インド映画夜話

KGF: Chapter 1 2018年 155分
主演 ヤシュ & シュリーニディ・シェッティ
監督/脚本 プラシャーント・ニール
"ムンバイの下町から…血塗られた金鉱山へ"
"我らが救世主は、来たれり"




 1981年。インド首相直々の署名が発布された…「彼に関する一切の記録を残してはならない。国家の名において、彼と彼の王国の全てを抹殺することを認める!」

 時は流れ、2018年のベンガルール。
 TVレポーターのディーパ・ヘーグデーは、未曾有の特ダネと聞かされて、発禁処分になって焚書されたはずの実録記「エル・ドラド(黄金峡)」の唯一現存する1冊を渡され、その著者アナンド・インガラギへの取材の席に連れてこられた。
 「この御本の内容は、にわかには信じられません…。貴方が取材したこの本の主人公…ロッキーなる人物は、本当に存在したのですか?」
 それに対し、アナンドは語り始める…国も歴史もが"無かった事"にしようとした真実の物語を…。

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 物語の始まりは1951年。マイソール州(*1)南部で発見された金鉱石から、巨大な金鉱脈が発見された。この土地の99年間の地権を買い取った男スーリヤワルダンは、石灰石採掘を名目に違法な金採掘を拡大。その莫大な経済力を使って2万人の奴隷を意のままに操り、仲間たちと共に自らの帝国"ナラチ鉱山会社・KGF(コーラーラ金鉱地域)"を作り上げる。
 同じ頃同じ州内にて、極貧家庭にラージャ・クリシュナッパ・バイリヤが生まれていた。長じて、たった独りで自分を育てた母親シャンタマから「どう生きようと、お母さんは気にしない。でも、死ぬ時は支配者であれ。富を抱く者となれ」という遺言を受け取り、ムンバイに流れ着いてギャング"ロッキー"として頭角を現していく。

 そして1978年。さらなる頂点を目指す彼は、ボンベイマフィアたちからKGFの次期当主に任命予定というガルダ(スーリヤワルダンの息子。KGFを支配する5人の要人の1人)暗殺を請け負い、バンガロール(現カルナータカ州都ベンガルール)に旅立つが、バンガロールはバンガロールでマフィアボス ラージェンドラ・デーサーイの支配する危険地帯になっていた。ロッキーはそこで、デーサーイの娘リナに一目惚れしてしまい…!!


挿入歌 Salaam Rocky Bhai


 タイトルは、映画後半の主な舞台となる「コーラーラ金鉱山地域(Kolar Gold Fields)」のイニシャル。
 カルナータカ州最東端コーラーラ県に実在する金鉱山で、略称も同じものが使われているものの、劇中舞台は史実と関係ない架空の地域として登場する。

 14年の「Ugramm(烈火のごとく)」で監督デビューして大きな話題となった、プラシャーント・ニールの2作目の監督作で、2部作映画の第1作となるカンナダ語(*2)映画。後編となる「KGF: Chapter 2」が、2022年に公開されている。
 80カロール(=8億ルピー)もの史上最高予算で製作されたカンナダ語映画であり、公開翌日にはテルグ語(*3)吹替版、タミル語(*4)吹替版、マラヤーラム語(*5)吹替版、ヒンディー語(*6)吹替版も公開され、250カロール(=25億ルピー)を越えるカンナダ語映画史上最高興行収入を記録した。

 インド本国より1日早くカナダ、米国で公開が始まり、インドと同日公開で英国でも一般公開が始まったよう。その後、世界中で公開される中、日本では2023年に続編の「KGF: Chapter 2」と一緒に一般公開。2024年にはBS12にて放送もされている。

 本作監督プラシャーント・ニールの、監督デビュー作「Ugramm」と同じコーラーラ鉱山を舞台とするギャング抗争映画ながら、その規模を圧倒的に増幅させ、主人公のギャングスター ロッキーの英雄的人生の栄枯盛衰をこれでもかと派手派手に見せていくそのパワーたるや、まさに規格外。
 前半は、監督前作を受け継ぐような寡黙なギャングスターの金と力を求めて前進し続けるギャングアクション。後半は、KGFを舞台として荒廃しまくった鉱山の奴隷たちの凄まじい生活を描く、「マッドマックス(Mad Max)」シリーズみたいなヴィジュアルの中で奴隷たちを救済する絶対者へと変貌し、民衆の反乱を誘発させてマフィアたちの帝国を自らの物にしてしまう下克上リベンジムービーに成り代わっていく。

 基本的にギャングもの映画に興味ない自分としては、派手派手スーツに金アクセサリーでカッコつけられても画面的に綺麗に見えるものがないなあ、とか思ってしまうし、お話を支配するおっさんたちの美学が「だからおっさんはヤなんだよ」とか思ってしまう側にいるがために、そこに描かれているものに関心を抱きにくいんだけど、この映画もまさにそんな映像要素で300%くらい満ち満ちて描かれているってのに、その決めシーンへ到る感情的タメと解放のバランス、問答無用で見てる側をひれ伏させる1枚絵としての強さ、なによりも映画館を出た後にジワジワと効いてくる音楽の中毒度激高めなインパクトが、見てる間中何度となくこちらに押し寄せて映像的快感を盛り上げてくれるために、最終的には「ハハァ〜」と映画そのものにひれ伏してしまいたくなる強靭さに屈服してしまいますわ。
 「金持ちになるために」映画界に入ってきたと言うプラシャーント・ニール監督の、「売れる映画」研究の神髄がどんどこ盛り込まれているって意味では、監督の生き様が投影されているようでもあり、ある意味で娯楽映画の教科書的に注目してもいい素材のようでもあり(洗脳されたお客目線)。まあ、そうは言ってもそこに描かれる情報の洪水と主人公中心の物語世界観のあり方なんかは、インドのマサーラー映画文法に慣れた感覚ありきで構成された、マサーラーファンのための映画ではあるんだろうけど。

