インド映画夜話

Joker 2016年 130分
主演 グル・ソマスンダラム & ラムヤー・パンディヤン & ガヤトリー・クリシュナー
監督/脚本 ラジュー・ムルガン
"本当のジョーカーは、誰?"




 タミル・ナードゥ州ダルマプリ県の農村には、自称"インド大統領"を名乗る男マンナル・マンナンがいた。

 SNSを通して村の社会問題や労働問題、環境問題を告発し、抗議活動と称して亀を会社オフィスに放つ等の問題行動で役所を困らせるマンナンは有名人ながら、本人は真面目にインド社会を改革しようと奮闘しているつもり。その政治パフォーマンスに、毎日警察、病院、市役所、裁判所などが巻き込まれては、TVやネットを騒がせていく。しかし、彼のやる気に反して事態はなかなか改善されず、彼の起こす訴訟も彼の思う正義を執行してはくれない。
 ある晩、自宅にてマンナンは農地開発中の事故の裁判判決への怒りから、ついに1ヶ月間の軍事政権執行を決定する…「私は、できるだけ早く貴方を幸せにする。最高裁の決定が間違っているのなら、私自身が全てを管理してやる」!!


挿入歌 Mannar Mannan Theme (マンナル・マンナンのテーマ)


 脚本家兼ジャーナリスト兼映画監督の、ラジュー・ムルガンの2本目の監督作となるタミル語(*1)映画。
 2019年の同名ハリウッド映画、2012年の同名ヒンディー語(*2)映画などは全て別物。

 強烈な社会風刺に彩られたユーモア劇な映画で、前半の「Mr. ビーン(Mr. Bean)」的なコメディが中盤以降ガラッと変わる笑えない背景を暴露していく映画構成が秀逸。
 映画冒頭に、自称大統領の主人公マンナルのボロボロの家の入口〜自室〜中庭の崩落しているトイレへとゆっくりと移動するカメラの長回しショットが、中盤以降のマンナルの過去を描く一連の事件にてそれぞれの背景となる印象的な空間として登場し、そのワンカット演出が別の意味を持ち始める不穏さもスゴい。

 農村の人々の個人的な悩みや苦悩、政治家やお役所への文句を代弁し、社会改革を謳う主人公マンナンの頑なさ、彼と協力して政治運動を行う秘書のイサイやポンノンジャルの頑固さ・生真面目さも、映画の前半はただただコミカルにしか見えないのに対して、後半に徐々にその背景が匂わされていくと(*3)それぞれの一個人が抱えるインド社会への半端ない絶望具合がトンデモなく効果的に伝わってくる凄まじさ。
 そのインドが抱える闇…役所から警察から裁判からの腐敗、クリーンインディア政策の名の下に行われる現場無視の命令系統、権力者重視のために抑圧されていく庶民、"死ぬ自由"さえ認めない世間…が何重にも重なり続けて主人公に襲いかかる解決不能な絶望的状況にもかかわらず、「ただ運が悪かっただけ」で処理されてしまう世間の無関心さにこそその原因があると糾弾する映画はさらに、その無関心さを攻撃しようとするマンナンたちがただの道化にしかならない現実をも冷徹に描いていく。そのアンビバレンツ、コメディ劇として楽しめてしまう映画構造そのものが既に何重にも皮肉的で効果的。

 監督を務めたラジュー・ムルガンは、ライター兼ジャーナリスト兼映画監督。
 いくつかの著作を刊行しつつ、タミル語映画界で活躍する監督N・リングサミィの助手を務めて映画界入り。14年に「Cuckoo」で監督&脚本デビュー(*4)して、ヴィジャイ・アワード注目作・オブ・ジ・イヤー賞を獲得。
 16年の「Thozha(道連れ / テルグ語映画「Oopiri」の同時制作タミル版)」の台詞担当を挟んだのち、2本目の監督作となる本作でも多数の映画賞を獲得して注目される。以降もライター兼監督としてタミル語圏で活躍中。

 主人公マンナルを演じたのは男優グル・ソマスンダラム。
 02年からタミルの劇団コートゥ・P・パッタライで活躍する中で、映画監督ティアガラジャン・クマララージャと知り合い、11年のクマララージャ監督作カンナダ語(*5)映画「Aaranya Kaandam(アニマ&ペルソナ)」で映画デビュー。続く13年の「Kadal(海)」でタミル語映画デビューして、同年のオムニバス映画「5 Sundarikal(美しき5人の女性)」の一編「Sethulakshmi」に出演してマラヤーラム語(*6)映画デビュー。15年のオムニバス・タミル語映画「Bench Talkies - The First Bench」の1編「The Lost Paradise」で主演デビューとなった。
 本作でビハインドウッド・ゴールド・メダル主演男優賞を獲得。以降も、主にタミル語映画界で活躍している。

 ヒンディー語映画「Toilet: Ek Prem Katha(トイレット -ある愛のお話-)」でも取り上げられたインド庶民の家に用意されないトイレ問題、「哀願(Guzaarish)」でも描かれた自殺(または延命措置の拒否)の可否問題が、さらに深刻な形で、さらに絶望的な状況で描かれる本作。絶望が強ければ強いほど、人の有様は道化としてのジョーカーとなり、社会の有様はハズレ札としてのジョーカーの姿を見せていく。本当の道化は誰なのか、本当に哀れなのは誰なのか、ジョーカー自身にだって答えられないかもしれない問いに答えてくれる存在は、どこにいるのやら…。

挿入歌 Ennanga Sir Unga Sattam (先生、貴方の従うこの法律はなんなのですか?)


受賞歴
2016 Chennai International Film Festival 作品賞
2016 Ananda Vikatan Cinema Awards プロダクション賞
2016 Ananda Vikatan Awards 台詞賞

2017 ノルウェー Norway Tamil Film Festival 作品賞
2017 Zee Cine Awards タミル語映画作品賞
2017 National Film Awards タミル語映画注目作品賞・男性プレイバックシンガー賞
2017 Behindwoods Gold Medal 作品賞・主演男優賞・台本ライター賞
2017 Filmfare Awards South 作品賞・男性プレイバックシンガー賞


「Joker」を一言で斬る!
・政治家のポスターに、躊躇なく人気映画ポスターのパクリを使うインド人の強さよ…(そして、それを見つけては切り刻むマンナルの躊躇のなさに隠された、インド社会への絶望具合よ…)。

2022.6.24.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 決して詳細に語られたりはしないけど。
*4 さらに本人役で出演していて、リングサミィ監督もカメオ出演させている。
*5 南インド カルナータカ州の公用語。
*6 南インド ケーララ州の公用語。