インド映画夜話

Govindudu Andarivadele 2014年 149分
主演 ラーム・チャラン & カージャル・アガルワール
監督/脚本 クリシュナ・ヴァムシ
"ああ愛しの孫よ、願いは叶えられたか?"




 ロンドンのクイーン・メアリー大学医学部の学部長就任の知らせを受けたチャンドラシェーカル・ラーオの家は、祝福に沸き立っていた。
 しかしその就任発表会にて、大学は突然別のイギリス人医師に学部長の席を与えることを発表し、ショックを受けて帰宅したチャンドラシェーカルは息子アビラーム(通称アビ)たちを前に「…大丈夫だよ。これは、私のやってきたことの結果だ。父を裏切った私が受ける当然の報いなんだ」と言い出して、長年言及を避けてきた自身の父との因縁を語り出す…。
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 かつて、貧しい農村に生まれたチャンドラシェーカルは、村長である父バララージュの希望の元に医学を学ぶが、村と息子のために自前の病院を作らせていた父親の前で「こんな所で開業してもお金にならない。僕は、恋人と一緒に米国で働くことにする」と言い放って怒りを買い、親子の縁を切られていたのだった。
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 話を聞いたアビは、翌朝「僕がおじいちゃんの所に行って謝って来るよ。たしかに話はそう簡単じゃないかもしれない。でも、結局は家族なんだ。絶対にわかってくれるはずだ」と動画メッセージを残して単身インドへと旅立ってしまう!
 インドでSNSで繋がる友人を頼るアビは、お祭りの夜にインド人美女と知り合いつつも、順調に父の故郷に向かうのだが…!!


挿入歌 Prathi Chota Nake Swagatham (どこにいても、俺は歓迎されるぜ)


 タイトルは、テルグ語(*1)で「主は人々のために」(*2)。アルファベット表記では「Govindudu Andari Vaadele」とも。略称GAV。
 95年の「Gulabi(薔薇)」で監督クレジットデビュー(*3)したクリシュナ・ヴァムシの、19本目となる監督作。

 本作は、1991年のテルグ語映画「Seetharamaiah Gari Manavaralu(シータラーマイヤーの孫娘)」を部分的にアイディア元とした映画だそうで(*4)、2014年度最高売上を達成したテルグ語映画となった。
 のちに、ヒンディー語(*5)吹替版「Yevadu 2」、マラヤーラム語(*6)吹替版「Ekalavya」、タミル語(*7)吹替版「Ram Leela」も公開。

 2010年の「Brindavanam(ブリンダーヴァナム屋敷にて)」と同じような、バラバラになってしまった大家族の結集映画であり、その父権を中心にまとまる家族愛の再考を促す「うちほどいい場所はない」系の地元愛映画でもある。
 孫であることを隠して祖父一族が暮らす屋敷を訪れた主人公が、恐ろしき父権を執行する祖父バララージュを甲斐甲斐しく世話し、家族の苦境をそれぞれに解決して行く中で「家族」のつながりを強化させその有り様を見せつけて活躍をする様は、スパイ映画っぽくもあり泣かされる人情劇にもなる変幻自在さ。

 村人全員と顔見知りで、親戚も含めればかなりの人数が親族になるような(理想的すぎる?)農村地域を舞台に、ロンドン育ちの主人公があっさりとその暮らしに馴染んちゃうのも調子いい感じではあるけど、実際に触れ合い語り合う祖父一族に受け入れられる「気の合う他人」に扮する主人公の姿の悲哀と愛着、希望と不安のないまぜになった姿に重なる喜怒哀楽の美しさよ。
 屋敷にしろ、田舎の田園風景にしろそれぞれの登場人物のファッションにしろ、ひなびた農村地域を舞台にしているにも関わらずやたらカラフルで、高彩度色満載なきらびやかな画面で満たされているのに、なんと目には優しく美しく見えてくることよ。大家族の間で起こる感情的芝居の美しさと相まって、地元愛満載の中に配置される、その色彩の麗しさ・撮影の美麗さも注目どころ。

 それぞれの家族の結びつきがメインテーマになるために、ヒロイン サティヤ演じるカージャルの出番が限定的なのはしょうがないのかなあ…とか思っていたけれど、カージャルの愛嬌はいつも以上に発揮されるし、映画後半にはヒロインの見合い話が話を転がしまくってその存在感を存分にアピールするしで、眼福でございますわ。セカンドヒロイン チルタ演じるカマリニー・ムケルジーを完全に食い尽くしてしまうカージャルの可愛らしさ全開っぷりが清々しい。
 強き父権を代表する祖父バララージュ演じるプラカーシュ・ラージの、その存在感を存分に発揮し、ただ怖いだけでなくわりと愛嬌があって話もわかり、家族同士でふざけあってる姿も出てくる好々爺姿も良きかな。伝統武術と思われる棒術カッラサームー(*8)の演舞っぷりもカッコええ。よくここまで身体が動くよなあ…と感心しますことよ。

 劇中に出てくる色々な習俗がテルグ圏のどの辺の生活文化なのかはわからないけど、屋敷内の撮影はハイデラバードでのセット撮影で、屋外の農村風景ロケはラーメーシュワラル他のタミル・ナードゥ州各地で行われたそうな。音楽担当のユーヴァン・シャンカル・ラージャはタミル語映画界で活躍している音楽家で、当初は祖父バララージュもタミル人男優にオファーしてたそうな。その辺は、タミル語映画市場狙いってことだったのか、特定のテルグ圏の地域文化でなくてより普遍的な農村リスペクト映画にしようという試みだったの…か?

 にしても、「ムトゥ(Muthu)」を始めインド映画でよくあるけども、親戚同士での結婚って結局どの範囲ならOKになるんでしょ?
 本作の主人公アビとヒロイン サティヤは親戚とはいえ直接血が繋がってるのかどうかはよくわからないし、主人公の伯父にあたるバンガーリと従妹(?)にあたるチルタの結婚もいざこざはあっても最終的には祝福されてるしなんだけど、こう言った親戚婚はわりとよくインド映画で見るよなあ…と長年の疑問。
 まあ、日本でも4親等以降の傍系血族なら親戚婚は認められているし、インドではカースト問題や生活文化の格差具合が結婚の障害になったりするために、大家族内の同じ親族同士なら家族不和の心配がある程度少ないという予防線になる…とかあるのかなあ、とか色々と思うことはできますけども。
 インドにおける家族観が、日本のそれとこんなに違うんだぞって姿が垣間見えるこういう大家族映画を見ると、結婚制度を始め家族の在り方そのものにももっと個人的イメージの外側にも多様な家族観が存在するんだなあ…それでも家族がそれぞれに家族を大切に思いあってるのはどこも一緒なんだなあ…と色々と感心してしまいますわ。

挿入歌 Bavagari Choope (バンガリおじさんの宴 [を始めるために、集まってきたよ])


受賞歴
2015 Nandi Awards 原案賞(クリシュナ・ヴァムシ)


「GAV」を一言で斬る!
・テルグ語の『アニヤー』は『兄やん』でええの?(そう聞こえてしまう…検索すると「アンナイヤー」と出てくるけど)

2021.1.1.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 過去作の挿入歌もしくは祭礼時の祝詞の文句由来?
*3 これと同じ年公開作「Money Money」でも、ノンクレジットで共同監督参加している。
*4 インタビューでは、監督や主演のラーム・チャランなどが色々な過去作をモチーフとして取り入れた家族ドラマにしていることを言及しているそう。
*5 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*6 南インド ケーララ州の公用語。
*7 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*8 発音を聞いてると「ラ」に濁点が入ってる感じの発音だったけど。