インド映画夜話

Jolly O Gymkhana 2024年 121分(129分とも)
主演 プラブー・デーヴァ & マドンナ・セバスチャン & アビラーミー
監督/脚本/台詞/原案/作詞/カメオ出演 シャクティ・チタンバラム
"死体1人に、女性が4人。1億ルピーはすぐそこに"




 さて皆様。
 これからお話する物語は、これが起こり得るかどうかを考えず、これが起こったらどうなるかに焦点に当てた物語です。これは架空の物語…整理されたテーマが存在するわけでなく、ただ笑いのための物語。それでは、心行くまでお笑いください……
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 その日、痔に苦しむ神父マルティン・ルター・キングのいる聖ジョセフ教会に、バヴァニという女性が「懺悔したい」と訪ねてきた。

 タミル・ナードゥ州南部、テンカシ県メンニャーナプラムに住むパヴァニは腹話術の達人。妹シヴァニはロボット工学の天才インフルエンサーで、もう1人の妹ヤーリニは筆跡模倣術を得意とする。3姉妹の母親チェッランマは、口を開けばDJ真っ青の弾丸トークで有名な美女と言う家族。
 この3姉妹の祖父タンガサミーはビリヤニ食堂ヴェライカラン・ビリヤニ・ホテルを経営していたが、経営苦から食堂を抵当に入れて街中に新食堂をつくろうと、悪名高い金貸しロケット・ラヴィから150万ルピーの借金をした。
 酔っ払い叔父さんこと叔父ムルゲーサンの協力のもと新食堂は順調に開店したものの、州内選挙を勝った州議会議員アダイッカルラージュの後援組織から宴会依頼を受けて張り切る新食堂に対して、支払いの段になって後援組織は費用を踏み倒し、抗議しに来たバヴァニたちに暴行を加えてきたのだ!
 祖父の入院費用、宴会費用の未回収分に加えて、政治組織と対立した者には金を貸せないから今までの金も24時間以内に返せとロケット・ラヴィから迫られた家族は、入院中の祖父の助言でアダイッカルラージュの腐敗を糾弾する新進気鋭の弁護士ポーンガンドランが近くに滞在していると聞かされ、助力を請いに彼を訪ねにいく事に。
 口八丁で彼の滞在先ホテルの部屋までたどり着いたバヴァニたちだったが、部屋に入って目撃したのは、椅子に座ったまま亡くなっているポーンガンドランの死体だった……!!


挿入歌 Oosi Rosy (注射針のロージー)

*プラブーデーヴァと一緒にいろんなコスプレで踊ってるのは、女優兼モデル兼TV司会者のヤシーカー・アーナンド。


 タイトルは、タミル語(*1)で「一緒に楽しく過ごそう」の意だそう。

 そのタイトルは、2022年の大ヒットタミル語映画「Beast(ビースト)」の同名挿入歌に因む。劇中タイトルでは、下に「NONSTOP NONSENSE(どこまでもナンセンスに)」と出てくる。予告編では「実話に基づく」と出てくるが、本編では冒頭に「笑いを追求した、架空の物語」と明言されている。
 当初、挿入歌作詞を担当していたM・ジャガン・カヴィラージが制作途中で降板。監督のシャクティ・チタンバラムが全歌詞の作詞を担当すると言う騒ぎが起こった映画で、カヴィラージ側は「制作上の問題のため」と説明していて、報道では監督が作詞の完成度への不満を表明して自らやり直したからと伝えられている。

 冒頭でナレーションが語る通り、社会的なテーマとか整然とした映画文法とかは傍において、徹底的にシチュエーション・話芸コメディで押し切った不条理ブラックコメディな1本。
 死体役のプラブー・デーヴァの周りで登場人物が終始右往左往する様を楽しむ映画って意味では、思い切り舞台パフォーマンス的なお話。ツッコミ不在のボケ倒し饒舌コメディもインド映画のお得意とする作りで「そうはならんやろ」の連続を楽しむ、まさに「ナンセンス」の連続。そこにノレるかノレないかで映画の楽しみ方が2分されてしまう作りではある。
 都合よく、腹話術と筆跡模倣術と「死体を生きてるように動かす」ロボット工学のスペシャリストが揃った3姉妹が「殺人容疑がかからないように」死体を隠そうと外に連れ出し、「その死体の口座から大金を引き出せるかも」と言う希望をもとに小細工に小細工を重ねてくる無駄な努力を笑うお話の悪趣味さが、悪趣味には見えないお騒がせコメディに昇華されたノリの軽い楽しさを追求したお話……と肯定的に捉えてみよう。うん。なんと言うか、全体的に鉄板コントネタで繋げた芸人映画のノリが強い。

