インド映画夜話

Jewel Thief 1967年 186分
主演 デーヴ・アーナンド(製作も兼任) & ヴィジャヤンティマーラー
監督/脚本/台詞/編集/声の出演 ヴィジャイ・アーナンド
"まだ気づいてないの? 彼の正体に…"


ファンメイド予告編…と言うかスチルダイジェストというか。


 インド各地に出没する宝石泥棒がボンベイ(現ムンバイ)にもやって来た。
 ボンベイ警察長官は、この騒動を受けて、その職を賭して1月26日までには犯人を捕まえることを宣言する…。

 同じ頃、その警察長官の息子で類稀な宝石鑑定能力を持つヴィネイは、その能力を買われて宝石商ヴィシャンバル・ナスに雇われ彼の店で働く事となった。
 初日から客として来たヴィシャンバルの娘アンジュ(本名アンジャリ・ナス)に気に入られた彼はしかし、周囲の人々に「アマル」なる人物に間違われる事が続く。ついには、ヴィシャンバルの幼馴染アルジュン・シンの妹シャールー(本名シャーリニー・シン)から「間違えるもんですか。貴方は私の婚約者のアマルよ」と言われてアンジャリ共々困惑。人違いだと一蹴しようとするヴィネイに、兄妹は「婚約を破棄しようとして嘘を言うのか! ガントク(*1)の衆人環視の席で指輪贈呈までしたものを!!」と激昂して彼を非難し始める!!

 なんとか誤解を解いて騒ぎを沈めたヴィネイとシャールーがいつの間にか友人となっていた頃、そのシャールーの婚約指輪が盗品だったと言う警察からの知らせが!!
 一方で、アンジュとの仲直りに時間を取られて打ち合わせの時間に遅刻して来たヴィネイを見たヴィシャンバルも突如騒ぎ出す…「なんでお前がここに!? 30分前まで地下金庫で収納されているダイヤの価値を図ってもらってただろ! その後、明日の約束を取り付けて帰ったはずのお前が、なんで今までアンジュと一緒にいられるんだ!!」…時すでに遅く、ヴィシャンバルの地下金庫はすでにもぬけの殻になっていた…。


挿入歌 Hothon Mein Aisi Baat Main Dabaake Chali Aayi (もし私が全てを暴露すれば [全天は必ず落ちるだろう])

*ヒロイン シャールー演じるヴィジャヤンティマーラーが、15分の振付練習の後すぐ、リハーサルなしで踊りきったと言うダンスナンバー。


 タイトルは英語でそのまま「宝石泥棒」。1937年の同名ハリウッド映画とは別物、のはず。
 主演のデーヴ・アーナンドが設立した映画プロダクション"ナヴケータン・フィルムズ"製作のヒンディー語(*2)映画。その人気から96年には、デーヴ・アーナンド&アショク・クマールのオリジナルキャスト2人を揃えた続編「Return of Jewel Thief(リターン・オブ・ジュエル・シーフ)」も公開されている。

 正体不明の盗賊を追って多数の美女たちと2転3転していく陰謀劇を主人公が走り抜けていくと言う、「007シリーズ」か「スパイ大作戦(Mission: Impossible)」とかを彷彿とさせるサスペンス映画の傑作。
 正体不明の盗賊と瓜2つの主人公、と言う構図に「Don(ドン / 1978年ヒンディー語版)」みたいなインドお得意の1人2役映画かいな、と思ってるとお話は別の方向へと動き出し、ボンベイ、カルカッタ(現 西ベンガル州都コルカタ)、ガントクと3つの都市を股にかけた騙し合い合戦へと発展していく。ある程度、当時のハリウッドスパイ映画も意識してそうな、スタイリッシュと言うか遊びを含めた制作側の洒脱な余裕が透けて見えてくる画面の数々も楽しい。

 主人公ヴィネイ演じるデーヴ・アーナンドは、さすがに51年の「賭け(Baazi)」あたりと比べると「微妙に年取ったなあ」とは思えるけど、それでも愛嬌も存在感も増し増しで洒脱な青年役を快活に演じてくれている。
 多少、劇中のサスペンスの盛り上げが行き過ぎてる点も見える映画ながら、デーヴ・アーナンドの魅力爆発具合で「まあ、何事も動じず口先と度胸で切り抜ける彼なら、これくらいのこと余裕で解決するよネ」と安心して見てしまえる楽しさが120%増しでありますわ。

