インド映画夜話

ジガルタンダ (Jigarthanda) 2014年 164分(171分とも)
主演 シッダールタ & ボビー・シンハ & ラクシュミー・メーノーン
監督/脚本/原案 カールティク・スッバラージ
"映画で客を笑わせるために、監督は血の涙を流す"




 男が、バーにいる仲間たちの元を訪れた矢先「カールティクからの贈り物だ」と周りの男たちに宣言され銃撃を浴びせられ殺された。
 この話の発端は、数ヶ月前に遡る…
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 短編映画コンテスト準決勝にて、審査員の評価が二分されたカールティク・スブラマニは、落選を言い渡されながらも彼の作品を評価する審査員…映画プロデューサーのサンダル直々に「君の映画をプロデュースしよう。明日事務所に来なさい」と宣言される。
 早速サンダルを訪ねるカールティクだったが、用意した社会派なシナリオは一蹴され「新しいギャング映画が見たい」と断言されてしまい、紆余曲折の末、カールティクはマドゥライを牛耳るギャングボス"アサルト"セードゥの伝記映画を作ることを了承するしかなくなってしまった。

 マドゥライにて、大学の友人オールニと一緒にセードゥの調査取材を始めるカールティクだが、以前にもセードゥを調べていた記者が人知れず殺されたと聞いて身の危険を感じ始めるも、セードゥ一味の幹部たちにそれとなく近づいて行く過程で知り合った少女カヤル(本名カヤルヴィズィ)の母親がセードゥ邸の料理番をしていると知って、彼女からも有益な情報が得られるかもと付き合い始めて行く。
 しかし、その頃セードゥ側は抗争の激化による暗殺者を警戒して、彼の周囲を探る怪しい男たちを始末せよとの命令を下していたため、セードゥの組織内抗争の盗聴を試みていたカールティクはすぐに組織に見つかりセードゥの前に拘束されて行く。
「映画監督? 監督が俺たちに会いに来ただと?」
「信じてください…プロデューサーに言われたんです…貴方の人生を映画にするために、貴方を取材していただけなんです!」
「…なに? 映画にする? TVのリアリティショーとかでなく?」
「そう…そうです。ゴッドファーザーやスカーフェイスのような映画を作りたくて…」
「ほう……。ならお前ら、それを証明してみせろ……」


挿入歌 Ding Dong (ディン・ドン)


 タイトルは、ヒンディー語(*1)で「心を冷やすもの」の意で、タミル・ナードゥ州マドゥライ発祥の人気ミルクドリンクの商品名だそう。
 2012年に「ピザ 死霊館へのデリバリー(Pizza)」で監督デビューして数々の映画賞に輝いたカールティク・スッバラージの、それに続く2本目の監督作となるタミル語(*2)。一部批評家からは、2006年の韓国映画「A Dirty Carnival」からの影響を指摘されている。
 その大ヒットによって、2023年にはパラレルな続編「ジカルタンダ・ダブルX(Jigarthanda DoubleX)」も公開(*3)。

 2016年には同名タイトルでカンナダ語(*4)リメイク作が、2019年にはテルグ語(*5)リメイク作「Gaddalakonda Ganesh」が、2022年にはヒンディー語リメイク作「Bachchhan Paandey」も公開。
 日本では、2020年のSPACEBOX主催IMW(インディアン・ムービー・ウィーク)にて「ジガルタンダ」の邦題で上映(2021年以降も上映)。翌2021年にはIMO(インディアン・ムービー・オンライン)にて配信。2024年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)上映作に選ばれた他、東京はシネ・リーブル池袋 週末インド映画セレクション、同じシネ・リーブルの池袋インド映画祭、大阪の第七藝術劇場+扇町キネマ ゴールデンウィーク映画祭でも上映。

 野心溢れる映画監督志望の青年が、望まないギャング映画企画の取材を通して踏み込んではいけないラインを踏み込んでしまうハラハラ感を描く前半は、それこそ普通のギャング映画風に描く映画なんだけども、中盤から話は予測不可能なおかしな方向へと軌道を変え、ギャングたちの尋問を受けるカールティクによって「自分が映画で活躍するかも」と言う想像に胸踊るギャングたちの様子から、「映画」なるものの世間に対する影響力の大きさ、映画が世間に対抗する武器になり得ること、映画を通した価値の転換・顛倒の起こりうる様を痛快に、小気味好く、ユーモアを交えて描いて行く傑作。そんな物語に添えられるジャス風味の音楽もまた、物語や劇中世界に組み込まれた巧妙な仕掛けの1つか。

 もともと、本作の映画企画を映画会社に持ち込んでいたと言うカールティク・スッバラージ監督は、「新人監督にそんな野心的な映画を任せられない」と言われてホラー映画「ピザ」で監督デビューしながら、その大ヒットした興行収入で本作の制作予算を手に入れたんだそう。まるで、本作の主人公カールティク(監督と同じ名前!)の野心のために危険なギャング取材をも辞さない覚悟と行動力は、監督自身の経験から生まれたかのような構図が見えて来てしまう本作の「現実VS映画」のシンクロ具合や顛倒具合は、様々に仕掛けられた映画的演出の工夫そのものが、現実を変えるかもしれない強さを持っていることをアピールするようでもある。自分が映画の題材になると知って大喜びするギャング一味や、「俺が主演するんだ」と言ってカールティクやプロデューサーを呆れさせるセードゥの傍若無人さなんかも、ままならない映画制作現場の混乱や、想定外の観客からの反響そのものを仮託しているかのよう。映画企画そのものがどんどん迷走し、監督もプロデューサーも役者自身も映画の全体を理解しないまま、その価値の転倒によって思わぬところから映画の反響を知ったり感じたり、自分自身のあり方そのものまで映画の影響を受けて変えられたりする、映画をめぐる人間の右往左往ぶりが可笑しくも哀しく、時に麗しい。

