インド映画夜話

Jaya Janaki Nayaka 2017年 147分(149分とも)
主演 ベラムコンダ・スリーニーヴァス & ラクル・プリート・シン
監督/脚本/原案 ボヤパティ・スリーヌ
"君を愛している…永遠の、永遠の、永遠に。…その最後の1息まで"




 大学生スウィーティはその日、同級生アムリヤーを退学に追い込もうとする男ヴィクラムとその手下数十人を、大学構内で一気に跪かせたガガン・チャクラヴァルティー…大企業チャクラヴァルティー・グループの御曹司…親子の活躍を目の当たりにする。

 それ以来、富豪ながら庶民派で男所帯のチャクラヴァルティー家に興味を持ったスウィーティはガガンと付き合い始め、善良ながら表情に乏しく父親絶対で不器用な彼をコーディネート。彼の家のお屋敷のズボラさを矯正するとともに、彼らの生活スタイルも是正して行った。
 スウィーティの計らいによって、ガガンの兄プルドゥヴィの結婚式が盛大に執り行われている間、彼女の父親である交通省大臣JPの所に、高速道路建設計画を持ち込んできた北インド最大の酒造会社社長にしてマフィアボスであるアルジュン・パワールは、国家権力の元による勢力拡大を狙って、自分の息子とスウィーティを結婚させれば建設計画が思い通りに進行できると脅迫する…「両家が1つになれば、貴方の威信が我が家の威信になるのです…そうでしょう?」

 進退窮まったJPは、建設計画におけるパワール家の競争相手である冷酷な実業家アシュウィート・ナーラーヤナ・ヴァルマーを頼って、アルジュンの息子を襲わせて再起不能にする事で娘の安全を確保するが、折り悪くそこに「結婚相手を紹介したい」とスウィーティがガガンを連れてきてしまった。
 喧嘩騒動や路上屋台にたむろするチャクラヴァルティー家の不品行、ガガンの母がすでにこの世にいない事をあげつらうJPが、そんな家の男を家にあげた娘をも叱責し始めると、ついにガガンの拳がJPを襲ってしまい…!!
 「…貴方が父を侮辱した時は我慢した。僕ら家族を侮辱した時も我慢した。母を侮辱した時でさえ我慢した。でも、貴方が自分の娘を『汚らわしい』と罵るのなら、僕はもう我慢しない!!」


挿入歌 Let’s Party All Night (レッツ・パーリィー・オール・ナイト)


 タイトルは、「偉大なる我らがジャーナキー」「指導者ジャーナキーに勝利を」みたいな意味?
 「ジャーナキー」とは、「ジャナカの娘」を意味するシーター(*1)の称号であり、シーターが祭壇工事時の溝の中から生まれたと言うエピソードから、「溝」を意味する単語でもあるとか。そこから、シーターに因み「神に守られる者」「英雄の妻となる者」と言う意味にもなる一般女性名。
 劇中ではオチにタイトル回収的に唐突に出てくる名前なんだけど、そう言う文句が一般に広まってるって事なのか…結婚式の時に使われる一般的フレーズなのかどうなのか? オチの意味を誰か教えてプリーズ。主人公の結婚相手であるヒロイン スウィーティがシーターに重ねられているってのは、わかるんだけど(*2)。

 2005年の「Bhadra(バドラ)」で監督デビューしたボヤパティ・スリーヌ7作目の監督作となる、テルグ語(*3)アクション映画。

 インドと同日公開で、英国、米国でも公開されたよう。
 のちに、ヒンディー語(*4)吹替版「Jaya Janaki Nayaka Khonkar」がネット公開され、7億6千回以上の再生数を記録。マラヤーラム語(*5)吹替版「Njan Gagan」もTV放送されている。

