インド映画夜話

運命の糸 (Dor) 2006年 147分
主演 グル・パナーグ & アイーシャ・タキア & シュレーヤス・タルパデー
監督/脚本 ナゲーシュ・ククヌール
"夫を殺された妻と夫を救いたい妻。運命の糸が、二人をつなぐ…"







 ヒマラヤの麓、ヒマーチャル・プラデーシュ州の山間部に住むムスリムのズィーナトは、近所に住むアーミルと結婚した。
 しかし、ほどなく出稼ぎのためにサウジアラビアへ旅立ったアーミルが、殺人容疑で死刑宣告されたと知らされる!

 アーミルに殺されたとされる彼のルームメイトのシャンカルは、同じ出稼ぎインド人。ラジャスターン州の、砂漠の中に立つ屋敷に住む家族の借金返済のために、サウジに来ていたのだった。シャンカルが死んだと知らされた一家の悲しみは大きく、借金返済のめども立たなくなり、特に新妻のミーラーは若くして、忌むべき存在である未亡人となって、残りの人生を歩まねばならなくなってしまう…。

 アーミルの無実を信じるズィーナトは、死刑を宣告された夫を救う唯一の方法……サウジの法律に照らせば「被害者の妻が犯人を許せば告訴は免れる」……を実行しようと、シャンカルの妻を捜し出そうとする。手がかりは、夫の荷物から見つけたシャンカルと夫が写った1枚の写真だけ…。

 ズィーナトの旅の途中に出会ったベヘルービヤーは、最初は「役者なんだ」と語って彼女に近づき、彼女の荷物を盗んで逃げてしまうが、その後彼女の身の上を知ると、一緒にシャンカルの妻を捜し出そうと言い出す。
 得意の変装を使い、あの手この手で写真から場所を特定しようとするベヘルービヤーは、ついにシャンカルの故郷がジョードプルにある屋敷であると突き止める。

 一度はシャンカルの家族から追い返されたズィーナトだったが、シャンカルの妻ミーラーが近所の寺院に参拝しにきていると言う話から、寺院で彼女を待ち、まずは親交を深めようとする。そうしてズィーナトは、保守的なヒンドゥー社会の中で苦しめられる、寡婦ミーラーの現状を知ってしまう…。


挿入歌 Imaan KaAsar ([これは友情? それとも]完全な共感)



 原題の意味は「糸」または「紐」。操り人形とか、運命の糸とかを含んだタイトル…みたい。邦題は、東京国際映画祭で上映された時のタイトル。

 非常に美しく静謐な映画。未亡人問題をテーマにした、娯楽と芸術の中間に位置する映画で、2004年にマラヤーラム語(南インド ケーララ州の公用語)映画でヒットした「Perumazhakkalam」のリメイク作品。
 邦画に通じる静かな演出方法が美しい。

 ヒンドゥー社会における未亡人とは、「死」を連想させる不吉な存在。
 たいていは、装身具や結婚の証し一切をはずし、ずっと喪服のままで生活するよう仕向けられる。地方によっては食事や外出の自由も制限され、人と顔をあわすどころか会話までも疎まれる存在になるそうな(*1)。

 劇中でも、寡婦となったミーラーが装身具を抜き取られ、お菓子を食べることを禁止され、買い物と寺院への参拝以外では外出できず、笑顔を人に見せることも制限され、周囲の人々も極力その姿(主に顔)を見ないように過ごしているシーンが出て来る。
 そんなミーラーに、もう一人の主人公ズィーナトが関わって行くことで、ミーラーの中の価値観が変化して行く様が描かれて行くわけだけど…。

 ズィーナトに地元を案内すると言う名目で、久しぶりに台詞全部を暗記している映画を見に行ったり、ラジャスターンの砂漠で誰に見とがめられる心配もなく踊るミーラーの姿は、美しくもあり哀しくもある(でもここのシーン大好き! とくに撮影がスンバラしい!)。
 ラストのミーラーの解放感は、それまでためて来たストレスの映像的解放でもあるしハッピーエンドであるものの、それこそ現実にはあり得ない夢の風景をつけた映画の中だけに成立する幸福感の表現…かもしれない。

 主役をはるズィーナト役のグル・パナーグと、ミーラー役のアイーシャ・タキアは、どちらもスンバラしい!

 グル・パナーグは、1999年度ミス・ユニバースのインド代表。
 この映画では、ヒマラヤ山麓の緑深い山間部で暮らすムスリムの女性を好演。終止、きびしい顔をして能動的に自分の未来を切り開こうとする"動"の主人公。
 対してアイーシャ・タキアは、ボリウッドヒロインの常連女優(イギリスとのクォーターだそうな)。今回はほぼノーメイク(風?)の、朴訥とした悲劇の少女役をめいっぱい好演。ラジャスターンの、砂に浸食されて行く砂漠の暮らしの中で、受動的に周りに気を使って動く"静"側の主人公。

 ズィーナトとミーラーは、生活環境・行動理念・加害者と被害者の妻と、それぞれにハッキリした対立構造を組み上げて構成されている。映像的にも、2人の故郷の風景は、対極ながらどちらも大陸的な雄大さを見せる画面となっていて美しい。

 それにしても、山の暮らしと砂漠の暮らし双方で、色々と不思議な生活様式が出てきたのは面白かった。
 レンタル携帯屋さんとか「へぇぇぇ〜。そんなんあるのか」だし、ズィーナトの結婚の時に夫婦で赤い布にくるまって足元の鏡見てたのとかは、なんの意味があるんだろ?

 コミックリリーフ的に登場したズィーナトの相棒ベヘルービヤーを演じるのは、後に「Om Shanti Om」でシャールクの相棒役を演じて、Filmfare助演男優賞に輝くシュレーヤス・タルパデー。
 コロコロ変わる表情に、次々と変装しては周りを引っ掻き回す小粋な役所を熱演。友達にしたいボリ役者ナンバー1だぜ!
 ズィーナトとミーラーの女性問題がクローズアップされ、事の発端の殺人事件自体の真相解明とかがほっぽっとかれる中で、男優で唯一の見せ場をこれでもかと大アピールして映画に華(?)を添える。

 そういやズィーナトの夫の名前がアーミル・カーン(「ラガーン」で有名なボリウッドを代表する役者の名前!)だそうだけど、そうするとミーラーの夫のシャンカルはタミル映画の巨匠のS・シャンカル? ミーラーはナーイル監督からとかって事はないよね?

 どーでもいいけど、レビューを見ようと検索する時、つい「Dor」と「Don」を間違えてしまうのはなんとかならんかなぁ、私…。


Yeh Honsla (絶望するなんてできない)

*ズィーナトが道を切り開いて動き出した時、ミーラーは悲しみの中で全ての生の喜びを奪われて行く…。

2010.8.5.


受賞歴
2007 Zee Cine Award 批評家選出主演女優賞(グル&アイーシャ)
2007 Stardust Award 助演女優賞(アイーシャ・タキア)・新人パフォーマンス賞(グル・パナーグ)
2007 Star Screen Award コメディ演技賞(シュレーヤス・タルパデー)・批評家選出女優賞(アイーシャ・タキア)



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*1 ようは、不吉であるから人知れずさっさと死んでくれ…と言うことなんだろうね…。