インド映画夜話

私の夢、父の夢 (Kanaa) 2018年 145分
主演 シヴァカールティケーヤン(製作も兼任) &アイシュワリヤー・ラジェーシュ & サティヤラージ & ダルシャン
監督/脚本/原案/台詞 アルンラージャ・カマラージ
"夢に見た、旅路へ"




 干ばつが続くタミル・ナードゥ州カルール県クリッタライにて、地元チーム同士のクリケットの試合中に乱闘が発生した。
 関係者が口々に相手を罵る中、警察の取り調べに呼ばれた者たち皆が「ムルゲーサンを呼んで下さい。彼はいい人だ。彼なら皆を鎮められる。ほら、あそこにいる彼の娘が騒ぎの原因なんだから」と語る…

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 クリケット狂のムルゲーサンは、広大な農地を耕すたくましき農家の大旦那。
 娘の通院にも家族総出の儀式中にもクリケット中継に飛びつく彼は、祖父や父親の葬式にも涙を見せなかったが、ただクリケットW杯予選のインド代表の敗退には涙を流し悲しみに沈んでしまった。そんな父親を見て育った娘カウシ(本名コウサルヤー・ムルゲーサン)は、いつしか自分がクリケットのインド代表になって、W杯優勝することで父を喜ばせようという夢を持つようになる。
 しかし、学校では女子クリケットの環境は何1つなく、その日からカウシは10チームが使用する学校の男子クリケット練習場に通い始めるが、父を除く周囲の人々はそんなカウシの行動を見て笑い飛ばすか怒り出す事しかしなかった…。


挿入歌 Oonjala Oonjala


 タイトルは、タミル語(*1)で「夢へ」。
 歌手兼男優のアルンラージャ・カマラージの監督デビュー作となる、女子スポーツをテーマにしたスポ根映画。

 本編にも出演しているシヴァカールティケーヤンのプロデューサーデビュー作にして、彼の設立した"シヴァカールティケーヤン・プロダクション"で製作された1本。
 翌19年にはアイシュワリヤー・ラジェーシュ&シヴァカールティケーヤンを同じ役で出演させたテルグ語(*2)リメイク作「Kousalya Krishnamurthy(コウサルヤー・クリシュナムルティ)」も公開。21年にはヒンディー語(*3)吹替版「Not Out」もネット公開されている。
 日本では、2022年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)2022パート2にて「私の夢、父の夢」の邦題で日本初上陸。23年の神戸インド映画祭、IMW、2024年のシネ・リーブル池袋の「週末インド映画セレクション」でも上映。

 2010年代から増えて来た(?)という女子スポーツもの映画の1本であり、インドのスポーツもの映画の王道展開よろしく主人公の天涯孤独さとその特異の才能、そんな彼女を支える家族愛や友情を通したインド人の団結を描く熱い熱い1本。
 特に本作で注目されるのは、親子の結びつきによる娘の成功への道筋、その障害となる貧困と農村の抱える厳しい社会問題、女子スポーツ業界にも蔓延る年功序列や地域差別などをなぎ倒していくインド全体の統合への夢を描く部分。他のインドスポ根映画でも描かれる要素ながら、よりその点がわかりやすく強調されていて「なぜインドのスポ根映画にはライバルが登場しないのか」問題への回答を見るような気っ風のいい爽快な語り口でありました。

