インド映画夜話

Drishyam 2013年 164分
主演 モーハンラール & ミーナ & アーシャ・シャラト
監督/脚本 ジートゥ・ジョセフ
"見えているものには…騙されるものだ"




 ケーララ州エルナクラムから新築したばかりのラージャカドゥ警察署に赴任してきた警官アントニーは、署内に無実の罪で訴えられたと言う男ジョルジクッティがいるのを目撃する。「無実? あの男が? 真実がどうなのかご存知ですか? 本当のことを知れば人はショックを受けるものですよ…」
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 ジョルジクッティ。小学4年生中退の元孤児ながら、今はラージャカドゥ村の小さなケーブルTV局ラーニー・ヴィジョンの経営者。妻と2人の娘の幸せな家庭を持ち、日がな1日自局放送のドラマや映画を見続けては、そこで仕込んだ法律知識その他を使って村人たちの苦境を助けている人物で、そのためにサハデーヴァン警部に睨まれていた。

 その日、キャンプ合宿から帰ってきた上の娘アンジューは、自分の入浴動画を突きつけてきた合宿参加者の盗撮魔ヴァルン・プラバーカルから「ネットに上げられたくなければ、夜11時に1人で裏の物置に来い」と脅される。これを知った母親ラーニーは娘と2人でヴァルンの説得にかかるも、彼は受け入れない。ついにラーニーに襲いかかろうとしたヴァルンをアンジューは…!!
 雨の上がった翌朝、会社から帰ってきたジョルジュクッティは、恐怖に震える家族に迎えられ、昨晩の衝撃的事件を聞かされると…!!




 ジートゥ・ジョセフの5本目の監督作となる、大ヒット・マラヤーラム語(*1)映画の傑作。
 150日を超えるロングランを達成し、史上最高売上を記録するマラヤーラム語映画となった(*2)。
 一部から、日本の小説「容疑者Xの献身」との類似性が指摘されているものの、監督はこれを否定している。その他、性犯罪を助長させると抗議する団体や、実際に本作を見て殺人事件の証拠隠蔽のアイディアをもらったと供述した犯人がいたとして議論を呼んでいたそう。

 公開の翌年に当たる14年には、テルグ語(*3)リメイク作「Drushyam(ビジョン)」、カンナダ語(*4)リメイク作「Drishya(ビジョン)」が、15年にはタミル語(*5)リメイク作「Papanasam(殺人罪)」、ヒンディー語(*6)リメイク作「ビジョン(Drishyam)」が公開。さらに17年にはスリランカ映画リメイク作「Dharmayuddhaya(正義の戦い)」、19年には中国映画リメイク作「共謀家族(誤殺)」も公開している。
 日本では、2014年にCELLULOID Japanによる英語字幕版自主上映が、埼玉県にて行われた。

 見終わってみると、先に見たヒンディーリメイク版とほとんど同じ映画で「へえ、ヒンディー版はほぼ脚色なしで、しっかりオリジナル版そのまま生かそうとしてたのね」って感じ。
 大きな変更点は、舞台がケーララの村からゴアの村になってること、主人公一家がキリスト教徒だったのがヒンドゥー教徒に変わってる点くらいか。もちろんキャスト・撮影地の違いからくる細々とした変更はあるけども。
 改めて見てると、前半の牧歌的日常家族劇ののんびりさはかなり効果的に後半との対比になっているし、そこで語られて行く日常会話の数々がさりげなく後半の展開を予兆させる伏線になってるのもニクい。他の映画にも見えるこの辺の構成の緻密さは、何度も見ることを前提とした、映画として贅沢な作りですことよ。

 なんと言っても、リメイク作にも反映される「殺人を犯した家族」と「事件を明るみに出したい犠牲者側家族」というあらゆる意味で対局の家族の対比を、一方は父親側の視点で、もう一方は母親側の視点でぶつけていく部分がスンバラしく映画的。
 その上で、ラストに行けば行くほど高まるどんでん返しの数々が実に爽快。関係者の証言を一定方向へ誘導し、相手の思惑をなんとかして覆そうとする父親・母親の家族を思うが故の狂気にも似た執着が、サスペンスを盛り上げる要素として機能しながら、人間というもの・家族というものの姿を浮かび上がらせる秀逸さ。伏線の回収も見事だし、その語口の軽妙さ・緻密さの美しさは、そりゃあ最大ヒットを飛ばして数々のリメイクが作られるだけはありますわ。

 監督を務めるジートゥ・ジョセフは、1972年ケーララ州エルナクラム県ムトラプラム村生まれ。
 大学で経済学の学位を取得後、ジャヤラージ監督のもとで助監督として働き出してマラヤーラム語映画界入り。自作のプロットを元に、母親の協力もあって07年の「Detective(ディテクティブ)」で監督&脚本&原案デビューする。5本目の監督作となる本作で、ケーララ州映画賞の人気作品賞をはじめ数々の映画賞を獲得し、一躍ヒットメーカーに名を連ねる。本作のタミル語リメイク作「Papanasam」も監督してタミル語映画監督デビューもしている。
 以降、マラヤーラム語映画界で活躍する中、15年の監督作「Life of Josutty(ジョスティの人生)」他でカメオ出演していたり、脚本を手がけた17年の「Lakshyam(標的)」でプロデューサーデビューしていたりもする。