 アクション映画を主に手がける監督によるマサーラーアクション・サスペンスってのが一目瞭然な、ギャング抗争アクション全フリな1本。
 冒頭のヒロインとヒーローの出会いから学園コメディでも始まるのかと思ってた雰囲気は、登場人物紹介パートが終わる頃には全く消え失せ、2大ギャング対決に巻き込まれたヒーロー&ヒロインの戦いを通して、その複雑なシチュエーションへ向かう前口上がやたら冗長に描かれ、その発露としての派手派手な漫画アクションへと帰結していく画面的勢いが120%熱い映像の連続。
 ノリ重視よね、ってハチャメチャ展開はあいかわらずのマサーラー演出を土台にしてるけれど、次々変わる敵味方の状況の中で寡黙な主人公ガガンが、家族の助力を得ながらヒロインであるスウィーティを救いに奔走するのは、しっかりラーマーヤナ構造を踏襲していて潔い。

 監督を務めるボヤパティ・スリーヌ(本名ボヤパティ・スリーニーヴァス)は、1970年アーンドラ・プラデーシュ州グントゥール県ペダカカニ生まれ。
 写真スタジオを経営する家の生まれで、写真への興味から学生時代に新聞記者のアルバイトを始め、そこから映画へ興味が広がりハイデラバードへと移住。従兄弟にあたる映画監督兼脚本家兼男優のポサニ・クリシュナ・ムラーリの紹介で、映画監督ムトゥヤーラ・スッバイアーの監督作の助監督を務めて映画界入り。
 2005年のテルグ語映画「Bhadra(バドラ)」で監督&脚本デビューし大ヒットさせ、以降、テルグ語映画界で監督兼脚本家として活躍中。
 2014年の監督作「Legend(レジェンド)」でナンディ・アワード監督賞を、16年には同じナンディ・アワードのBN・レッディ・ナショナル(特別監督功労賞)賞、監督作「Sarrainodu(正しき兄貴)」でサントーシャム・フィルムアワード監督作も獲得している。

 家族以外には寡黙で無表情の不器用主人公ガガンというキャラは、主演作3本目のベラムコンダ・スリーニーヴァスの演技力への不安から設定されたものか? とかうがった見方をしてしまう前半だったけど、中盤からの凄惨な抗争劇を体験して心を閉ざしたヒロインに対し、前半にスウィーティ自身から教育された「友達になろう」と言う心の解放をガガン側からスウィーティに行う鏡面対比構造が効果的。
 ま、ロマンスの肝はそこあたりが限界で、あとはとにかく前口上で状況説明がされてる日常または悲劇に対して、突然誰かが狙撃されてアクションシーンへ突入するパターンが延々続く。冒頭の大学を荒らしていた中央大臣の息子ヴィクラムの復讐も何処へやら、2大マフィアの残酷性が爆発すれば、主人公ガガンも「いつかお前を殺す!」と凄んで人殺しも辞さない喧嘩っ早い性格がより状況を激化させていくとこなんかも、アクションシーンを水増ししまっせ、って声が聞こえてきそうなわかりやすい構造ではある。
 印象に残るのは、やっぱり純然とした悪役として人の命を踏み台にして「自らの誇り」を堅持しようとするラスボス アシュウィート・ナーラーヤナ・ヴァルマー(*6)の渋怖い眼光でありましょか。コメディアン不在なまま、色々な悪役に囲まれてヒーロー&ヒロインの前に立ちはだかるパワフルな悪役オーラの中にあって、頭1つ2つ飛び抜けたオーラが、新人スター ベラムコンダ・スリーニーヴァスに対して「倒せるものなら倒してみやがれ!」みたいな存在感で立ちはだかってくるのが不敵で妖しくカッコええ(深読みが過ぎる)。



挿入歌 A For Apple (Aはアップル)

*メインで踊ってるのは、ゲスト出演の女優兼モデル キャスリーン・トレーサー。


 


「JJN」を一言で斬る!
・「あいつらは、前からタイソンのように殴り、後ろからバイソンのように蹴ってきた」…被害報告する時も韻を踏む事を忘れないインド人。ナイス・ライム!

2026.2.13.

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*1 叙事詩ラーマーヤナにおけるヒロインで、主人公ラーマ王子の妃。
*2 かつてのタミル・ナードゥ州のジャーナキー政権のスローガンという可能性は……ないか。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 南インド ケーララ州、ラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*6 演じるは、名優ジャガパティ・バーブ!