 インドの大地を耕しその恵みを享受する故郷に育った主人公が、父親の夢である「インドのクリケットW杯優勝」を実現させようとクリケット選手への道を歩き出し、数々の障害をなぎ倒して正規インド代表選手へと上り詰めるその姿は、優しく諦めない父親とインドという国を、反発しながらも主人公を応援する母親とインドという社会を同一視し、いつしかインド人が夢見る「インドの統合」の実現を夢想し始める。
 2001年の名作クリケット歴史劇「ラガーン(Lagaan)」、2007年の女子ホッケー映画「行け行け! インド(Chak De! India)」等でも共通して描かれるインド人チームを通して描かれる選手同士の反発・軋轢・差別意識は、そのままインドの現状の合わせ鏡であり、1つの意思のもとに独立を勝ち取ったはずのインド人が、如何に地域別・職業別・世代別・経済レベル別に違う価値観を持って反目しあったままにまとまらないのか、話し合いも通じないほどに相互不信と対立にまみれているかを露わにして、そのまとまらなさこそが未来の幸福・勝利を阻む1番の障害であることを見せつけていく。
 インドのスポ根における最大のライバルは、チームメイトやその関係者の対立や腐敗であって、インド自身の内面を変えなければならないと見つめ直す内省こそが勝利の鍵とする事自体に、将来へのインドの希望そのものが仮託されてるんだなあ…と、ようやく本作で納得しました事ですよ(*4)。

 本作を監督したアルンラージャ・カマラージは、1984年タミル・ナードゥ州カルール県クリッタライ近郊のパラリ生まれ(*5)。
 ティルチラーパッリの工科技術大学で学ぶ中でクリケット選手として活躍。数々の優勝を手にしたことから、有名なケニヤのクリケット選手にちなんで"ティコロ"とあだ名されていたそうな。
 学生時代に男優シヴァカールティケーヤンと知り合っていて、2012年のタミル語映画「ピザ 死霊館へのデリバリー(Pizza)」で挿入歌の作詞を担当して映画界入りしたよう。13年の「ジョンとレジナの物語(Raja Rani)」で男優デビュー、14年の「ジガルタンダ(Jigarthanda)」では作詞とともに歌も担当して歌手デビューする。以降、タミル語映画界で作詞家兼歌手兼助監督として活躍する中で、本作で監督デビューし数々の映画賞を獲得する。長年世話になっていたシヴァカールティケーヤンの出演に際して、同じように助監督時代に世話になっていた監督の名前を役名としてつけていたそうな。
 2022年には、2本目の監督作「Nenjuku Needhi(心の中の正義 / 2019年のヒンディー語映画「Article 15」のリメイク作)」を公開させている。

 主人公カウシを演じたのは、1990年タミル・ナードゥ州マドラス(現チェンナイ)のテルグ語家系に生まれたアイシュワリヤー・ラジェーシュ。
 父親はテルグ語映画界の男優ラジェーシュ。母親はダンサーのナーガマニ。祖父アマルナートも男優。伯母スリー・ラクシュミーは有名なコメディ役者と言う芸能一家出身。
 96年のテルグ語映画「Rambantu」の挿入歌シーンに子役出演。8才時に父親を、10代の頃に兄2人を亡くしていると言う。大学で商学士を取得する傍ら、学祭のステージショーでダンス振付をしなければならないからとダンスを特訓。これが縁となってタレント発掘TV番組「Maanada Mayilada」にダンサー出場してシーズン3を制覇し注目を集め、以降女優兼番組司会者としてTV界で活躍。
 映画にはまず「Avargalum Ivargalum(あの人たちとこの人たちと/ 2011年公開)」に主役級で出演するも公開が遅れ、その後に出演した10年のタミル語映画「Neethana Avan(貴方と彼)」が先に公開されて"アイシュワリヤー"名義で主役デビュー。以降、タミル語映画界で活躍していて、12年の「Aachariyangal(仰天)」から"アイシュワリヤー・ラジェーシュ"とクレジットされるように。
 15年の「ピザ!(Kaaka Muttai)」でノルウェー・タミル映画祭主演女優賞、タミル・ナードゥ州映画賞の主演女優賞を獲得。当初、デビュー間もない身で母親役を演じることをためらっていたと言われるも、その不安を跳ね返す絶賛を浴びて一躍トップスターに。その後もタミル語映画界で活躍しつつ数々の映画賞を獲得する中で、17年の「Jomonte Suvisheshangal(ジョモンの福音)」でマラヤーラム語(*6)映画に、19年には「Kousalya Krishnamurthy(コウサルヤー・クリシュナムルティ / 本作のリメイク作)」「Mismatch(ミス(・)マッチ)」の2本でテルグ語映画にも主演デビューしている。22年には、映画の他Webドラマシリーズ「Suzhal: The Vortex」にも出演している。
 「ピザ!」で主人公兄弟の母親を演じて注目されたアイシュワリヤー・ラジェーシュが、本作では「ピザ!」で見せた疲れた母親像とは全然違うアスリート少女の迫力をガッツリ表現し、世間の軋轢を受けながら誇らしそうに前進する存在感の強さが美しい。

