インド映画夜話

Ethir Neechal 1968年 165分
主演 ナゲーシュ & ジャヤンティ
監督/脚本/原作戯曲 K・バラチャンデル
"狂ってるのは誰さ! 彼女か? あんたたちか!?"


挿入歌 Ennamma Ponnamma (おお、ご婦人よ、ポンナマがやって来ましたよ)

*マードゥのよき助言者ナーイル氏の用意した舞台に急に出演することになったマードゥが、ノリでダンサーと踊るうちにダンサーの女性にパールーの幻影を重ねて行くの図。


 チェンナイのある集合住宅にて、階段下に犬と共に暮らす孤児マードゥがいた。
 彼は、住人たちの小間使いとして働くことで生活費を工面し、皆から食事を提供されて大学へ通っている。しかし、あまりに皆が便利に彼を使いすぎるので、この頃は大学に行く時間もままならない…。

 ある日、バンガロール(別名ベンガルール)から美女パールーがくだんの集合住宅に住む親元へ引っ越してきて住人たちは興味津々。パールーの両親はさっそく娘の結婚相手探しを始め、同じ住宅内に住む大学生クマレサンとの見合い結婚を成立させようとするが、その婚約式の席上で住人のパットゥとキットゥ夫婦が「あの娘を、バンガロールの精神病院で見た気がする」と言い出した事から大騒ぎになり、婚約は破断。以降、住人たちが「あの娘は精神病」と揶揄し、これにパールーが激昂し反撃する日々が続いて行く。そんなある晩、マードゥはパールーの気難し屋の母親が「この際、娘を"階段下のマードゥ"と結婚させてしまえばいい。あいつは貧乏だけど頭が良いし、きっと持参金も払わなくていいわ」と言ってるのを聞いてしまう…。
 同じ頃、住宅内の各部屋から、住人の持ち物が盗まれる事件が多発していて…!!



主な登場人物 ()は役者名
マードゥ (ナゲーシュ) 主人公。エントランスの階段下に居候する孤児。
カーヴェリー パールーの母親。気難し屋。
パールー (ジャヤンティ) バンガロールからやって来た少女。怒ると調理器具をブチまけて暴れ出す。
ダルナリンガム パールーの父親。 
バララーマ カーヴェリーの弟。パールーを舞台となる集合住宅に送ってくる。チェンナイよりマイソールやバンガロールの方が好き。
アッタン バララーマの部下?
パットゥ・マミ (ソウカル・ジャーナキ) 主婦。噂話好きのおしゃべり。やたらと映画ネタの話題が多い。
キットゥ (スリカーント) パットゥ・マミの夫兼口論相手。
ラーマサミー 会話上のみ登場。パットゥとキットゥ夫婦の親戚。バンガロールの精神病院に入院している。
アラメルー 主婦。食材の買い出しをマードゥに任せている。
サバパティ (メイジャー・スンダラージャン) アラメルーの夫。厳しくも、マードゥの良き理解者。
ゴーピナート 大学生。アラメルーとサバパティの息子。
ナーイル (R・ムトゥラマン) 上階の住人。他の住人から一目置かれ恐れられているケーララ人。マードゥの良き理解者。劇作家?
レーヌー (マノラマ) 上階の主婦。雑誌の連載小説のファン。
アーディケサヴァン 新聞マニアと称される、レーヌーの夫。
クマレサン (M・R・R・ヴァス) レーヌーの弟(?)の大学生。パールーの最初の婚約者。
老人 喘息の発作に苦しむ住民。劇中、せきの発作は聞こえるものの、一度もその姿を現さない。
ヴァディヴェル 大学生。
パシュパティ教授 マードゥの恩師。
マイティリー 会話上のみ登場。パシュパティ教授の娘。


挿入歌 Aduthathu Ambujatha Parthela (隣のアンブジャムの家を見たことある? [彼女の旦那がどんだけおしゃべりかって])

*夫キットゥのボーナスを嗅ぎつけたパットゥ・マミが、隣家をダシにして夫の収入を家計に入れ込もうとするの図。それに対してキットゥは…なんだかんだ口喧嘩してても、仲良し夫婦ですわ。
 劇中最初のミュージカルが、映画ネタの話題の多い映画マニアのパットゥ・マミの歌から始まるのも中々にシャレた構成。


