インド映画夜話

Ganapath : A Hero is Born (ガナパティ -勇者は来たれり-) 2023年 133分
主演 タイガー・シュロフ & クリティ・サノーン
監督/製作/脚本 ヴィカス・バール
"勇者とは、自分のためでなく愛する人のために戦う者"




 これは、かつて美しかった世界が、戦争によってさらに素晴らしい世界に変わってしまった後の物語ー

 世界中の都市が破壊された後、ダリニ率いる持てる者たちで新たに築かれた大都市シルバーシティは、持たざる者たちを搾取し発展していく。両者を分ける巨大な壁が作られ、飢えが我々を奴隷にして行った。毎日続く争いの中、庶民たちは団結と明日を生きる糧を得るため、互いに戦い合う賭博拳闘リングを発明する。しかしそれも、ダリニの派遣した英国人兵士ジョンの無敗ぶりによって搾取の場と化して行ったのだった。
 しかし…庶民たちの指導者ダラパティは言う。悲しみと痛みが限界点を越えた時、必ずや壁を壊す勇者…ガンパト(群衆の主=ガナパティ)が現れると…。
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 そのシルバーシティにて、ジョンの部下として富裕層相手の八百長拳闘大会で荒稼ぎして遊び暮らす男グッドゥは、上司ジョンの恋人ディンプルに手を出して制裁を受けることに。
 命からがら逃げ延びたグッドゥだったが、兄貴分のカイザドから壁の向こう…貧困層の中で暮らす男シヴァに助けを求めよと突き放されて、泣く泣くシルバーシティを後にする。スラム街に到着したグットゥだったが、不用意に「シヴァ」の名前を出したことから謎の美女ジャシーに連れ去られてしまい……!


挿入歌 Hum Aaye Hain ([誰かに聞かれたら] 俺たちが来たと伝えてくれ)


 タイトルは、主人公の名前で、群衆の主の意。現世利益の神であるガネーシャ神の尊称である。
 企画段階では前後編2部作の予定で仮題「Ganapath: Part 1」だったそうだけど、制作途中で続編企画が頓挫し、売上も芳しくなかったことから、後編企画は実現しなかったそう。

 「クイーン(Queen)」のヴィカス・バールの、7本目の監督作となるヒンディー語(*1)SFアクション映画。
 テルグ語(*2)吹替版、タミル語(*3)吹替版、マラヤーラム語(*4)吹替版、カンナダ語(*5)吹替版も同時公開。
 さらにインドと同日公開で、アラブ、オーストラリア、ドイツ、フィンランド、英国、アイルランド、南アフリカでも公開されたよう。

 ディストピアSFな世界観から始まる格闘アクションな1本で、共に2014年の「ヒーロー気取り(Heropanti)」でヒンディー語映画デビューしたタイガー・シュロフ&クリティ・サノーンを主演に迎えての、SFアクション大作になる映画……と思って見てみたら、最初こそ「ブレードランナー(Blade Runner)」ばりの壮大な世界観を出してきていながら、お話は貧困層VS富裕層の階級闘争を賭博拳闘で解決しようとばかりし続けて、そこのつながりがイマイチ納得できないまま「PART 2に続く」といきなり終わらせられる感じの映画。

 富裕層の生まれで何不自由ない生活していた遊び人主人公が、ボスの機嫌を損ねて1度殺されるレベルの制裁を受け、なんとか生き延びて本当の(父)親の元で格闘家として再生して逆襲を図る…と言うプロットは、SFだろうと階級闘争だろうと盛り上がる要素満載だし、明らかにガネーシャ生誕神話を踏襲している劇中の登場人物配置を見ると、最後のどんでん返し的なダリニの正体だってなんとなく察することもできるけれど、そういった壮大な世界観にしろテーマにしろ登場人物相関図が用意されていながら、限定空間での芝居ばかりが続くせいでその壮大さがどんどん薄れていってしまう。
 香港カンフー映画のオマージュっぽい場末の中華料理屋での格闘戦のスピーディーさなんか「わかってるねえ」とか言いたくなった所に、しっかりブルース・リーの壁紙が出てくるなんざ「格闘技映画作るなら、そらブルース・リーにリスペクト捧げますよ!」って心意気が見えるようで嬉しい。そう言う細かいネタはキッチリ作り込んでいるんだけど、全体としてSF世界観と格闘アクションと階級闘争劇が噛み合ってない印象が強く、脚本時点での急増感を感じるのが評判の悪い原因か。後編企画の中止が、制作現場の混乱にかなり作用したのかもなあ…と邪推してしまいたくなる所。あいかわらず「魅せるアクション」をとことん追求するタイガー・シュロフの無重力感は全開でカッコええですが(*6)。

