インド映画夜話

映画の国 (Filmistaan) 2012年 117分
主演 シャリーブ・ハーシュミー & イナームルハク
監督/脚本/原案 ニティン・カッカル
"インド映画を見るとな、昔の、分離独立前の景色がそこに広がるのさ"
"昔の友人、かつて歩いた通り、そこで見た草木…それらに再会する唯一の方法なんだよ"




 ムンバイで暮らすサニー(本名スニート・クマール・アローラ)は、明日の映画スターを夢見ながらその大仰な演技で役がもらえない、しがない助監督の身。

 その日は、仕事仲間と一緒に米国人クルーのドキュメンタリー映画撮影に参加して、ラジャスターンの国境地帯へと出張中。とある夜に一人で車を整備してからクルーと合流しようとしていたサニーは、突如襲撃してきたテロリストたちに連れ去られてしまう!
 米国人誘拐を計画していたテロ首謀者は、インド人のサニーには人質の価値なしとしつつも騒ぎを避けるため、部下のメフモードとジャワードに言いつけ近くの村で彼を秘密裏に監禁し続ける。サニーは、連れられてきた所が国境を越えたパキスタンの村と知って驚くものの、自分の監禁に使われている家の息子…海賊版インド映画DVDの行商をやってるアフターブ…と意気投合し、そこを皮切りに徐々に周りのパキスタン人ともボリウッドネタの話題で打ち解けて行くようになるのだが…。


挿入歌 Udaari (さあ飛べ! [信念を跳び越えろ!!])


 原題は、「映画」の意味の英語Filmと、ペルシア語由来の単語で「国」「地方」を意味するstaanを組み合わせた造語。
 TVドラマの助監督や1話監督を務めていた、ニティン・カッカルの映画監督デビュー作となるヒンディー語(*1)映画。

 映画自体は2012年の韓国の釜山国際映画祭で初めて上映されて高い評価を得ていたものの(*2)なかなか一般公開されず、2年後の14年になってようやくインドと米国で一般公開が開始された作品。
 日本では、2017年からNetflixにて「映画の国」のタイトルで日本語字幕版が配信されていた。

 往年の名作映画を丸暗記してるような映画バカの主人公が、パキスタンの村までゲリラたちに誘拐されつつ、映画の話題を通して犬猿の仲の印パの壁を乗り越えて交流していく、映画愛に満ち溢れたコミカルな人情劇の傑作。
 分離独立以後の印パの深刻な対立やテロの現実を背景としつつも、どこかとぼけた味わいの物語は、相互不信による憎しみの連鎖にある両国人が、それでも結局は同じ人間であること、映画やクリケットを通して共に笑いあい激昂しあう同じ生活文化を共有し合う者同士であることを見せつけていく。

 国や宗教が違っていても、お互いに理解しあえる言葉(*3)、共通体験のある娯楽(映画やクリケット)文化の蓄積、衣食住も近いお互いの似た者同士具合が、交流していけば行くほどに浮かび上がって行くエピソードの積み上げ方はテンポ良く小気味いい。
 さらに、映画のモノマネで子供達の心を掴んだかと思えば、人質脅迫映像を撮るぞと言われて「ロケーションはここから」「芝居に納得がいかない」「どうせなら銃を突きつけたほうがらしくならない?」とわざわざ自分から演出を施し、テロリストたちに映像制作のノウハウを教え込んで行く主人公サニーの能天気さというかポジティブ具合が、映画全体をおとぼけな流れに持って行って楽しい。
 その中で、それぞれの登場人物によって語られるインド映画との関わり、そこに映される情景や物語がどんな風にパキスタン人に映っているのか、分離独立以後の混乱を越えて老いも若きも海賊版で触れるその世界になにを見つけているのかって視点が、ただ外国人視点で楽しんでる日本人の感覚では測れないほど深く複雑な要素をはらむんだなあ…とハッとさせられてしまう。

 本作で監督デビューしたニティン・カッカルは、03年の「Sssshhh…」に助監督として参加して映画界入りした人のようで、06年からTVドラマ「Sssshh... Phir Koi Hai」で監督他を務めたのち、本作で映画監督&脚本デビュー。多数の映画賞を獲得したのち、18年には短編「Darshan Raval: Kamariya」と2作目の長編監督作「Mitron(友達)」を公開。以降もヒンディー語映画界で活躍している。

 主人公サニーを演じたシャリーブ・ハーシュミーは、1979年(1976年とも)マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。父親は映画記者として有名なZ・A・ジョハールになる。
 08年のヒンディー語映画「Haal-e-Dil」とハリウッド映画「スラムドッグ$ミリオネア(Slumdog Millionaire)」に端役出演して役者デビュー。本作の映画祭上映と同じ12年公開作「命ある限り(Jab Tak Hai Jaan)」にも出演した他、TVドラマや短編映画などと共に映画出演の幅を増やして行ってるよう。

 映画の話題で態度を軟化させて行く人々がいる中で、なお頑なに強面の表情を崩さない見張り役メフモードとジャワード、彼らや村人たちを従えるテロリスト指導者の映画内での立場の変遷具合に、テロに屈しない未来を勝ち取ろうとする意思のようなものも感じるけれど、その結果としてそれぞれのテロリストが見せる生き様の違いが、なお映画愛でも届かない現実や人の頑なさも露わにしているように見えてくるのもまた、印パの現実の反映ってことでもあるんだろうなあ…。

挿入歌 Uljhi Uljhi (もつれにもつれて [最後には、結び目は開く])


受賞歴
2012 韓 Pusan International Film Festival 新潮流特別賞
2012 Kerala International Film Festival 銀烏監督デビュー賞
2013 National Film Awards 銀蓮注目ヒンディー語映画作品賞
2014 SICA (Southern India Cinematigrapher's Association) Awards 助演男優賞(イナームルハク)
2015 Screen Weekly Awards 有望監督デビュー賞


「Filmistaan」を一言で斬る!
・インド(を始めとした南アジア)のバイジャーン(=兄貴)たちと仲良くなるには、やっぱサルマン映画やシャールク映画を見ろって事だネ!!

2022.11.18.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 インドのナショナル・フィルム・アワードで注目作品賞も獲得してる!
*3 ヒンディー語とウルドゥー語は、使う文字が違うだけでほぼ同じ言語だし。