劇だけでも、その空回り具合が側で見ていて楽しい楽しい。ローヒトとの恋愛模様の発展を夢想するディアとか、社会人になって突然隣に引っ越してきたローヒトの前で平静を装うディアとか、カットのつなぎ方にも遊びがふんだんにあって飽きる隙もない。美しい青春劇をこれでもかと堪能できますわ。

 そうした映画の屋台骨を支える主人公ディアを演じているのは、1993年カルナータカ州都バンガロール(現ベンガルール)生まれのクシー・ラヴィ(生誕名スシュミタ・ラヴィ)。
 2016年のカンナダ語映画「The Great Story of Sodabuddi(ソダブッディの偉大な物語)」あたりから映画デビューして女優活動を開始。MVや短編映画出演を挟んで、本作で主演デビューしてSIIMA国際南インド映画賞の批評家選出カンナダ語映画主演女優賞他を獲得して、一躍人気女優に。以降もカンナダ語映画界で活躍する中、2023年の「Pindam(胎児)」でテルグ語映画に主演デビューしている。

 前半のディアのお相手となるローヒトを演じているのは、1995年カルナータカ州ウドゥピ県クンダプラ生まれのディークシト・シェッティ。
 2016年のカンナダ語TVドラマ「Preethi Endarenu」「Saakshi」から男優活動を開始。同年放送開始の主演ドラマ「Naagini(雌蛇)」で注目を集め、共演のディーピカ・ダスとともに出場したダンス・コンテスト番組「Dance Karnataka Dance(ダンス・カルナータカ・ダンス)」で優勝している。
 2020年の短編映画「Oh Fish」を挟んで、同年公開の本作で長編映画デビューしてSIIMA国際南インド映画賞のカンナダ語映画助演男優賞ノミネート。翌2021年には「Mugguru Monagallu(勇敢なる3人の男)」「The Rose Villa」の2本でテルグ語映画デビューもして、2023年のテルグ語映画「Dasara(ダサーラー祭)」でSIIMAテルグ語映画助演男優賞を獲得。以降、カンナダ語映画を中心にテルグ語映画・TV界でも活躍中。

 映画中盤以降ディアの相手役になるアディを演じたのは、1988年カルナータカ州ウドゥピ県都ウドゥピ生まれのプルトゥヴィ・アンバール。
 マンガロール(現マンガルール)のラジオ局で、"RJ ナガラージ"の芸名でラジオパーソナリティとして活躍。短編映画の監督・出演もこなしていたと言う。
 2008年のカンナダ語TVドラマ「Radha Kalyana」に出演して本格的に男優活動を開始。2014年のトゥル語(*5)映画「Barke」に"ナガラージ・アンバール"名義で出演して、長編映画デビュー。2017年のカンナダ語映画「Karvva(カルヴァ)」のノンクレジット出演を挟んで、同年公開作「Raajaru」でカンナダ語長編映画にクレジットデビューする。以降、トゥル語、カンナダ語映画界を中心に活躍中。
 2020年の本作で、SIIMA国際南インド映画賞のカンナダ語映画新人男優賞他を獲得。そのヒンディー語リメイクとなる2022年の「Dear Dia」、2023年のマラーティー語映画リメイク作「Sari」でも同じアディ役を演じて両言語映画界にデビュー。その他、2024年の「Mazhai Pidikkatha Manithan(その男、雨を憎む)」でタミル語映画にもデビューしている。

 期待の若手新人俳優で固めた繊細恋愛劇を美しく描けば描くほど、その後に用意された衝撃的な不幸からくる悲恋のインパクトは段階ごとに大きくなり、ローヒトの死後に生きる希望をなくしたディアのカウンセリング役になるアディとの交流が、彼女をより良い方向へ再生させていくのを見るにつけ「今度は大丈夫、だよね…?」と言う不安がつきまとう。
 なんとか社会復帰できるようになったディアが「ムンバイに帰る」と言い出してからの、ディアとアディのムンバイへの別れの旅路も1つ1つがロマンチックでありながら、生きる希望を確かめる現代人の孤独を噛みしめる旅路のようでもあり、それで別れてもくっついても美しい人生賛歌の恋愛劇になるよなあ……とか思って安心しきったところに被せられる、衝撃のどんでん返し! そのどんでん返しを上回るさらなる衝撃展開をたたみ掛けることで、よりディアとそれを取り巻く人々の孤独感は強調され、人生の寂漠感だけが残される。インド映画の南北を問わず、こう言った無私の愛情の究極化された悲劇が時々立ち上がってくるのは、ほんと不意打ちであればあるほど凄まじい衝撃を与えてきてくれますわ。
 繰り返される、夢の中の告白、すれ違いあう握手、画面が切り替わった瞬間の情景で説明される人の隠された感情の渦…リフレイン効果も十分に、映像で語る人と人の触れ合いが美しければ美しいほど、人生の儚さと悲しさを前提としたほろ苦い人生観の一瞬の眩しさが、計り知れない重さで迫ってきますことよ。

 ま、それにしてもあんな見通しのいい線路上で電車にひかれるのを待ってたとしても、電車の方が先に止まっちゃう気もしないではない、よなあ…。




受賞歴
2020 Bangalore Internaitonal Film Festival 人気作品賞
2021 Chandanavana Film Critics Academy Awards 作品賞・台本賞(K・S・アショーカ)・主演女優賞(クシー・ラヴィ)・BGM賞(B・アジャネーシュ・ロクナート)・女性歌手賞(チンマイー / Soul of Dia)
2021 SIIMA (South Indian International Movie Awards) カンナダ語映画男優デビュー賞(プルトゥヴィ・アンバール)・カンナダ語映画音楽監督賞(B・アジャネーシュ・ロクナート)・カンナダ語映画作詞賞(ダーナンジャイ・ランジャン / Soul of Dia)・カンナダ語映画撮影賞(ヴィシャール・ヴィッタル & ソウラブ・ワグメア)・カンナダ語映画批評家選出主演女優賞(クシー・ラヴィ)


「Dia」を一言で斬る!
・上手な似顔絵描いて大学内で人気者になれるんなら、ワタスだってどんどん描いちゃうよー(イケメンだからですよねそーですよね。わかってますよええ…ケッ)。

2025.5.16.

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*1 南インド カルナータカ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*4 西インド マハーラーシュトラ州、連邦直轄領ダードラー・ナガル・ハーヴェリーおよびダマン・ディーウの公用語。
*5 南インドのカルナータカ州南部〜ケーララ州北部のトゥル・ナドゥ地域から広がる、トゥルヴァ人またはトゥル人の言語。南部ドラヴィダ語派の1つ。
*6 屋内で靴を脱ぐのか脱がないのか等。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?