 監督を務めたヴィジャイ・アーナンド(通称ゴールディ)は、1934年英領インドのパンジャーブ州グルダースプル(*3)の弁護士の家生まれ。
 9人兄弟の末っ子で、兄に映画監督兼プロデューサーのチェータン・アーナンド、本作主演&プロデューサーの男優デーヴ・アーナンドがいて、姉シェール・カンタ・カプールはイギリス映画界でも活躍する映画監督シェーカル・カプールの母親になる、映画一族アーナンド=サーヒニー家の一員。
 6才時に母親を亡くしながらも兄弟親戚に囲まれて育ち、特に兄チェータンと義姉ウマ・アーナンド夫婦の世話になりながら、女優兼記者のウマに促されて戯曲を執筆して大学時代には演劇活動に身を投じていく。それが縁となって、54年のチェータン監督&デーヴ主演のヒンディー語映画「Taxi Driver(タクシー・ドライバー)」の原案&台本執筆で映画界入り。翌55年には、チェータン監督作「Joru Ka Bhai」で男優&主演デビューし、自ら執筆した脚本を元に57年のデーヴ主演&プロデュース作「Nau Do Gyarah(9、2、11 / 別意 逃げろ!)」で監督デビューを果たす。2作目の監督作となる60年の「Kala Bazar(闇市)」からは編集も担当。65年の「Guide(ガイド)」でフィルムフェア監督賞と台詞賞を獲得したのを始め、以降の監督作も映画賞をいくつか受賞している。その後も、監督兼脚本家兼男優として活躍し、後世のヒンディー語映画界におけるフィルムノワール演出に大きな影響を与え、兄デーヴ・アーナンドの代表作となる数々の傑作を世に贈り出している。90年代に入ってTVドラマ出演以外では映画活動から遠ざかった後、01年にインドの情報・放送省中央映画認証委員会(Central Board of Film Certification)議長に就任するも、前議長アーシャ・パーレークとの対立疑惑、映画の認証制度をめぐって政府側と対立したことに振り回され、1年経たずに辞任している。
 個人生活では、周囲の反対を無視して姪スシュマ・コーリーとの結婚を強行したことで世間的にも非難を呼ぶ騒動になったと言うものの、夫婦は生涯幸せに生活していたそう。
 2004年、ムンバイにて心臓発作により物故。享年70歳。

 007っぽい雰囲気を前面に出す、各舞台における多数のヒロイン登場もそれなりに伏線活用され、それぞれに活躍する女優の無駄遣い感も薄い……んだけど、その煽りを受けたかメインヒロインであるシャールー(*4)が中盤ほとんど出番がないのがいと悲し(*5)。
 第1の舞台ボンベイでは、裏のありそうな油断できない美女シャールーと共にダブルヒロインで登場する、正統派ヒロイン アンジャリ・ナスを演じてるベンガル人女優タヌージャも、シャールー側に負けず劣らずお美しきかな(*6)。
 第2の舞台カルカッタでは、峰不二子貼りの陰謀側の愛人としてヘレン演じる踊り子ヘレン(役名と芸名が一緒!)とファルヤール演じる踊り子ジュリーが、ボンドガールみたいな活躍を見せてくれる。出番は少ないなりにダンス以外にきっちり演技してくれるのも華やか&妖艶なり。
 第3の舞台ガントクのオリエンタルな雰囲気がアピールされる中、アマルの新たな恋人ネーナ役で出演しているアンジュ・マヘンドルは、一転して凄腕スパイ風の凄みをアピールして「チャーリーズ・エンジェル(Charlie's Angels)」にでも出てきそうな雰囲気で、スパイアクション風味をより濃厚にしてくれまする。

 その第3の舞台となるガントクのあるシッキム王国は、1975年までシッキム地方にあった王国で当時のインドから見れば外国(保護国)だった所。
 チベット、ネパール、ブータン、インドに囲まれた場所にあって、植民地時代に英国の保護国化されていた後に、インド独立と共にインドがその地位を継いで外交・防衛・通信権を握っていた状態にあったと言う。映画公開後の75年に、デモ隊と王宮軍との武力衝突にインドが軍事介入した後、議会と国民投票双方でインド併合が決定されてシッキム州になった地域である。
 その王国終焉期の63年に最後の王パルデン・トンドゥプ・ナムゲル即位によって、それまでの親インド政策から反インド・独立追及に舵を切ったのがちょうど映画の撮影〜公開頃ではなかろか? そうだとすると、劇中のシッキムの異国情緒をアピールする撮影の数々も、なかなかに大変だったんだろうなあとか色々と撮影の舞台裏を深読みしたくはなってしまうか。インドから見たシッキムへの政治的な好奇心なんかが、スタッフの思惑とは別に映画の成立に手を貸してたり…しないよねえどうかねえ。

 シッキム王宮やその財宝(*7)を狙う陰謀が、変装や情報操作、記憶操作まで駆使した大規模な計略によって進んでいく物語に、どれくらい当時のインドとシッキムの社会情勢が投影されていたのかは適当に勘ぐるくらいしかできないけど、映画そのものは特に政治色はない野放図な娯楽作で、なかなかに陰謀の正体解明までがドキドキでスリリング。解明された時点で絶体絶命だし、そこからの攻守逆転劇のスッキリ感も綺麗に物語を畳んでくれるので盛り上がり要素の連続によるワクワク展開もスンバラし。
 当時のインドが目指した洒脱な娯楽具合も分かるし、物語の引っ張り方・盛り上げ方・嘘のつき方を心得た映画文法の変幻自在さは、今でも十分通用する傑作ですわ!

挿入歌 Aasman Ke Neeche Hum Aaj Apne Peechhe (青空の下で)


受賞歴
1968 Filmfare Awards 音響デザイン賞


「JT」を一言で斬る!
・シッキムの邸宅は、絨毯どかしたらマンホールが出てくるんか!(73年のタミル語映画【Ulagam Sutrum Valiban(世界を旅するヤングスター)】に出てくる日本のお寺も、床剥がすとすぐ土だったなあ…)

2022.12.2.

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*1 シッキム王国の首都。現 北インドのシッキム州都。





*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 現パンジャーブ州グルダースプル県グルダースプル。
*4 演じるは、当時のボリウッドクイーンのヴィジャヤンティマーラー!
*5 撮影裏で、ヴィジャヤンティマーラーが監督の意図を無視して動き回って監督を困らせたと言う噂もあるらしいけど、さて…。
*6 正統派故に印象薄いけど。
*7 セット撮影丸わかりであんまリアルではないけれど。