インド映画夜話

ヤジャマン (EjamaanまたはYejaman) 1993年 153分
主演 ラジニカーント & ミーナ
監督/脚本 R・V・ウダヤクマール
"愛は永遠に"

むんむん様企画のなんどり映画倶楽部13にてご紹介頂きました!
皆様、その節はお世話になりました。なんどりー!



OP Ejamaan Kaladi (旦那様の足跡は)



 タミル・ナードゥー州のとある村々にて、賄賂で選挙に当選しようとしたバラバラヤンは、選挙当日にだれも投票場に来ないことに困惑していた。調べてみれば村人たちは、渡された賄賂を集めて村のインフラ整備に充てようと集結している。誰がそんなことを言い出したのかと問えば、村人たちは声を揃えて答えるのだった。
「我らのヤジャマン(=旦那様)の言うことは、いつも正しいのさ!」

 "ヤジャマン"と呼ばれる村の指導者バーナバラデーヤンは、腐敗はびこる政治家の手を借りずに、村に必要なインフラや社会制度を整えようと日々奔走する村の大地主。その公正な指導力によって政治家以上の人気を勝ち取っていた。
 そんなある日、バーナバラデーヤンと婚約する事になった美女バイデースワリに目をつけたバラバラヤンは、対抗して自分もバイデースワリへの婚約を申し出るが、村を巻き込んだ両者の牛車レースに敗れて彼らの結婚破談に失敗。怒るバラバラヤンは、すぐに彼らより先に別の女性と結婚し、男の子をもうけて村人の信用を勝ち取ろうとする…。

 一方、幸せな新婚生活をおくっていたバイデースワリだったが、ある日寺院への礼拝直後に腹痛を訴え気絶してしまう! 「一時的な体調不良」と説明する医者は、夫バーナバラデーヤンにだけは詳しい診断を語る。
「彼女の子宮が傷ついてしまった。もう、彼女は子供を産める身体じゃない…」
 跡継ぎを求める両親や、子供を欲しがるバイデースワリに真実を告げられず悩むバーナバラデーヤンに、ここぞとばかりに攻撃をかけようとバラバラヤンの暗躍が始り、いつまでたっても子供が生まれる様子のない地主夫婦に対し、村人たちの眼は厳しくなっていく…。


挿入歌 Adi Raakumutyu



  タイトルは、タミル語(南インド タミル・ナードゥー州の公用語)で「旦那様」とか「主人」の意。「ムトゥ 踊るマハラジャ(Muthu)」の主演コンビ ラジニカーント&ミーナが初共演したタミル語映画である(ヒロインにミーナが配役されるのには、色々ドタバタしたらしいけども)。
 後に、テルグ語吹替版「Rowdy Zamindar」も公開。さらに、大ヒット作である本作の、主役バーナバラデーヤンと悪役バラバラヤンのネーミングを踏襲した2014年公開予定作「Vanavarayan Vallavarayan」の元ネタともなった…のかしらん?

 日本では、1998年に東京ファンタスティック映画祭で初上映され、翌1999年に一般公開。初上映時から副題に「踊るマハラジャ2」とついていたけども、現地公開は本作の方が「ムトゥ 踊るマハラジャ(1995年公開作)」より2年先。
 日本公開に際し、複雑なインドの権利関係と日本側との折衝が色々とこんがらがって、複数の会社を巻き込んだ配給権の混乱によって、日本での劇場公開より先に別会社から「ヤジャマン 踊るパラダイス」のタイトルでビデオ発売されると言う事態を引き起こしてしまった。これが原因で業界全体から「インド映画は面倒くさい」と言う評判を呼んで、インド映画ブームが急速に沈静化するきっかけになってしまったそうな(そう、お客側の要望とか、映画そのものの出来とかには関係なく…ねぇ)。

 本編そのものは、色々「え?」と首を傾げたくなる事の多いお話ながら、撮影そのものはかなりきっちりした画面構成で作られた映画で、色んな荒は見えても映画としてのボリューム感たっぷりの、美しい画面で制作された傑作となっている。
 舞台となる農村地域の美しさと、そこに住む人々の生活ののどかさが強調されるシーンの数々。色とりどりのサリーや小道具による画面の華やかさなんかも心得たもんで、今まで見たラジニ映画の中でも1・2を争う見やすい画面の映画…かもしれない。まあ、機材がそこまでリッチではないから、技術的な面での荒は色々出ちゃいますけども。

 そうした美しい農村部を描いていく映画かと思うと、お話はどんどんえげつないインドの田舎で繰り広げられる社会問題へと切り込んでいく(…と言うほど社会派な映画でもないけど)。
 政治家たちが、利権争いに終始して農村開発やそこに住む人々を無視する事や、あまりにも偏った父権社会への問いかけが描かれるのは納得もしようけど、「結婚したら子供を産むのが当たり前」「子供のいない夫婦はおかしい」「きっとどっちかが異常なのだ」の三段論法がまかり通る村社会にあって、子供を産めない事情をひた隠しにしつつ、夫側であるバーナバラデーヤンの名誉を回復させないと…と奔走する女性たちの姿が「?」の連続を生んでしまう。

 完全に悲劇のヒロインのバイデースワリも「そりゃあ、あんまりよ」ってな立ち位置ですが、「ご主人の名誉を回復させる!」と奮起して、「ご主人に無理矢理押し倒された!」と村人にご主人は異常なしであるとアピールし信頼を元に戻そうとするセカンドヒロイン ポンニの頑張りようも、現代日本人から見ると「ちょっと待って。なんでそうなるの?」って感じ。つまるところ、一族の人数=生産力の大きさでもある農村部では、産めよ増やせよは生活上の大正義って事なのか…どうなのか。
 その分、「男の子でも女の子でも、貴方の生む子供はどちらも大事」と言うバーナバラデーヤンの態度と、彼の両親がインテリかぶれのボケ老人の父&家の中では一番の権力者になる暴走おかんと言う構成なのは、現代的視点でのフォローになっているやら…いないやら。「女性も強くあるべし」と言うテーマが見え隠れしつつ「でも、結婚したら子供を産むのが当然」と言う主張を否定はしない…と言うか、全肯定してる話運びは「ウーム」と悩む所。

 気になる所と言えば、"バーナバラデーヤン"と"バラバラヤン"って名前がカタカナで読むと一瞬混乱しそうだなぁ…って所(なんか元ネタがあるんかいな?)と、インド農村部に"初夜権"を行使した権力者が本当にいたのかどうかって事(いてもおかしくはない…気がする所が恐いけれど)、子宮のみに直接ダメージを与える毒なんてあんのか? って事だけども。うん。


挿入歌 Oru Naalum








「ヤジャマン」を一言で斬る!
・国旗掲揚時に花びらが降って来る演出は、是非色んな所がマネするべき! うん

2014.4.4.

戻る