 監督を務めたヴィカース・バールは、1971年デリー連邦直轄領南東デリー地区のラジパット・ナーガル生まれ。
 父親はIOCL(*7)勤めの会社員だそう。
 ムンバイの大学でMBA(経営学修士)取得後、広告業界で数年働いたあと、UTVスポットボーイに入社。08年のヒンディー語映画「Aamir(アーミルの1日)」「ようこそサッジャンプルへ (Welcome to Sajjanpur)」でプロデューサーデビューして、以降もプロデューサー協力やクリエイティブスタッフとして映画界に従事。
 2011年に、ニテーシュ・ティワーリーとの共同監督で「Chillar Party(子供パーティー)」で監督&脚本デビュー(*8)。ナショナル・フィルムアワードの脚本賞と子供映画作品賞を獲得する。同年に映画監督兼プロデューサーのアヌラーグ・カシュヤプたちと共に映画会社"ファントム・フィルムズ"を設立させて、以降その元請け企画映画のプロデューサーを手がける中で、2014年の「クイーン(Queen)」で単独監督デビューを果たして、こちらもフィルムフェア監督賞他多数の映画賞を受賞。その後も、映画監督兼プロデューサー兼脚本家としてヒンディー語映画界で活躍。
 しかし2018年10月、ファントム・フィルムズの元社員と監督作の出演者から「クイーン」撮影中の性暴行被害を告発され、これを理由にファントム・フィルムズの解散が決定。創設者であるアヌラーグ・カシュヤプたちからも批難声明が出されて、名誉毀損だとして裁判に踏み切っている。
 その後、2019年には「スーパー30(Super 30)」の監督に就任し、2021年からWebドラマシリーズ「Sunflower」の監督&プロデューサー&脚本も担当。以後もヒンディー語映画とTV界で活躍中。

 主人公の無敵感、階級を分ける壁や都市の存在、神話モチーフの点在など、「サーホー(Saaho)」とか「サラール(Salaar: Part 1 − Ceasefire)」のようなテルグ語マサーラーアクション手法を目指していたのかも、と思える絵作りも散見される。そうかと思えば、壁の向こうの貧困層抵抗勢力が集まる集落がラダックの荒野で撮影された「マッドマックス(Mad Max)」的な風景の中にチベット文化が混ざってたりと、国内外の色々な映画ネタをちりばめつつヒンディー的にアレンジしてますよ、と言う遊び部分も見えてくる。相変わらず、やさぐれ軽薄主人公が恋と家族愛に目覚めてから一気に無双し始めるヒーロー像なんかは、タイガー主演の「ヒーロー気取り」や「フライング・ジャット(A Flying Jatt)」から受け継ぐヒーロー像だったりするんかもだけど。修行シークエンスがあるとは言え、一気に強くなりすぎだよぅ。
 まあ、抗争勢力が複雑に絡まり合わない分、善悪が分かりやすい構造の話だけれど物語の広がりが限定的になっちゃったのが弱点でもある。そこは後編への伏線のつもりだったのか、はたまた制作予算の問題か。各シーンでの背景の広がりが、どれも一定範囲から動かない舞台演劇的な印象が強い。特に映画後半はほぼほぼ試合会場のみになるため、画面的刺激がアクション以外なくなる感じなのがね…。そこで最後の最後に登場するラスボス ダリニの顔が映し出される最大の刺激ポイントなんかは、どんでん返しではあるけれど唐突な感が強く、「スター・ウォーズ(Star Wars)」みたいに「お前の父だ」「お前の兄だ」とか言い出したりしそうだなあ…とか余計なこと考えてた自分ですけれど。ええ。



挿入歌 Jai Ganesha (ジェイ・ガネーシャ)






「Ganapath」を一言で斬る!
・自分の命の危機や世界の危機より、女を口説く方を優先するヒーロー。クリシュナ的インドヒーローの型でしょか?

2025.4.5.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語でもある。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*4 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*5 南インド カルナータカ州の公用語。
*6 あんま痛そうには見えないけど。
*7 Indian Oil Corporation Limited インド政府の石油・天然ガス省管轄の石油業公社。
*8 両者ともに、これが監督デビュー作になる。