 K・バラチャンデル監督8作目となる、タミル語(*1)映画。元々K・バラチャンデル原作の戯曲を脚色したもの。

 のちの1970年には、テルグ語(*2)リメイク作「Sambarala Rambabu」が、71年にはヒンディー語(*3)リメイク作「Lakhon Mein Ek」も公開された。
 2013年の同名タミル語映画とは別物…らしい。

 ほとんどの場面が、多数の住人が行き交う集合住宅内のエントランスホールで展開する舞台演劇的な構成の映画で、複数の家族が次々と主人公マードゥに早口で語りかけ、その利己性やドタバタな笑いをカメラの向こうのお客側へこれでもかとアピールしていく、話芸コメディ色の強い人情劇。

 冒頭、登場人物紹介よろしく次々と住人がマードゥに語りかけてくる群集劇で始まり、その住人たちのすれ違いがそれぞれにマードゥを窮地に立たせて人生の破滅に追いやり、理解者や助力者の登場で事態が収束するや、それまでマードゥを攻めて立てていた他の住人たちもあっさり手のひらを返して主人公をほめそやす展開がスピーディーに続いて行く。
 わりと1つ1つの問題解決までが短いので、そのサクサクとした展開と住人たちの早口タミル語のテンポが軽快に共鳴していくお話が続いていくけれど、その人生の蹉跌的窮地のショック度が次第に大きくなっていって、どんでん返しもあいまってラスト近くは集合住宅内の家族ドラマと思えない壮大さを見せつけていく。
 まあ、似たような展開が続いていくなあとか、登場人物が多いために誰と誰が家族同士なのかを確かめるのが大変ってのはあるけれど、字幕に頼らないでタミル語が分かっていればもっと楽しい言葉遊びもふんだんにあるんだろうなあ…とは思えてくる自分の語学力(&タミル語映画体験)のなさがくやし。
 とはいえ、エントランスホールでほとんどのお話が展開するにも関わらず、絵面的には飽きる暇もない画面構成と役者たちの愛嬌たっぷりの芝居に目が離せなくなるんだからスンバラし。

 本作の監督を務める名匠K・バラチャンデル(生誕名カイラサム・バラチャンデル)は、1930年英領インド マドラス管区ナニラム(*4)のタミル・ブラーミン家系生まれ。
 幼い頃から映画や演劇に触れてその活動に参加しつつ、動物学を修了して教員として働き出す。のちにマドラス(現チェンナイ)の会計事務所に転職した頃、アマチュア劇団で脚本家として頭角を現し、タミル語映画界で活躍する役者のためのタミル語戯曲を多数発表。知り合いの男優M・G・ラーマチャンドランの依頼で1964年のタミル語映画「Dheiva Thaai(素晴らしき母)」の台本制作に参加して映画界入りする。
 当初は映画用の台本制作には消極的だったそうだけども、自身の脚本作が好評を得ていく中、自身の劇団員とともに作り上げた65年の「Neerkumizhi(水泡)」で映画監督デビュー。68年の「Bhale Kodallu(よくやった、義娘よ!)」でテルグ語映画監督デビューとなり、同年の監督作「Thamarai Nenjam(蓮の心)」でタミル・ナードゥ州映画賞の作品銅賞を、さらに本作と合わせて台本賞も獲得。以降、タミル語映画を中心に脚本家兼映画監督として大活躍し、多数の映画賞を受賞していく。その独創的な作風で多くの評判を勝ち取り、カマル・ハーサンやラジニカーントをはじめとした南インドの有名映画人を多数育成していった他、女性主人公や複数の登場人物による社会派テーマ映画の傑作を次々に発表していった。
 77年には「Aaina(鏡)」でヒンディー語映画監督デビュー。78年には監督作「Thappu Thalangal(間違ったメモ)」の同時制作カンナダ語(*5)版「Thappida Thala(間違ったメモ)」でカンナダ語映画監督デビューとなった他、80年代後半からはTVドラマでも活躍。
 2014年末、外科手術後の経過入院中に尿路感染症と加齢性疾患の合併症により物故。享年84歳。

