インド映画夜話

ヒンディー・ミディアム (Hindi Medium) 2017年 132分
主演 イルファン・カーン & サバー・カマル
監督/脚本 サーケット・チャウダリー
"子供をいい学校に入れるため、世の親たちはなにをするだろうか!"




 デリーの下町生まれのラージ・バトラーとミーター(愛称ミットゥ)夫婦は、自分たちで立ち上げた結婚衣裳販売店"バトラー・ファッション・スタジオ"が成功して小金持ちの仲間入り。娘ピアも生まれて幸せな家庭を築いていた。

 娘に過保護気味な夫婦は、ミーターの提案で子供の将来を考え最高のエリート私立小学校にピアを入学させようと決意。その準備のために、精一杯のハイクラスな生活を始めようと入学条件の学区内に引っ越し、セレブ達と付き合いだすもいまいち馴染めず。
 ミーターが大学時代の友人から私立入学専門の教育コンサルタントを紹介されてきて、夫婦揃って喜び勇んで面接試験準備を始めるのだが、同じような親達の競争率もあって試験は全滅。不正手段に走ろうとしても学校側の監視もあってどうにもならず、従業員の一言をヒントに、貧困層の子供達を対象とした留保制度を利用しようと今度は貧困地区へと引っ越して行くことに…。


プロモ映像 Suit Suit


 劇中やポスターなどのタイトルは、"Hindi"の部分がデーヴァナーガリー(*1)での表記、"Medium"が英語で書かれている。
 その語義は「ヒンディー語式の教育(*2)」の意味だそうだけど、「インド式(教育)」「インド式(手法)」「インドの中流生活」とかの意味も含まれて…る?

 インド公開前日にクウェートで、インドと同日公開でフランス、イギリス、アイルランド、アメリカでも一般公開。公開後、14年のベンガル語映画「Ramdhanu(虹)」の著作権侵害だと訴訟されたものの、監督はこれに反論。最終的に告訴が取り下げられたそう。
 日本では、2017年に千葉にてSpacebox主催で英語字幕版が上映。2019年に一般公開!

 冒頭に、主人公夫婦2人の美しき馴れ初めをOPとして流して始まる本編は、そんな可愛らしい少年少女が魅力を損なわずに成長した、可愛らしい父親母親となって織りなすドタバタ劇が中心。子煩悩な親にとっての切実な問題…子供の教育と進学…をコミカルに、カルカチュア的に、時に社会への切実なメッセージを込めて描いていく。

 「きっと、うまくいく(3 Idiots)」が大学を舞台とした教育問題をテーマにした映画なら、こちらは子供の将来を盾にした教育ビジネスや、就学制度のバランスの悪さをテーマにした映画。
 前半は、セレブ達富裕層が利用する私立小学校への入学を目指す中流家庭出身の主人公達の、ムリクリで付け焼き刃的なハイソぶりの空回り方が楽しすぎてしょうがないし、その夫婦間のギャップととぼけ具合が名コンビぶりを発揮する軽快なテンポが楽しすぎる。
 後半から、貧困層をターゲットにした留保制度(*3)を逆利用して貧困層を騙る夫婦の奮闘ぶりも、嫌味なく現状の問題点を笑いに変えるコメディ劇になってるし、そこに徐々に組み込まれていくインドの教育制度のいびつさ、教育ビジネスにはびこる腐敗と歪みをきっちり登場人物達の心情変化に乗せて描いていく卓越した作劇術が、本当に素晴らしか。
 多少理屈優先な気も見えるとはいえ、各登場人物達全てが魅力的だし、掛け合いの絶妙さ・テンポの良さでグイグイ引き込まれていく。その演技力・脚本力・演出力のさりげないトンデモなさよ。

 本作が3作目の劇場公開作となる監督サーケット・チャウダリーは、脚本&助監督出身。
 元々エンジニア志望だったそうだけども、プネーの大学でメディア&コミュニケーションを専攻して、そのままTVドラマ脚本家や助監督として働き始める。そこから、00年のヒンディー語映画「Phir Bhi Dil Hai Hindustani(それでも心はインド人)」の助監督で映画界入りし、01年の「Asoka(大王アショーカ)」でサントーシュ・シヴァン監督とともに脚本を担当。同年公開作「Dil Chahta Hai(心が望むもの)」をヒントに、06年の「Pyaar Ke Side Effects(愛の副作用)」で監督デビューする。14年の「結婚の裏側(Shaadi Ke Side Effects)」を挟んで、3本目の監督作となる本作で数々の作品賞を獲得することに。

