インド映画夜話

Jazbaa 2015年 119分
主演 アイシュワリヤー・ラーイ・バッチャン(製作も兼任) & イルファン(・カーン)
監督/製作/脚本 サンジャイ・グプタ
"貴方に母親の気持ちなんかわかるもんですか。母親の力が、貴方の行く末を動かしているのに…弁護士の力ではなくね"




 刑事事件専門の弁護士アヌラーダー・ヴァルマー(通称アヌ)は、ムンバイで活躍する常勝無敗の敏腕弁護士であり、娘サナーヤーを育てるシングルマザーでもある。

 その日、サナーヤーの通う小学校の親子運動会に赴くアヌラーダーだったが、いつの間にか娘の姿が消えていた。必死の捜索中、アヌラーダーに突然の電話連絡が…「娘はあずかった。全ての警察を返して、捜索を中止させろ。私はお前を常に監視している。娘を返してほしくば、ある事件の被告の無罪を勝ち取れ…」!!
************
 犯人の指定した刑事事件裁判は以下の通り。
 数日前、23才の美大生シアが自宅で何者かに殺害され、架橋下に遺棄された。殺人と死体遺棄の容疑で、警察は過去5度の強姦暴行歴のあるニヤーズ・シェイクーを逮捕。彼の指紋は被害者宅から検出され、容疑者宅から被害者の血痕と容疑者の指紋のついた被害者の財布が発見されている。これらの証拠から法廷は容疑者の死刑を宣告。対して、ニヤーズは裁判の控訴を要求している…

 アヌラーダーは、旧知の仲でありこの事件の担当捜査官でもある不良警官ヨハンの力を借りて、このどう見ても勝ち目のない裁判に勝つ方策を模索するが…。


OP Kahaaniya (物語は [再び動き始めた])


 タイトルは、ヒンディー語(*1)で「激情」「憎悪」の意とか。
 2010年の「哀願(Guzaarish)」から、出産&育児のために女優活動を休止していたアイシュワリヤーの復帰作となる、クライム・スリラー。
 本作は、2007年の韓国映画「セブンデイズ」の正式ボリウッド・リメイク作。オーストラリアでプレミア上映されたのち、インドと同日公開でクウェート、パキスタンでも公開。

 5年ぶりにスクリーンに返って来たアイシュは、さすがに貫禄。
 しっかりきっちり主演女優を演じきり、役作りも万全。出産直後にさわがれたスタイルの変貌ぶりも感じさせず、OPでかつての美しさ(強さ?)を取り戻したのを見せつけるかのようにアピールする。実生活でも母親になった事を反映させるような劇中の母親ぶりも、まあ嫌みには見えないし、物語の重要なテーマである"母性"をインパクト大のオーラで演じきってくれるのは嬉しい。映画界に返って来た事を祝うかのように、ホコリまみれにしたり犬をけしかけたりって演技上の容赦のなさもステキ……だけどまあ、アイシュでなくてもよかったかな、って役でもあるかもしれなくもないかも。

 元の韓国映画を見てないのでなんとも言えないけど、ざっと調べた限りはお話そのものはオリジナルそのままで、そこまで大きな脚色はない模様。
 こう言うダーティサスペンスが得意な韓国映画の影響を受けて、スピーディに転がる物語展開の爽快かつ吸引力の強さはさすが。見る前にある程度「バイオレンス度高めかもしれない」と覚悟していたけども、そんな心配もいらない見やすく面白い娯楽作でしたわ。
 本作がそこまで外国映画のリメイク臭がしない風に見えるのは、「裁判劇」「母性愛の暴走」「性暴力事件」「闇組織の根回し」「復讐劇」と、インド映画が得意とする…そして大好きな…要素てんこもりな部分が、違和感なくインド的なるものにフィットしたからでしょか。
 誘拐された娘のために殺人犯の無罪を勝ち取ろうと奔走する主人公アヌラーダーと、殺された娘のために犯人の死刑を求める被害者の母親ガリーマ・チョウドリーの対決に見える、丁々発止のシークエンスの対比構造の強烈なインパクトが凄まじい。

 監督を務めるサンジャイ・グプタは、1969年ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。姪に、女優ネーハー・オーベローイがいる。
 89年の「Shehzaade」を始め、数作の助監督チーフや撮影班スタッフなどを務めたのち、香港映画「男たちの挽歌(英雄本色)」を元にした94年公開のヒンディー語映画「Aatish: Feel the Fire」で監督&脚本デビュー。監督業の他、03年のリディ・シャッティ監督作「Plan」ではプロデューサーデビューしている。06年の監督作「Zinda(生存)」以降は作詞も担当。本作でも挿入歌「Bandeyaa (愛する人よ)」の作詞を担当している。
 本作は11作目の監督作であり、7作目のプロデュース作にあたる。監督作の多くがサスペンスアクションで、外国映画をアイディア元としたものが多い監督でもある。

 これが初共演となるアイシュとイルファンは、映画の雰囲気に合わせて2人とも基本ブラックスーツで登場。照明効果で暖色の世界と寒色の世界を行き来する登場人物群の立ち位置の変化の中で、事態を作り替えていく2人の闘争と孤立具合をうまく表現してくれる。
 とは言え、挿入歌シーンやサナーヤーの失踪発覚のシーンなどなどで、多少無理を承知で劇的すぎる作りにはなっている部分もあって、インパクトある物語のわりに見終わった後に「…ふーん」と2時間ドラマを見た後と同じ読後感にはなる。まあ、母親になったアイシュをネタにするような"母は強し"な母親対母親劇のぶつかり合いこそが見ものとなるサスペンス劇ですわ。

 現代インドを騒がす、数々の凄惨な性暴力を糾弾する復讐劇でもある点も注目したい所。…って部分を色々言うとネタバレになりますけど、最後らへんにしっかりクレジットで、インドの現実を突きつける事を忘れない所はウマいと言うかなんと言うか。怒る母親像のインパクトを見せつける、女性側からの男への怒りをあらわにするシーンも、インパクトある演出である。その後に、(恋愛関係や親子関係とは関係ない所で)父性オーラを見せて来たイルファン演じるヨハンが主人公アヌラーダーと笑い合うシーンも、色んな意味が仮託されてるようで、いいねえ(*2)。

挿入歌 Aaj Raat Ka Scene (今夜はアゲていこう)

*ゲスト出演のダンサーは、デークシャー・カウシャル(これがは映画初出演らしい)。



「Jazbaa」を一言で斬る!
・ハリウッドの『ホビット』に出演してたエイダン・ターナーに似てる役者がいる!…気がする!!(弱気)

2020.5.22.

戻る

*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を、俗にボリウッドと言う。
*2 深読みのしすぎだろうけど。