 実在の鉱山名をタイトルに持ってきながら、その舞台はあくまで架空と言う本作。
 国の中に別の王国を作って非道の限りを尽くすギャングボスの悪魔っぷりに「ラーマーヤナ」のランカー島オマージュを見て取るのも可能なんだろうけど、絶世の美女であるヒロイン リナは非道のマフィア側の人間で、そこに潜入してカーリー女神の目の前で殺し屋たちをボコボコにしまくる主人公がその王国を乗っ取ってしまう側にいるのなんかは、叙事詩オマージュ的な構造を意識すると色々と深読みしたくなる部分でもあるか(せんでもいい)
 当時の世界情勢によるインドの違法金融界の隆盛がどれくらい事実の反映なのかは知らないけれど、インドの裏世界の抗争を描くにあたって、インド各地のギャングたちがそれぞれの言語圏で登場し、ヒンドゥー、ムスリム、クリスチャンの区別なくギャング団の中で殺し合い、搾取され、それぞれに騙し合いを行っているインド的多様性も注目どころか。インド映画1本見て「ナショナリズムが強い」とか「ヒンドゥー中心主義的だ」と断言するよりも、本作のような映画もあると知る事でまた違うインドの混沌具合、社会構造の複雑怪奇さも認識しておいたほうがいいのかも…しれなくもないかも(弱気)。ま、こんなにも良心が踏みにじられ利用させられ、他人が信用できない庶民生活ってのも恐ろしさ満載で、やっぱギャング映画って見ていてキツイよう…とか思ってしまう甘ちゃんな私ではありますが。

 絵面としては、映画後半の鉱山の禿山世界の世紀末風景に、一種ディストピアな退廃の美を見てしまう自分もいて、それでいいのか自分とツッコみたくはなるけれど、そこにさらに畳み掛けるロッキーの救世主的活躍を前にして、そんな1人の人間をそこまで英雄視しまくって絶対視してええんかいな、と言う疑問が頭の中に渦巻いてくるにも関わらずディーラディーラ叫んでしまいたくなる映画の魔法が、マジ怖楽しい。マジヤバ最強でありますよ。
 ホント、人の声による多重音階の響きのなんと心地よい事よ。脚本・演出の構成の妙と共に…より以上に音楽監督ラヴィ・バスルールの歌・音の醸し出す快感具合は、マジ癖になりますわ。映像を盛り上げるために音楽があるのか、音楽を盛り上げるために映像が構築されているのか、どっちがどっちかわからなくなる祝祭的歓喜の渦をここまで表現してくれるなんて、ロックだねえ、ロッキー・バーイ。ロックだねえ、ロッキング・スター…ああ、石を投げないデー!



挿入歌 Dheera Dheera




受賞歴
2018 Karnataka State Film Awards 音楽監督賞(ラヴィ・バスルール)・美術監督賞(シヴァ・クマール・K)
2019 Zee Kannada Hemmeya Kanndiga Awards 作品賞・監督賞・主演男優賞(ヤシュ)・撮影賞(ブーヴァン・ゴウダ)・音楽監督賞(ラヴィ・バスルール)・悪役賞(ラーマチャンドラ・ラージュー)・作詞賞(V・ナーゲンドラ・プラサード)・ボイス・オブ・ジ・イヤー賞(ヴィジャイ・プラカーシュ)
2019 National Film Awards 特殊効果賞(Unifi Media)・スタント振付賞(ヴィクラム・モア & アンバリヴ)
2019 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 作品賞・主演男優賞(ヤシュ)・パンタロンスタイル・男性アイコン・オブ・ジ・イヤー賞(ヤシュ)・監督賞・助演女優賞(アルチャナー・ジョーイス)・撮影賞(ブーヴァン・ゴウダ)・音楽賞(ラヴィ・バスルール)・助演男優賞(アチユト・クマール)・男性プレイバックシンガー賞(ヴィジャイ・プラカーシュ)
2019 Filmfare Awards South カンナダ語映画作品賞・カンナダ語映画主演男優賞(ヤシュ)


「KGF: Chapter 1」を一言で斬る!
・道歩いてるだけで、偉い人の手下しばかれて流血沙汰になりかねないバンガロール怖い! 夢が叶う街バンガロール・デイズは何処に…。

2023.11.3.
2024.4.6.追記

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*1 別名オールド・マイソールとも。インド独立後、マイソール王国の名前を継承して1947〜1956年まで存在した州。史実では、51年当時は自治領で現カルナータカ州南部+その周辺域を領土としていた。




*2 南インド カルナータカ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*5 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。