 世間の目を物ともせずに我が道を進み、それでいながら社会の目標となるような生き様をカウシの教え込んだ父親ムルゲーサン演じるサティヤラージ、母親サヴィトリ演じるラーマーの悩みながらも家族を支える内助の功的な親子愛も美しか。娘が男子に混じってスポーツするのを良しとしないであろう母親像を見せた上で、ここぞと言う所で周りに啖呵を切って娘をナショナルチームに送り出す母親の隠された本音が爆発するシーンの格好良さもさることながら、前半にはクリケットのために全てを無視して全力で娘を支える父親ムルゲーサンが、映画後半にやってくる貧困による絶体絶命の中にあっても、なお娘の勝利とクリケットによるインドの希望を信じるその強さも素晴らしか(*7)。自信をなくしクリケットを止めようとするカウシを、その都度励まし前進させる兄弟や地元の友人たちも美し可愛らしい(*8)。

 映画前半、試合中に起きた乱闘事件の事情聴取で関係者各位の話を聞く警察の頭の中で展開するイメージという体で語られるカウシ一家の経緯に、最初はカウシにも女子クリケットにも興味なさそうだった警察がだんだんと乗り気になり、話をなんども中断されると激昂し、最終的には村のみんなとカウシのナショナルチームでの活躍に一喜一憂していく人情爆発なノリの良さも…映画的なご都合展開ではあっても…物語を楽しくするいいスパイス。主人公を第1にアピールするサクセスストーリーでありつつも、こういった市井の人々の熱狂を段階的に見せられていけば、こちらも同じように手に汗握らずに入られません。少ない出番で映画の見せ場を総取りしていくシヴァカールティケーヤン演じるナショナルチームコーチのネルソン・ディリップクマールの挫折と再生だけでも、映画1本作れそうなボリュームに「それも見せてくれ!」とつい言っちゃいたくなるほどには、インドのクリケットへの熱狂に当てられること請け合いですゼ!!



挿入歌 Savaal




受賞歴
2019 Filmfare Awards South 助演男優賞(サティヤラージ)・批評家選出主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)
2019 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 批評家選出主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)
2019 BOFTA Galatta Debutant Awards 観客選出監督デビュー賞
2019 JFW Movie Awards 監督賞・批評家選出主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)
2019 ノルウェー Norway Tamil Film Festival Awards 社会意識賞
2019 Edison Awards 心奪われる新人女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)
2020 Zee Cine Awards 監督デビュー賞・主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)


「私の夢、父の夢」を一言で斬る!
・クリケットの試合中に乱闘が始まると、スタンプ(*9)も武器になるのネ…。

2023.2.3.
2023.4.6.追記
2023.6.17.追記
2024.2.3.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 ま、別視点の話をすれば、善悪問わず「父性の絶対性」への疑問なき信頼感も問題を大きくする要因だとは思ってしまうけど…。
*5 本作主人公の故郷と同じ!
*6 南インド ケーララ州の公用語。
*7 ま、勝利したから全部が丸く収まったけども…ていう点は多々あるけども。
*8 その中でずっとカウシの彼氏然として彼女を振り向かせようと努力しまくるダルシャン演じるムラリの内助の内助の内助の…内助の功の目立たなさ具合がいじらし可愛らし。うん…役にはたってるんだけどネ。


*9 バッツマン後方の3本の杭。これの上部をつなぐ固定されてない梁[ベイル]を落とさないように、バッツマンがボールを打ち返す。