インド映画夜話

わが人生3つの失敗 (Kai Po Che!) 2013年 126分
主演 ラージ・クマール(・ラーオ) & アミット・サダー & スシャーント・シン・ラージプート
監督/脚色 アビシェーク・カプール
"大切な物事は、…そう簡単には成就しない"




 その日、若手アスリート支援活動のプレゼンを終えたゴーヴィンド・パテール(通称ゴヴィ)は、刑期を終えて出所する友人オームカル・シャーストリー(通称オーミー)を迎えにいっていた。
「…それで、イシャーンは来ないのか?」
「…スタジアムで会えるさ」

 その10年前の、2000年3月。
 グジャラート州アフマダーバードに住む3人の親友…スポーツ用品店起業を目指すゴヴィ、元県代表のクリケット選手のイシャーン・バット(通称イシュ)、僧職の父の跡を継ぎたくないオーミー…は、地元ヒンドゥー政党とも繋がるシャーストリー家から借金して、寺院の土地の一角を借りてクリケット用品店兼学習塾を開業する。
 イスラーム地区に住む天才児アリーと言う有望選手を見つけたイシャーンは、クリケット教室に熱を入れ始め、建設中のショッピングモール内出店を準備するゴヴィはシャーストリー家の財力を頼りにしつつイシャーンの妹ヴィディヤーとの仲を縮めていく。オーミーは、スポンサーになってくれた伯父から地元政党を手助けするよう言われていて…。
 徐々に3人の人生が軌道に乗り始めたと思えた矢先の2001年1月26日、グジャラートに巨大地震が発生する…!!


挿入歌 Shubhaarambh


 タイトルは、グジャラート語(*1)で、闘凧での相手の凧の糸を切った時の勝どきのセリフ、だそう。
 劇中、グジャラート名物カイト・フェスティバル(*2)にて、主人公たちが闘凧で相手の凧の糸を切って叫んでいるシーンがある。

 「きっと、うまくいく(3 idiots)」の原作者チェータン・バガットの小説「The 3 Mistakes of My Life」のヒンディー語(*3)映画化作(*4)。
 ベルリン国際映画祭でプレミア上映されたのち、インド公開と同日に英国、ニュージーランド、シンガポールでも公開。日本では、2013年の大阪アジアン映画祭にて上映されている。

 グジャラート州アフマダーバードを舞台に、3人の親友それぞれの生き様を通して00年〜10年のグジャラート州で起きた実際の事件を交えて、それらに翻弄される人々の激変ぶりを描く一本。
 青年主人公3人の、ゆるやかな成長劇を描く前半が、すでに後半の混乱の極みとなる凄惨なグジャラート暴動の恐怖へのカウントダウンとして機能していく脚本構成がニクい。
 ヒンドゥー教徒である主人公たちが、クリケットビジネスを通して宗教・階級・生活格差などの垣根を越えて様々な人々と交流していく日常が、震災や選挙運動の中で狂い始め、些細な違いを解消できないまま衝突していくことを止められない、理想が潰えていく有様を描き出していく哀しさよ。

 ビジネスを追求するゴヴィ、クリケット狂でそのために宗派対立も無視する体育会系のイシュ、ヒンドゥー寺院に生まれ親戚がヒンドゥー主義政党を運営する環境に育ったオーミー。それぞれに特徴的な人物像を描きつつ、協力して自分たち自身の力で生きていく道を模索する3人が、現代史の流れの中で望むと望まぬとに関わらずそれぞれに対立構造の中に取り込まれていく姿が儚く、それでもなおそれぞれの得意分野(ビジネスやスポーツ)の中にそういった対立を越えていけるかもしれない希望も垣間見せていくよう。

 監督を務めたアビシェーク・カプールは、1971年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。
 母親は映画スター ジーテンドラの妹(姉?)で、親戚に男優トゥーシャル・カプール、プロデューサーのエクター・カプールがいる。
 俳優活動を始めようとした当初、いくつか出演契約した映画が製作中止になってしまう中、95年の「Aashique Mastane」で正式に映画俳優デビューし、「Uff! Yeh Mohabbat」で主演デビューを果たす。その後、06年のボクシングをテーマにしたヒンディー語映画「Aryan: Unbreakable」で監督&脚本デビューし、続く08年の監督作「Rock On!!」が大ヒット。ナショナル・フィルムアワードの注目ヒンディー語映画賞他を獲得し、一躍ヒットメーカーに。本作はこの次となる3本目の監督作。続く4本目の監督作「Fitoor(狂気)」ではプロデューサーデビューもしていて、以降も監督兼脚本家として活躍中。

