インド映画夜話

カルキ 2898-AD (Kalki 2898 AD) 2024年 168分(181分とも)
主演 アミターブ・バッチャン & プラバース & ディーピカ・パドゥコーン
監督/脚本 ナーグ・アシュウィン
"6000年の宿命が、動き出すー。"




 遥か古代。クルクシェートラの戦いの果てー
 パーンダヴァ一族の血統を根絶やしにするため胎児を手にかけたアシュヴァッターマンは、その罪ゆえにクリシュナ神から不死の呪いを受け、次なるユガ(=末法の世カリ・ユガ)の最後に生まれるであろうヴィシュヌ神の化身カルキを守るまで、人間の堕落と絶望を見続けるよう誓言された。
 物語は、それから6000年後。西暦2898年から始まるー

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 地上最後の都市カーシー。
 そこは200年もの間この都市を支配する神王スプリーム・ヤスキンの名の下、謎の計画"プロジェクトK"が実施されていた。生きる糧を求めて各地から集まって来る人々のうち、妊娠可能な女性は浮遊要塞コンプレックスへと連れて行かれる。人工授精させられた後、胎児から抽出される血清を製造するために…。
 この都市にやって来た少女ライアは、ヤスキン配下の親衛隊レイダースの手を逃れてシャンバラの民率いる反乱軍の指導者の1人ルーミーと出会うも、親衛隊の追跡は激しく、ルーミーと彼らが匿っていた「神の母」候補の女性ディヴィヤは処刑されてしまった。しかし、そのルーミーの仲間達を追う親衛隊の前に、賞金稼ぎバイラヴァが現れて、追手を一網打尽にしてしまう!

 一方、コンプレックス内のラボにて妊婦たちの世話をする妊娠検査陰性の女性たちの中にいたSU-M80は、陰性であるにも関わらず自分が妊娠した事を隠していた。コンプレックスが探す、150日間もの妊娠期間を経た胎児が彼女の中に存在する事を知られればどうなるかもわからない事から、なんとかコンプレックス脱出を図ろうとするのだが…!


プロモ映像 Bhairava Anthem


 タイトルは、劇中の人々が待望する未来の救世主の赤ん坊の名前。
 ヒンドゥー教において、ヴィシュヌ神の最後の化身として宇宙の最後期に現れ、宇宙に満ちる悪を全て滅ぼして新たな黄金時代を到来させる救世主の名前として伝えられるもの。

 ヒンドゥー叙事詩をネタ元に、ディストピアSFに仕上げたカルキ・シネマティック・ユニバースの第1作。
 世界中で公開される中、日本では2025年に一般公開された。

 冒頭から叙事詩マハーバーラタの最終決戦の様子が描かれ、ヒンドゥー神話がそのまま未来のディストピア世界にまで受け継がれて行く事を描くヒンドゥー万歳物語の様相を呈する映画ではあるけれど、その世界観は「スター・ウォーズ(Star Wars)」や「ブレードランナー(Blade Runner)」「マッドマックス(Mad Max)」を彷彿とさせる仕上がり。特に、倫理無視な世界設定や、アウトローな主人公と特定集団との追跡劇なんかは、「マッドマックス 怒りのデス・ロード(Mad Max: Fury Road)」と同じ映画構造を狙っている…のだろかどうだろか。そのヴィジュアルの作り込み具合や、インドに世界最後の都市が築かれている絵作りなんかは、本作の前年公開作ヒンディー語(*1)映画「Ganapath(ガナパティ)」とも共鳴するかのよう。インド映画界も、ついにディストピア世界に興味を持つようになって来た…の?(*2)

