インド映画夜話

臆病者 (Kapurush) 1965年 70分(74分とも)
主演 ショウミットロ・チャタルジー & マドビ・ムカルジー & ハラドン・バナルジー
監督/脚本/音楽 サタジット・レイ
"優柔不断な恋の行方"




 映画脚本家アミターバ・ロイは、取材旅行中にタクシーの故障で目的地ハシマラの途上で身動きができなくなってしまった。
 その場を見かねた茶園主ビマル・グプタの申し出を受けて、彼の家に一晩泊めてもらうことにしたアミターバだったが、グプタ邸で思いがけない再会を経験することに…!!

 一晩中、ビマルの自慢話に付き合わされたアミがようやくで与えられた寝室に戻ると、彼は水差しとコップを用意してくれたグプタ夫人に声をかけずにはいられなかった。
「コルナ……他人行儀すぎる。あんな態度は耐えられないよ。もちろん、知っていたらここにはこなかったんだ……だって、僕に会えて君は嬉しいのかい?」
「…嬉しくないように、見える? …アミ、余計なこと考えないでもう寝て」
 コルナの去った部屋の中で、アミターバはかつてのコルカタで、恋人であったコルナに迫られた決断の思い出を反芻していく……。






 ベンガル人作家兼脚本家兼映画監督であるプレメンドロ・ミットロ原作の小説「Janaiko Kapuruser Kahini(臆病者の物語)」のベンガル語(*1)映画化作品。英題「The Coward(臆病者)」としても知られる。
 2005年には、米国アカデミー・フィルム・アーカイブが本作の保管を発表している。

 日本では、2025年の「サタジット・レイ レトロスペクティブ」にてデジタルリマスター版が上映。

 冒頭、整備工場らしきところで車の修理を待つ主人公の動き追うカメラが、ズームアップとズームアウトで主人公アミターバの動きを1カットの長回しの中で捉えながら、あーだこーだとトラブルの解決に文句を言い続ける優柔不断さ、決断力のなさを物語るOPの演劇的な空間構成演出が印象的。
 その後、車の中、グプタ邸内と屋内のシーンが続く中、かつての恋人との予期せぬ再会で心揺れるアミターバの閉塞感が強まっていき、映画後半の駅までの旅路でグプタ夫妻との解放的なピクニックに連れ出されてる頃には、屋外であってもその開放感を微塵も感じないアミターバの逡巡、未練、変わろうと決意しても結局変われないアミターバのどこまでも頑なな平凡人としての姿が、どこまでもアイロニックかつ悲喜劇的に描かれていく。執拗に彼の表情を映し撮るカメラに追われるアミターバが、そのカメラの視線をよそにコルナのことばかりしか視界に入ってないように振舞う姿そのものが「こんな男なんですよ」とでも言いたげな映画全体の諧謔性を生み出しているよう。

 文化人を気取り旧来的な地元の伝統を笑いつつ、「でも、そうあるべきなんですよ」と都会人アミターバが眉をひそめる階級差別意識を露骨に見せつける成金趣味的なビマル・グプタがどれくらい俗物的人物だったのか、その妻に収まり「睡眠薬がないと眠れないの」と語るかつての恋人コルナがどれほどいまの生活に満足してるのかは、映画がアミターバの目線でのみ進むために推し量るしかない。アミターバが断定するような暮らしがグプタ邸で本当に成立してるのかどうかも、ハッキリとはわからない。それぞれに本音がどこにあるのか探りながらの会話が、どこまで探りあいをしてるのかも見てるこちら側が推測していかないとならない緊張感も、主人公アミターバの焦りとは別方向で映画を静かに盛り上げていくよう。

 サタジット・レイ監督作の常連として、余裕綽々な演技力を見せるショウミットロ・チャタルジー&マドビ・ムカルジーと相対して引けを取らない存在感を表すビマル・グプタを演じた(*2)のは、1926年英領インドのベンガル管区クスティア(*3)生まれのハラドン・バナルジー(別名ハラドン・ボンドパドゥヤーイー)。
 息子2人のうち、コウシク・バナルジーが男優としてベンガル語映画界で活躍中。
 学生時代にインド独立運動を参加して投獄されたことがあるそう。カルカッタ(現 西ベンガル州都コルカタ)の大学を卒業後銃製造工場に就職。1946年に保険会社に転職して定年退職まで勤務していたと言う。
 保険会社勤務の傍ら演劇活動に参加して数々の舞台演劇で活躍。その縁から映画人の誘いを受けて1948年の映画「Devdut」で映画デビュー。1961年に映画雑誌ウルト・ラトのステージ・アーティスト賞を獲得した他、2005年のベンガル語映画出演作「Krantikaal(大切な出会い)」でナショナル・フィルムアワード助演男優賞を、2011年には西ベンガル州政府表彰顕彰バンガ・ビブシャン・サマンも贈られている。
 2013年、肺炎のためコルカタにて病没。享年86歳。その死後、多数のベンガル語映画界の業界人が哀悼の意を表している。

 茶園主としてのグプタ家が一代でなされたものなのか、植民地時代からの富豪家系なのか、その前からなのかはわからないながら、その暮らしの西欧的(英国的)スタイルもそれなりに興味深い。使用人や茶園労働者とは隔絶された暮らしを成立させている成金的な姿が、主人公を通した価値観だからこそそう見えてしまう部分と、元からそうであろう部分の混合で描かれていく和洋折衷ならぬ印洋折衷の生活スタイルのその裏にそこはかとなく見えるベンガル的な感覚も(外国人目線的に)面白く見えてしまう要素。ピクニックに持っていくお茶がチャイなのか紅茶なのか、私飲んでみたいですわよ!(*4)

 最後の最後、アミターバの期待を背負うように出てくるコルナの冷めた表情の裏にあるのが拒絶か諦めかある種の期待か。その硬い目線の迫力も印象的ですが、まあ、そらあんな事されたら、今更ついて行こうとは思わんわなあ……と。




受賞歴
1966 Bengal Film Journalists’ Awards インド映画作品賞


「臆病者」を一言で斬る!
・ベンガルの昼食の『冷たい料理』ってなんぞや?(サンドウィッチとか聞こえた気がするけど)

2026.7.31.

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*1 北インドの西ベンガル州、トリプル州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*2 過去、サタジット・レイ監督作出演済みの人ですけど。
*3 現バングラデシュのクルナ管区クスティア県。
*4 おんなじじゃん、とか言わないように