 主人公マードゥを演じるのは、1931年(または1933年とも)英領インド マドラス管区ダラプラン(*6)生まれのナゲーシュ(生誕名チェユル・クリシュナ・ナゲーシュワラン)。
 両親は、カンナダ系のマドゥーワ・ブラーミン(*7)家系の出。
 早くからマドラスに仕事を探しに移住して鉄道員として働く中、脚本家ヴァーリや映画監督スリダルとルームメイトとなる。会社の文化協会指示の胃腸薬CMに抜擢されたことでその演技力を認められ、劇団や映画で端役男優として活躍。
 61年のタミル語映画「Thayilla Pillai(母なし子)」あたりから注目を集め始め、64年のK・バラチャンデル脚本による「Server Sundaram(給仕人スンダラム)」で主演デビューし一気にスターダムへ。自身の人生を反映させた役作りで喜劇俳優としての地位を確立させ、67年には「Farz(義務)」でヒンディー語映画デビュー、73年には「Manchi Vallaki Manchivadu」でテルグ語映画デビューもしている。
 2009年、心臓病と糖尿病により物故。享年75歳。

 ヒロイン パールーを演じるは、1945年英領インド マドラス管区ベッラーリ(*8)生まれのジャヤンティ(生誕名カマラ・クマーリー)。
 幼い頃に両親が離婚して、母親とともにマドラスに移住し古典ダンスを習得(*9)。この頃はまだダンスは得意ではなかったそうだけども、ダンス修行を続けていく中で映画監督Y・R・スワーミーに見出されて63年のカンナダ語映画「Jenu Goodu(蜂の巣)」に"ジャヤンティ"の芸名で出演して本格的に女優デビュー(*10)。64年の「Chandavalliya Thota」で主役級デビューする。以降、映画監督ペケティ・シヴァラームと結婚してカンナダ語映画界のスターとして成長。カンナダ語映画を中心に南インドで活躍していく。

 わりと強烈なのは、主演2人よりも押しの強い脇役たちだけど、その中でとにかくトラブルメーカー的に噂で人を騒がしまくる主婦たちの次から次へと話を転がす、プライバシー無視の暴れっぷりが清々しい。パットゥ・マミ役のソウカル・ジャーナキや、レーヌー役のマノラマのこれでもかという俗物な演技が可愛すぎてしょうがない。うん。
 それらの事件に対して、貧乏と人の良さ故に付け込まれるマードゥと言い、気の強さ故に「精神病者だ!」と人にさげすまされる事でどんどん病んでいくパールーの痛々しさは、時代を越えて現代にも通じる人の生きる悲哀を映し出す。
 そこで、問題を解決するナーイル氏と言いサバパティ氏と言い、厳しくも賢く優しい父性が活躍する所が「巨人の星」みたいだなあ…って感じではあるけれど、そうでもしないと群衆の中に埋もれて搾取されて終わってしまうかもしれないという絶望と、それでも人の良心を信じようとする希望が、喜劇の中で効果的に発揮されてるあたり、チャップリンやキートン映画にも通じる古き良き映画の匂い濃厚。こういう映画も、白黒インド映画時代にしっかり刻み込まれてるんだっていうのは、知っといて損はないですって!

挿入歌 Thamarai Kannangal (蓮の頬に蜜の花椀)


受賞歴
1968 Tamil Nadu State Film Awards 台詞賞(【Thamarai Nenjam】とともに)


「EN」を一言で斬る!
・やっぱりというか、住宅内はみなさん戸締りとかしないのね…。

2020.11.13.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 現タミル・ナードゥ州ティルヴァール県ナニラム。
*5 南インド カルナータカ州の公用語。
*6 現タミル・ナードゥ州イーロードゥ県ターラープラム。
*7 南インドに広がる、マドゥヴァチャルヤー始祖のドゥヴァイタ哲学を奉じるブラーミン・コミュニティ。13世紀頃発祥の宗派で、17世紀にはゴールコンダ王国の庇護のもと社会的地位を拡大していった。
*8 現カルナータカ州ベッラーリ県ベッラーリ。
*9 このとき通っていた舞踊教室で、本作にも出演している女優マノラマと親しくなったそうな。
*10 それ以前から、テルグ語、タミル語、マラヤーラム語映画にも出演経験はあるそう。