 主人公ラージ・バトラー演じる名優イルファン・カーンに負けず劣らず、その存在感を発揮して魅力的な夫婦漫才を加速させたもう1方の主人公ミーター・バトラーを演じたのは、1984年パキスタンのラホール生まれ(*4)のサバー・カマル。
 パキスタンのTVドラマ「Main Aurat Hoon」で女優デビューし、TV界で活躍して数々の女優賞に輝く人気女優に成長。そこから、15年のパキスタン映画「Manto(サーダット・ハサン・マントー)」で映画デビューし、ギャラクシー・ロリウッド・アワード助演女優賞を獲得。翌16年の「Lahore Se Aagey(ラホールから、その先へ)」「8969」の2本を挟んで、本作でインド映画デビューとなる。

 興味深いのは、中流階級の主人公夫婦が私立小学校の試験対策として、映画前半は上流階級の暮らしを、後半は貧困階級の暮らしに身をおいて、その生活文化の違いを身をもって体験する中でそのギャップを浮き彫りにしている所。
 日本でもひところ話題になったアルマーニ他のブランドに身を固めた面接対策は苦笑の連続だし、上流になればなるほど英語でのコミュニケーションしか認められなくなるインドの教育事情・社会事情もめんどくさく妙な複雑さを見せつけてくれる。
 留保制度を利用するためにわざと貧困層の生活をするというのも、留保制度が流通するようになってからインド社会をより混乱させている常套手段だそうだし、そういうカリカチュアをうまく映画の中で機能させて問題を浮き彫りにしてる所なんかもウマい。けして説教くさくなるわけでなく、適度にメルヘン的な要素も入れつつ、本人たちは常に真面目であるが故にこんがらがっていくお話がどんどん楽しくなっていくのはさすがというかなんと言うか。そしてラストに向かって、そう言う問題の当事者としての主人公たちがとった行動と、それに感化されて行く人々、教育ビジネスを動かして行く真の問題点を現して行く展開は「おお…」とため息が出てくるほど。
 まあ、最後のまとめが「こうなっていけばいいね」で止まって現状維持を望む親たちや教師たちの姿が諦観的に描かれて行くのは、アイロニックと言うかここだけ問題定義的なしこりを残していますよ、って感じでもありインド社会の現時点の表れと見るべきか。あの辺をもっと肯定的にかける時代が来れば、どんなにか良いことか…と思わずにはいられないけど、この問題はインドだけの問題ではないものなあ…。親の経済事情によって子供の教育が制限されてしまう現状、「子供の将来」を脅し文句に親たちを翻弄させる教育ビジネスの混乱ぶりは、日本も他人事ではいられないもんね…。

 貧困地区での夫婦の隣人で良き理解者となるシャヤム演じるディーパク・ドブリヤールの演技も見ものだし、前半に夫婦を翻弄させる教育コンサルタントのシーカー演じるティロタマー・ショーメーのふてぶてしさもすごい。総じて脇役も濃いい演技で引き付けてくれるのが、夫婦のドタバタ振りを加速させるコメディ劇の完成度を高めているのがスンバラシイわけですが、あんな教育コンサルトなんて商売、うまく行った時はいいけどその反対だと親からのクレームがハンパないだろうなあ…とか思うと、教育ビジネスもめんどくさい仕事よね…とは思えてしまう。まあ、その上で上前をハネるような周辺ビジネスを加速させるインド人の商魂たくましさも、とんでもねえなあ…とか感じるわけですが。

プロモ映像 Oh Ho Ho Ho remix ver. (オー・ホ・ホ・ホ [君の愛が僕を苦しめる])


受賞歴
2017 Screen Awards 人気男優賞(イルファン)
2017 Masala! Awards ブレイクスルー・オブ・ジ・イヤー(サバー)
2017 Zee Cine Awards 批評家選出作品賞・批評家選出主演男優賞(イルファン)
*本作はさらに、読者選出作品賞はじめ4つの賞にもノミネートされている。
2018 Filmfare Awards 作品賞・主演男優賞(イルファン)
2018 Bollywood Film Journalists Awards 女優デビュー賞(サバー)・脚本賞(サーケット・チャウダリー & ズィーナト・ラカーニー)
2018 News18 Movie Awards 主演男優賞(イルファン)・台詞賞(アミトーシュ・ナグパール)
2018 International Indian Film Academy Awards 監督賞・主演男優賞(イルファン)


「HM」を一言で斬る!
・インドでも『お客様は神様です』っていうのね!(でもウチのカミさんが最高神、とか言ってたけどw)

2019.2.23.
2019.6.15.追記

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*1 ヒンディー語を始め、北インド系言語のいくつかで共有される文字。
*2 エリート向けの英語式教育"イングリッシュ・メディウム"に対してのネーミング。
*3 学校入学や公務員採用に、貧困層を一定の割合採用するために作られた制度。
*4 またはハイデラバード生まれですぐラホールに移住したとも。