 語り手であり主人公のバヴァニを演じたのは、1992年(1991年とも)ケーララ州カンヌール県チェールパザのマラヤーリー・シリア・キリスト教会(*2)の家に生まれたマドンナ・セバスチャン。
 エルナークラム県アンガマリーで育ち、カルナータカ州都バンガロール(現ベンガルール)の大学で商学士を取得。幼少期から古典音楽と西洋音楽の訓練を受けた歌手兼奏者として活動していて、マラヤーラム語(*3)音楽界で活躍するディーパク・デーヴやゴーピ・スンデル作曲の歌を担当。TVの音楽番組「Music Mojo」司会を務めたことをきっかけに、映画監督アルフォンス・プトゥーレンの誘いを受けてオーディションに招かれ、2015年の彼の監督作になるマラヤーラム語映画「Premam(恋)」で映画デビュー。SIIMA(国際南インド映画賞)のマラヤーラム語映画新人女優賞他にノミネートされる。同時期公開の「You Too Brutus(君もブルータスだ)」では、挿入歌"Raavukalil"の歌を担当して、バッキングを務めたロビー・エイブラハムと共にバンド"エヴァーアフター"を結成している。
 当初は役者に興味はなかったと言うものの、翌16年に「King Liar(キング・ライアー)」で主演デビュー。「Premam(恋 / *4)」でテルグ語(*5)映画デビュー。「Kadhalum Kadandhu Pogum(愛もまた過ぎ去る / *6)」でタミル語映画デビューも果たし、「Kadhalum Kadandhu Pogum」でアナンダ・ヴィカタン・シネマアワード新人女優賞を獲得。以降、マラヤーラム語、タミル語映画界を中心に南インド映画界で女優兼歌手として活躍。2021年公開作「Kotigobba 3(一億分の一 3)」でカンナダ語(*7)映画デビュー。2022年からタミル語Webシリーズ「Kaiyum Kalavum(赤い手)」に出演してWebドラマ界にも進出している。

 存在感の強い3姉妹の母チェッランマを演じたのは、1981年(1980年、1983年とも)ケーララ州都ティルヴァナンタプラム(旧トリヴァンドラム)のタミル人銀行員の家に生まれたアビラーミー(生誕名ディヴィヤー・ゴーピクマール。ゴーピクマールは父称名)。
 イングリッシュ・ハイスクールに通いながら芸能活動を開始した後、米国オハイオ州の大学に留学して心理学とコミュニケーションを修了。両親もオハイオ州に移住してヨガインストラクターを始めたため、自身もそのまま米国で就職していたことがある。
 学生時代からTV番組のキャスターを務めていて、それが縁となって映画とTVドラマへの出演オファーが集まり、1995年のアドール・ゴーパラクリシュナン監督作でNHK協賛の印日合作マラヤーラム語映画「マン・オブ・ザ・ストーリー(Kathapurushan)」に子役出演して映画デビュー。TVドラマ出演の中、芸名を1991年のタミル語映画「Gunaa」のヒロインに因み"アビラーミー"に変える。
 1999年の「Njangal Santhushtaranu(僕らは幸せ)」で主演デビュー。2000年の主演作「Vaanavil(虹)」でタミル語映画に、2001年の主演作「Thank You Subba Rao(サンキュー、スッバ・ラーオ)」でテルグ語映画に、2003年の「Laali Haadu(子守唄)」「Sri Ram(スリー・ラーム)」の2本でカンナダ語映画にそれぞれデビューする。その後、南インド映画界で大活躍するも、米国留学のため2004年のタミル語映画「Virumaandi(ヴィルマーンディ)」をもって一旦女優引退。オハイオ州にて多国籍企業のマーケティングディレクターを務めていたと言う。
 その後10年間、タミル語TV番組「Rishimoolam」の司会を務め、数本の映画で吹替を担当するのみだったものの、2014年のマラヤーラム語映画「Apothecary(薬剤師たち)」で女優復帰。2021年のタミル語映画「Maara(マーラ)」で主演復帰、2024年の「Maharaja(マハラージャ)」でSIIMA(国際南インド映画賞)の助演女優賞を獲得。以降も、タミル語映画・TV界を中心に活躍中。