 「ムトゥ(Muthu)」で日本でも有名になっているラーニー役のミーナ(・ドゥライラージ *7)は、1976年タミル・ナードゥ州チェンナイ生まれ。
 子役として78年の「Thamburatti」、82年の「Nenjangal(心)」などからタミル語・テルグ語・マラヤーラム語映画で活躍。その後、90年のテルグ語映画「Navayugam(新時代)」で主演デビュー。翌91年には「En Rasavin Manasile」でタミル語映画主演デビューとなり、同年の「Sandhwanam」でマラヤーラム語映画にも主演デビュー。テルグ語映画「Seetharamayya Gari Manavaralu(シータラマイアーの孫娘)」でナンディ主演女優賞を獲得する。92年には「Parda Hai Parda(これはヴェール)」でヒンディー語映画デビューし、95年には「Putnanja」でカンナダ語映画デビュー。その後も、タミル語映画界・テルグ語映画界を中心に数々の映画賞を受賞するトップスターとして活躍中。
 09年にソフトウェアエンジニアのヴィディヤサーガルと結婚。2人の間に生まれたナイニカー・ヴィディヤサーガルは、16年公開作「テリ(Theri)」で子役出演デビューしている。

 主人公に対抗する、殺人事件被害者の母でもある捜査担当のギータ・プラバーカル警視を演じるのは、1975年ケーララ州エルナクラム県パーランバヴォー生まれのアーシャ・シャラト(*8)。父親は古典舞踊学校の経営者で、母親は高名な古典舞踊家兼舞踏学校(*9)マネージャー。
 3才から、母カラマンダラム・スマティに習って古典舞踊を習得。95年の結婚を機にドバイに移住して、ラジオ・アジアFMに入社。DJ兼プログラムディレクターとして働き出す。
 03年に念願の舞踏研究所カイラリー・カラケンドラムを設立してインドに活動拠点を戻すと、古典舞踏家として数々の賞を獲得する中、TV映画やTVドラマに出演して女優業を開始。12年のマラヤーラム語映画「Friday」で劇場映画デビューとなり、本作で数々の助演女優賞を獲得する。本作のカンナダ語リメイク作「Drishya」で同じ役を、同じく本作のタミル語リメイク作「Papanasam」でも同じ役を演じて、それぞれの映画界にデビューしている。15年には、タミル語映画「Thoongaa Vanam(眠らぬ密林)」の同時制作テルグ語版「Cheekati Rajyam(暗い王国)」でテルグ語映画にもデビューする。
 以降、マラヤーラム語映画で活躍しつつ舞踏家としても大活躍中。

 アーシャ・シャラト演じる有能警察で強き母ギータに対して、優しき母を前面に出す主人公の妻ラーニーを演じる大女優ミーナも貫禄。ギータほどの見せ場はないものの、無力ながら娘を守り、夫を助けようと奔走する母親役を自然な熱演具合が印象的。このラーニーを通して語られる夫婦間・母娘間の結びつきが、後半の警察からの拷問レベルの取り調べて本当に効果的に演出されるんだからスンバラし。
 まあ、相変わらず肌の黒い人を悪役にするなあ…、インドの警察ってほんと怖いなあ…って所は引っかかる所ではあるけれど。

挿入歌 Maarivil (虹が [傘をさえぎるだろう])


受賞歴
2013 Kerala State Film Awards 人気作品賞・批評家選出特別賞
2013 Filmfare Awards South マラヤーラム語映画作品賞・マラヤーラム語映画助演女優賞(アーシャ・シャラト)
2013 Asianet Film Awards 作品賞・ミレニアム男優賞(モーハンラール)・助演男優賞(シディッキー)・助演女優賞(アーシャ・シャラト)・主演女優賞(ミーナ)・悪役賞(カラバーヴァン・シャジョン)
2013 Kerala Film Critics Association Awards 作品賞・監督賞・主演男優賞(モーハンラール)・振付賞(サブー・ラーム)・男性プレイバックシンガー賞(ナジム・アルシャード)
2014 South Indian International Movie Awards 作品賞・監督賞・悪役賞(カラバーヴァン・シャジョン)
2014 Asiavision Awards 人気作品賞・助演男優賞(シディッキー)・助演女優賞(アーシャ・シャラト)
2014 Vabutha Film Awards 作品賞・監督賞
Amrita Film Awards 作品賞・監督賞・主演男優賞(モーハンラール)・プロデューサー賞(アントニー・ぺルンバヴォール)・助演女優賞(アーシャ・シャラト)・男性プレイバックシンガー賞(ナジム・アルシャード)
Vayalar Film Awards 台本賞・主演女優賞(ミーナ)・撮影賞(スジート・ヴァッスデーヴ)


「Drishyam」を一言で斬る!
・主人公の経営するケーブルTVで流してる映画、「Thalaivaa(タライヴァー)」だけはすぐわかった!

2020.2.23.
2021.6.16.追記

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*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 後の16年に、同じモーハンラール主演作「Pulimurugan(虎ムルガン)」に抜かれてしまうけれど。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 南インド カルナータカ州の公用語。
*5 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*7 "ドゥライラージ"は父称名。
*8 シャラトは結婚後の姓。
*9 夫のとは別の学校のよう。