 世界の作り込みに気合の入った仕事ぶりを見せる本作は、派手なアクションや壮大な因縁物語を紡ぎ出す仕掛けをちりばめつつ、前面に出して来るのがアウトロー主人公バイラヴァのしたたかさと、楽屋オチ的な各インド言語圏の映画スターたちの無駄遣い的な登場シーンによるサービス精神という所に、インド映画的娯楽のありようが見え隠れする。
 北インドはヒンディー語映画界の伝説的映画スター アミターブ・バッチャンを叙事詩の悪役である不死者アシュヴァッターマンに配し、ヒロイン SU-M80ことスマティ役にやはりヒンディー語映画界のトップスター ディーピカ・パドゥコーンを持って来るのも豪華すぎるキャスティング。ディーピカは、2022年の「ブラフマーストラ(Brahmāstra)」に続いての運命の母親役…になるのかどうなのか。これから母親役も多くなって行くのかしらん?
 ラスボス スプリーム・ヤスキン役の、タミル語(*3)映画界を代表する"ユニバーサル・ヒーロー"カマル・ハーサンの姿なんか、メイクで全然面影が違うその役者魂も凄まじい。
 反乱軍を率いるシャンバラのリーダー マリヤム役を演じるショバーナー、主人公の育ての父親 機長役のドゥルカン・サルマーンなんかは、マラヤーラム語(*4)映画界を代表する映画スター(*5)。
 本作におけるライバルキャラ マナス司令官役のシャスワタ・チャタルジーは、ベンガル語(*6)映画界の名優であり、「女神は二度微笑む(Kahaani)」以降ヒンディー語映画界でも活躍している映画スター。
 本作のお膝元テルグ語(*7)映画界からは映画スターであるプラバースが主演しているのは言うに及ばず、テルグ語映画にしょっちゅう出演しているラージャン役のブラフマナンダム、ルーミー役のラージェンドラ・プラサードたちのいつも通りな役柄といつもと違うキャラ造形も見もの。そんな中に混じって、ラージャマウリ監督やラーム・ゴーパル・ヴァルマー監督がゲスト出演して「今度は10年拘束してやる!」とか言ってくるのは、過去のインド映画界の流れを押さえてないと分からん濃すぎる楽屋オチ要素ですってば(イイゾモットヤレ!)。その芸能ネタを直球で客寄せに使いたがる商売根性、黄金期の日本映画界とも通じるものがありま……しょうか?

 叙事詩のクルクシェートラの戦いから6000年後が、西暦2898年になった根拠がどの辺りなのかも気になるっちゃなるけども、アシュヴァッターマンへのクリシュナの呪いが「これから3000年間森をさまよい、あらゆる病が体を蝕み3000年間癒える事はない」と言うものだったことからの合計6000年後と言うことなんでしょか。逆算すると、クルクシェートラの戦いが紀元前3102年になるんだけど(*8)、なんか意味があるのかなあ。誰か教えてプリーズ。
 映画的には、その辺の設定説明や物語的展開は後回しにされて、ディストピア世界描写と各登場人物たちの伏線を含めた紹介で1本が終わったような印象で、今後に期待大なわけですが、「バーフバリ(Baahubali)」の成功以後大量に出て来たユニバースシリーズ・インド映画はそれぞれ、本当に続編作る気があるのかどうか制作側の本気度が見えない面もあるので、もったいぶらないで撮影を随時進めておくれ。ウソでもいいから情報を更新しておくれ。あやっぱ、ウソは嫌だから本気で企画通しておくれー!!



挿入歌 Ta Takkara (Complex Song)




受賞歴
2024 Telangana Gaddar Film Awards 注目作品賞
2025 SIIMA(South Indian International Movie Awards) テルグ語映画作品賞・テルグ語映画助演男優賞(アミターブ・バッチャン)・テルグ語映画悪役演技賞(カマル・ハーサン)・テルグ語映画助演女優賞(アンナ・ベン)


「カルキ 2898-AD」を一言で斬る!
・スマティの寝泊まりしてるコンプレックス内の宿舎、完全にカプセルホテルだなす。

2025.9.19.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 そういや、同じプラバース主演作「サーホー(Saaho)」の後半の舞台カラナ村なんかもディストピア的な風景してましたなあ…。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*4 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*5 さらに、スマティの名付け親になるシャンバラの戦士カイラを演じてるのは、マラヤーラム語映画の名作「Kumbalangi Nights(クンバランギの夜)」で映画デビューしたアンナ・ベンじゃないくわ!
*6 北インドの西ベンガル州、トリプラ州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*7 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*8 紀元前2016年が舞台の「死の丘(Mohenjo Daro)」よりも古いやん!