 本作の監督を務めたシャクティ・チタンバラム(本名C・ディーナカラン。*8)は、1992年のタミル語映画「Kottai Vaasal(城門)」の台本ライター兼端役出演で映画界入りした人。
 その後も台本ライターを務めていく中、1997年の「Samrat / *9」で本名のC・ディーナカラン名義で監督デビュー。続く1998年の監督作「Vettu Onnu Thundu Rendu(1回切って、2つに割って)」共々興行不振を招き、2年間の空白期間を置いてシャクティ・チタンバラム名義で3作目の監督作「Ennamma Kannu」を2000年に公開させて好評を得る。この成功を受けて、同じキャストを再結集させて「Mr. Narathar」を製作するも、ほぼ完成していたにも関わらず企画凍結されお蔵入りに。以降、タミル語映画界にてヒット作とフロップ作を繰り返しながら、2002年の大ヒット監督作「Charlie Chaplin(チャーリー・チャップリン)」から作詞も、2006年の監督作「Kovai Brothers」からプロデューサー業も開始。
 2009年の監督作「Rajadhi Raja(王の中の王)」を酷評した女優スハシーニーに対して激しく非難したことがニュースで報じられている。

 死体役で動かない・瞬きしない・急に倒れるプラブー・デーヴァの演技が苦労したのか楽だったのかはさておき、死体を生きてるように振る舞わせる周りの女性たちの右往左往のチヤホヤ具合をプラブー・デーヴァ含むおじさん達が楽しんでるようにも見えてくる映画ではあるけど、ダンサーとしてあらゆる関節を「動かしまくる」プラブー・デーヴァを終始硬直させていく「動かない」演技に集中させていく楽屋落ち的な笑いは、「ヒンドゥー教徒なんですが、教会で懺悔してもいいでしょうか」と実生活ではキリスト教徒のマドンナ・セバスチャン演じる主人公に言わせてる楽屋落ち的なオチともシンクロする脚本的遊びってやつでしょか。そう言う舞台裏ネタ込みでのコメディは、その背景までわかってないと笑えない冗長さを見せてきてしまうけれど、現地でもそこまでウケてなかったと言うのは、面白くなる要素満載なのに何処かで見たような普通さでまとまっちゃった大人しさが見えてしまうせいか。まあ、所々でお話の無軌道さにツッコミを入れる話の聞き役の神父マルティン演じるヨギ・バーブの茶化しあいが、いい感じにお話の無軌道性を修正したりよりボケ倒したりと言うテンポを変則に変えたりしてるのが効果的で、最後まで飽きない笑いを提供してくれているけれど。
 まあ冒頭のナレーションが語ってる通り、コメディに突っ走る話をなんだかんだ分析するのは野暮ってもんで、「死体を、それとバレないように動かして銀行口座からお金を引き出そう」と言うトンデモシチュエーションだけで2時間以上突っ走れる映画の愛嬌そのものが、最大の武器になってる1本ですわ。



挿入歌 Irukaan Aana Illa (彼は生きて…いや死んで…いや生きている)




 


「JOG」を一言で斬る!
・プラブー・デーヴァ演じる弁護士の名前、人によって「ポーンガンドラン」になったり「プーングンドラン」になったりしてるけど……同じ音って認識なんだよね???

2026.1.30.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 マラヤーラム語を母語とする、東方典礼カトリック派キリスト教徒の集団。
*3 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*4 2015年のマラヤーラム語映画「Premam」のテルグ語リメイク作。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 2010年の韓国映画「My Dear Desperado」のリメイク作。
*7 南インド カルナータカ州の公用語。
*8 本作では名前がShakthiとクレジットされていて、ネットではSakthiとあるけど、スペル違いの同じ発音?
*9 1993年のヒンディー語映画「賭ける男(Baazigar)」のタミル語リメイク作。