 なんと言っても、インドにおける映画の影響力の大きさを体現するセードゥの身の変わり方を飄々と演じきったボビー・シンハーの迫力と八面六臂な活躍は見もの。「バンガロール・デイズ(Bangalore Naatkal)」でのほほん純朴青年演じてた人と同じ人とは思えんわあ。
 劇中でも劇中映画の主役は「ヴィジャイ・セートゥパティがいい」とか言ってたけれど、実際にセードゥ役は最初はセートゥパティにオファーしていたんだそう。それを踏まえてか、セードゥの語る若かりし時の思い出映像で青年セードゥを演じていたのがセートゥパティその人なんだから、映画の仕掛けにグルグル巻き取られて行くようデスワ(*6)。

 ヒロイン カヤルを演じていたのは、1996年ケーララ州コーチ生まれのラクシュミー・メーノーン(*7)。
 父親はドバイで活躍する芸術家で、母親はコーチで活動するダンス教師。
 8年生当時、モデル業の傍ら古典舞踊バラタナティヤムのダンサーとしてTV出演して、それを見たマラヤーラム語(*8)映画監督ヴィナヤンに後にオファーされ、2011年の彼の監督作「Raghuvinte Swantham Rasiya」に出演して女優デビュー。翌22年の「Ideal Couple」で主演デビューする。その後プラブー・ソロモン監督作の同年のタミル語映画「Kumki(象芸)」に主役級で起用されるが、その後に出演した「Sundarapandian(スンダラパンディヤン)」の方が先に公開されて、こちらでタミル語映画デビュー(声は別人の吹替)となってフィルムフェア・サウス新人女優賞を始めた多数の映画賞を獲得。「Kumki」の方もタミル・ナードゥ州映画賞の女優賞他を獲得し、一気にスターダムへと昇って行く。
 以降、タミル語映画を中心に活躍中。2013年には、テルグ語・マラヤーラム語同時制作映画「Naa Bangaaru Talli(僕の黄金の彼女 / *9)」に出演してテルグ語映画界にもデビューしている。

 暴力で現実を変えるギャング達が、作り物の現実を創って行く映画に傾倒することで現実以上のスター性を獲得して行くだけでなく、ギャング側からの無茶な要求(*10)によって監督もプロデューサーも望んでいない方向へ話は転んで行き、「観客を笑わせたければ、監督が泣かなければならない」という格言を受け取ったカールティクが仕掛ける撮影・編集マジックが起こす奇跡……すなわち映画が現実を変えて行くことすらも可能にする。そこには、仕掛けたカールティク自身も巻き込まれていって彼の求めていた道とは異なる第2のセードゥの誕生をも見せられる(予感させられている?)観客もまた、映画の仕掛けに自ら望んで組み込まれて行くよう。ああ、映画って本当に…恐ろしいものですね。ではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。



挿入歌 Baby (ベイビー)




受賞歴
2015 Filmfare Awards South 助演男優賞(ボビー・シンハ)
2015 National Film Awards 助演男優賞(ボビー・シンハ)・編集賞(ヴィヴェーク・ハルシャン)
2015 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 助演男優賞(ボビー・シンハ)
2015 Ananda Vikatan Cinema Awards 音楽監督賞(サントーシュ・ナラヤーナン)・撮影賞(ゲイブミック・U・アリィ)
2015 Edison Awards 悪役賞(ボビー・シンハ)
2015 ノルウェー Norway Tamil Film Festival 主演男優賞(シッダールタ)・男優演技賞(ボビー・シンハ)・編集賞(ヴィヴェーク・ハルシャン)・音楽監督賞(サントーシュ・ナラヤーナン)
2015 Vijay Awards 監督賞(カールティク・スッバラージ)・悪役賞(ボビー・シンハ)
2017 Tamil Nadu State Film Awards 特別男優賞(ボビー・シンハ)・撮影賞(ゲイブミック・U・アリィ)・編集賞(ヴィヴェーク・ハルシャン)・BGM賞(サントーシュ・ナラヤーナン)


「ジガルタンダ」を一言で斬る!
・監督もプロデューサーも俳優も、映画を思い通りに動かせないのに、ホント映画って誰の意思で動いてくもんなんだろうねえ…?

2025.11.15.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*3 こちらは日本でも一般公開された。
*4 南インド カルナータカ州の公用語。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 あれは、カールティクの妄想自作映画映像なのか、あるいはセードゥの思い出補正の姿なのか、あるいは…?
*7 バンガロール出身の同名モデルとは別人。
*8 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*9 マラヤーラム語タイトル「Ente(私のもの)」。
*10 そもそも、スタートから無茶な要求だけれど。