 クリケット狂のイシュを演じるのは、1986年ビハール州パトナに生まれたスシャーント・シン・ラージプート。
 02年に母親を亡くしてデリーに移住。機会工学を専攻して優秀な成績を納めるも、ダンスと演技の授業に感化されて俳優の道を志し、大学を中退してダンサーとして活躍。ムンバイの劇団に参加して舞台俳優として活躍した事をきっかけに、CMやTV映画、TVドラマシリーズに出演して数々のTV賞を獲得。本作で劇場公開作デビューし、スクリーン・アワードの新人男優賞他を獲得する。
 その後もヒンディー語映画界で活躍。日本公開作「PK」や、スクリーン・アワード批評家選出主演男優賞を獲得した「M・S・ドーニー ~語られざる物語~(M.S Dhoni: The Untold Story)」などで活躍の場を広げていたものの、2020年に自宅にて自殺しているところを発見される。享年34歳。

 政治運動に身を投じるオーミーを演じるのは、1983年デリー生まれパンジャーブ州育ちのアミット・サダー。
 21才の頃にムンバイに移住して「Kyun Hota Hai Pyarrr」他のTVドラマシリーズでの活躍を経て、10年のヒンディー語ホラー映画「Phoonk 2」で劇場公開作デビュー。本作で主役級デビューとなる。その後も、ヒンディー語映画界・TV界で活躍中。

 セピア色調で描かれる青春時代の回想で描かれる本編は、01年に起きたインド西部地震(*5)、同年の「イーデン・ガーデンの奇跡(*6)」の熱狂を通して、3人の友情の亀裂・和解を描きながら、その間に進行していた宗教対立が火を吹く02年のグジャラート暴動の悲劇へと突っ走っていく。
 冒頭の、10年後のゴヴィとオーミーの姿に安心していたこちらの思惑が、その不穏な友情劇の崩壊に対する効果的な伏線として機能していくところもステキ。ある程度緩やかな劇進行は、同じくグジャラート暴動をテーマにする08年の「Firaaq(分断)」よりはのんびりとした朝ドラのような展開ではあるか(*7)。

 ただ、これを見てると突然起きたかのようなグジャラート暴動も、その前段階…もしかしたら地震以前の分離独立闘争やそれ以前の時代からの対立意識と言った歴史そのもの…からすでに憎悪の連鎖が始まっていて、いまだに安定しないインド社会の理不尽なまでの生活格差故に、それが定期的に爆発してしまうのではないか…とすら思えてきてしまう。
 ラストの、クリケットスタジアムでの光景が、その解決の道の依然とした遠い現実に対するある種の希望なり光明のように見えてくれているのが救いではあるけれど、大きな時代の流れに対して個人それぞれに立ち向かうさまの無力さ・儚さと、その希望につながるかもしれない日常の幸福感が、地味でありつつ印象的に見えてくる一本。

挿入歌 Meethi Boliyaan


受賞歴
2013 South Africa India Film and Television Awards 監督・オブ・ジ・イヤー賞
2014 Apsara Film Producers Guild Awards 男優デビュー賞(スシャーント・シン・ラージプート)
2014 Filmfare Awards 脚本賞(アビシェーク・カプール & チェータン・バーガト & プバーリー・チャウドゥリー & スプラティク・セーン)・BGM賞(ヒテーシュ・ソーニク)
2014 Global Indian Music Awards 作詞賞(スワナンド・キールキレー)
2014 IBNLive Movie Awards 脚本賞(アビシェーク・カプール & チェータン・バーガト & プバーリー・チャウドゥリー & スプラティク・セーン)
2014 Zee Cine Awards 助演男優賞(ラージクマール・ラーオ)・原案賞(アビシェーク・カプール & チェータン・バーガト & プバーリー・チャウドゥリー & スプラティク・セーン)


「わが人生3つの失敗」を一言で斬る!
・"3つの失敗"をどう数えるか、ってのもあるかもだけど、3人の主人公、ビジネスやスポーツ、政治という3つの世界、劇中で語られる3つの歴史的事件…と、3にまつわる物事を探すのも…一興?(余計すぎる深読み)

2020.6.26.

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*1 北西インド グジャラート州とダマン・ディーウ連邦直轄領、ダードラー及びナガル・ハヴェーリー連邦直轄領の公用語。
*2 アーメダバードを中心に行われる春を祝う凧上げ祭り。1日に上がる凧の数では、インド最大のお祭りだそう。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 劇中、チェータン・バガットの息子が、クリケット店にやってくる母子の子供役で出演してるんだってさ。
*5 グジャラート州カッチ県で発生。M7.7。インド政府発表によれば死者2万人に達し、早急な復興支援が仇となって違法建築や地元ギャングの勢力拡大などが多発したとか。
*6 当時世界最強と謳われたオーストラリアと、インドのクリケット・テストマッチで、インドが劇的な逆転勝利を果たした歴史的試合。
*7 ラストに宗教暴動を持ってくる所は、09年の「デリー6(Delhi-6)」に近い?