インド映画夜話

理由なき愛 (Ishqiya) 2010年 150分
主演 ナセールッディン・シャー & ヴィディヤー・バーラン & アルシャード・ワールシィ
監督/脚本 アビシェーク・チョウベイ
"こんな笑い話がある。
昔、司祭の飼っていた雌オウムが下品な言葉を憶えてしまった。
困った司祭が裁判官に相談すると、彼の飼っている敬虔な2匹の雄オウムと一緒にすれば良いと言う。
そこで司祭は、自分のオウムを裁判官のオウムと同じ鳥籠に入れてみた。すると雄オウムはアラーを讃える代わりに、こう囁いたのだ……"






 クリシュナーとヴィディヤーダル・ヴァルマは、ウッタル・プラデーシュ州ゴーラクプルに住む仲睦まじい夫婦。多少のすれ違いはあるが幸せな毎日を送っていた……ように見えた矢先、突然のガス爆発火災でクリシュナーは大火傷し、ヴァルマが死亡してしまう…。

 その後、火災事故を知らない泥棒のカールージャン(通称カールー。本名イフタカールー)とバッハンが、以前の仲間ヴァルマを訪ねてゴーラクプルヘやって来る。彼らは、ボス ムシュタークの金を盗んでネパールへの逃亡中。組織の手を逃れるためにヴァルマを頼ろうとしていた。クリシュナーの家に身を寄せることになった二人は、ヴァルマの死を知らされつつ徐々に彼女の魅力に取り憑かれて…。

 しかしほどなく、ムシュターク一党が2人の居場所を突き止めて殴り込みに来るが、カールーが物置に隠したはずの盗んだ金250万ルピーは忽然と消えてしまっていた! そこでムシュタークは、1ヶ月後の"ブラザーズデイ"までを返却猶予とするが、2人が逃げようとすればクリシュナーも殺すと脅して帰っていく!!

 消えた金は、近所から拳銃を調達してくれた少年ナンドゥが盗んだと断言するクリシュナーの言葉から、彼女を疑いつつバッハンはナンドゥの村を訪ねに行くが、武器密輸と武装ゲリラが暗躍するゴーラクプル周辺の惨状を目の当たりにして驚愕する。
 様々なことを前に困惑する2人に、突然クリシュナーは銃を突きつけてある計画を提案するのだった…。


挿入歌 Dil Toh Bachcha Hai Ji (我が心は子供のまま [まさに生まれついて純粋な])

*このシーンだけでも、洒脱な短編映画のよう。
 色んな妄想に遊ぶカールーがやたらかわいい。その頃、積極的な手に出るバッハンは…。無口で妖艶な未亡人に魅惑される2人の小物男と、そんな2人を手玉に取る女の奇妙な関係…。



 タイトルの意味は「色欲」とか「情欲」("ishq"だけだと「愛」になる)。
 アビシェーク・チョウベイの初監督作となる新世代型インド映画。大ヒットにのって続編「Dedh Ishqiya」が2014年に公開されている。
 日本では、2016年にインド映画同好会で「理由なき愛」のタイトルで上映。翌17年にNetflixにて配信されている。

 インドらしい群舞もないし、派手なロマンスが展開するわけでもない。映画後半から徐々に明らかになってくるのは、狂おしいまでの・あるいは屈折に屈折したクリシュナーの夫ヴァルマへの思い(復讐? 愛情? …情欲?)である…。  非常に濃密で、美しく、寡黙で、限界まで無駄をそぎ落とした、…なのに素晴らしくインド的な映画。それぞれの登場人物の抱える、様々な欲望・欲情が互いに複雑に絡みだし、えも言われぬ映像的快感と物語的快感を生み出していく。それこそ、見た後しばらくは動けないほどに…。

 とにもかくにも、この映画の魅力は高密度な脚本と演出、それを支える舞台美術とロケーション、美しい音楽音響の数々、そして主役3人の飄々としつつ鬼気迫る迫真の演技力、その全てがぴたりとシンクロしている所である。そのテンションは最初から最後まで、時にゆるやかに、時に激しく、時に美しく、時に切なく、時に乾いて、見る側に心地よい感情の波を持続させる。

 話の中心は、謎の女クリシュナーをめぐる三者三様の人間模様なわけだけど、名優ナセールッディンと、トップスターの演技派女優ヴィディヤー、シリアス映画初出演なアルシャードのコンビネーションと言い高い演技力と言い、可愛くもあり強くもあり情けなくもありと、色んな表情と芝居が見れるのもお得間倍増。3人で資本家カマル・カーン・カッカル誘拐を計画する所なんかは、「タイムボカン」シリーズの3悪みたい。

 冒頭の、ヴァルマがクリシュナーにタージマハール霊廟のネックレスを贈る所から意味深なシーンが展開し、こそ泥二人が狂言回し的なたいまつ持ちの老婆(寡婦用の全身白サリー着用)の案内で到着したヴァルマの家から、疑わしげな顔して登場するクリシュナー(ダークトーンのサリー着用。寝間着?)が出てくる所がなんとも印象的で美しい(&ものすごーく意味深)。

 それぞれの登場人物が目の芝居を多用していて、"覗き"がキーにもなっている。唯一クリシュナーだけは自発的に覗きをするシーンはないけれど(*1)、こそ泥2人組の行動などは逐一把握しているあたりが悪女全開。
 さらには、クリシュナーの口からはヴァルマが「死んだ」とは一言も発せられないままである事が、後半への伏線としてだけでなく彼女の思いや心の支えのようなものまでも現していくあたり、ロケーションと合わせて本当に芝居が美しい。爆発するクリシュナーの家もまた、物寂しく、もの悲しく、それでいて生活感あふれる叙情性のようなものが漂い、粉塵と化していく様は空の色と相まってなんとも美しい(*2)。


挿入歌 Badi Dheere Jali (ゆっくりとゆっくりと、夜は燃えて)





受賞歴
2010 National Film Awards 女性プレイバックシンガー賞(Badi Dheere Jali)・音楽監督賞・音響賞
2011 Filmfare Awards 男性プレイバックシンガー賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)・作詞賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)・批評家選出パフォーマンス賞(ヴィディヤー・バーラン)
2011 Star Screen Awards 主演女優賞・助演男優賞(アルシャード・ワールシィ)・作詞賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)・男性プレイバックシンガー賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)
2011 Apsara Awards 主演女優賞・作詞賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)
2011 Zee Cine Awards 主演女優賞・作詞賞(Dil Toh Bachcha Hai Ji)
2011 Stardust Awards スリラー/アクション映画女優賞(ヴィディヤー)
2011 IIFAインド国際映画批評家協会賞 台詞賞(ヴィーシャル・バールドワジ)

2012.7.6.
2017.8.6.追記。

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*1 バッハンに促されてカッカルを覗くシーンはあるけど。

*2 撮影時は、近所から来た大量の見物人で囲まれていたらしいけども…。