インド映画夜話

Kaththi 2014年 156分(166分、172分とも)
主演 ヴィジャイ & サマンタ & ニール・ニティン・ムケーシュ
監督/脚本/台詞/原案/カメオ出演 A.R. ムルガダス
"たとえ僕が死のうと…あなた達の農地を犠牲にはしないで"




 コルカタ中央刑務所から逃げ出した囚人を捕えるため、警察は推理力に長けた同じ囚人カディレサン(通称カディル)の手を借りて追跡。見事脱獄囚を捕えることができたものの、その時にはカディレサンの姿が見えなくなっていた…。

 翌日にはもう、チェンナイに住む相棒ラヴィ・スディールを頼ってバンコクへ高飛びしようとしたカディルだったが、空港で出会った美女アンキターに一目惚れして急遽外国行きを中止。彼女に近づこうとするカディルだった…が、その夜、道端で自分そっくりの男が銃撃される現場を目撃してしまう!
 瀕死の男を病院まで運んだカディルは、警察の追及を逃れるためにこの男…ジーヴァ(本名ジーヴァナンタム)になりすまし、逆にこの男を自分に仕立てて国外脱出の時間稼ぎをしようと思いつく。
 しかし、ジーヴァを知る内務省職員に発見されて連れられていった老人ホームにて、ジーヴァを敬う入居者たちからその名声を聞かされるカディルたちはどう対処していいやら困り果ててしまう…「今日は6人の老人たちの命日なんだ。彼らは、ジーヴァ1人を助けるために同時に自らの命を絶ったのさ…」
 その後、この老人ホームで働き始めることになってアンキターとも再会するカディルの所に取材に訪れたTVレポーターが、突然彼を殺そうと迫って来て…!!


挿入歌 Pakkam Vanthu (さあ、近くに来て [柔らかなキスをしてくれ、ハニー])


 タイトルは、タミル語(*1)で「刃物」の意とか。

 インド農村部にはびこる深刻な社会問題をテーマにした、アクションマサーラー映画大作。2014年度最高売上を記録したタミル語映画である。
 2017年には、テルグ語(*2)リメイク作「Khaidi No. 150(囚人150号)」も公開。ヒンディー語(*3)リメイク作「Ikka」も公開予定とか。
 インド本国に先立ち、アラブ、オーストラリア、フランス、スリランカ、米国、南アフリカで公開開始。インドと同日公開で、英国、マレーシア、ノルウェー、シンガポールでも公開。日本では、インド公開と同じ14年に埼玉県にてindoeiga.com主催の自主上映で英語字幕版が上映。2024年の池袋インド映画祭@シネ・リーブル池袋で「刃物と水道管」の邦題をつけて英語字幕上映されている。

 12年公開の大ヒット作「Thuppakki(銃)」に続く、ヴィジャイ主演&ムルガダス監督作となるマサーラー大作。
 インターバル直前の「I'm waiting」の決め台詞を踏襲したりと「Thuppakki」が生み出したヴィジャイスタイルをサービス的に盛り込みつつ、軽快のアクションの数々、無双主人公と善人ながら無力な青年を1人2役で演じるヴィジャイの魅力全開具合と、その2役の対比具合が心地よい。ヒロイン演じるサマンタの出番はたいしてなかったとは言え、突然の「マッキー(Eega)」ネタだけで存在感ありまくりデスヨ!!!

 お話は、金にしか興味ないお調子者コソ泥主人公カディルが、美女に近づいて楽して儲けようと自分そっくりの学者になりすますことで起こる、もう1人の自分が抱える社会問題への解決を、時に力押しで、時にコミカルに、時にリアルな解決手段を編み出す頭脳戦へと持ち込んで真のヒーローへと成長していく、社会派ありロマンスあり爽快なヒーロー映画でもある重厚な作り。さすがは次々と大ヒット作を連発させるムルガダス監督による、怒涛の展開でありますことよ。
 なにはなくとも、本編中で暴れまわる登場人物たちのアクションのキレ、画面の切り替わり、そのスピーディーな編集具合が異様にカッコいい。この一連のフィルムのつなぎ方だけでも超必見ですぜ兄貴!(*4)

 大企業による農地回収や資源独占、出稼ぎ労働者たちのパスポート取り上げなど、農村地域を襲う社会問題の深刻さを告発する必死さは相当なものがあるけれど、それに対して抗議の声を上げる具体的な方法を提示する必死さも凄まじい。その緊急性・深刻さ・世間の無関心が如何に事態を悪化させて人の命を奪い続けるかを見せ続けながら、なお庶民ヒーローが悪を撃ち社会を改革しようと走り回る娯楽映画としての面白さも全編にわたって発揮されるんだからトンデモね。劇中、農村の危機に無関心な都市部に向けて問題を告発する手段として「自殺」を選択する農民達の悲哀が、娯楽映画を見て憤る観客であるこっちに対しても皮肉的なメッセージとして聞こえてくるかのようではあるけれど…。

 劇中の悪役である多国籍清涼飲料水会社社長のシラーグを演じるのは、1982年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれのニール・ニティン・ムケーシュ。
 父親は有名な歌手ニティン・ムケーシュ(・マートゥル)で、父方の祖父も歌手のムケーシュ(・チャンド・マートゥル)。その名前は、人類で初めて月に降り立ったアメリカ人宇宙飛行士ニール・アームストロングに因んで歌手ラータ・マンゲシュカールによって命名されたそうな。
 88年のヒンディー語映画「Vijay(勝利)」、89年の「Jaisi Karni Waisi Bharnii(君がなにを見ようと、刈り取りに行け)」に子役出演した後、父親に従い商学士を取得しつつ、演技研究所で男優アヌパム・ケールの指導のもと演技を特訓。07年の「Johnny Gaddaar(反逆者ジョニー)」で本格的に俳優デビューしてZeeシャイン批評家特別賞とアプサラ映画&TVプロデューサー組合悪役賞を獲得。09年の「Aa Dekhen Zara(さあ来て、ちょっと見て)」で主演&歌手デビューする。
 タミル語台詞全部を自身で吹き替えた本作がタミル語映画デビューとなり、SIIMA(国際南インド映画賞)の悪役賞を受賞。18年の「Kavacham(装甲)」でテルグ語映画デビューし、翌19年の3言語(*5)映画「Saaho」にも出演したりと、3言語映画界で活躍の場を広げてつつ、同じ年にはヒンディー語主演作「Bypass Road(バイパス・ロード)」で脚本&プロデューサーデビューもしている。

 コソ泥お調子者主人公が、徐々にジーヴァの活動に感化されて社会正義に目覚める一連のエピソードだけでも感動的ながら、そこに本物のジーヴァとの合流、ジーヴァに成り代わって自身が犠牲にならんとするカディルの覚悟と、その2人に感化されていく周りの人々の態度の変化具合、その輪が広がっていく社会変革への希望が託されていく所なんか熱いシークエンス。農村地域の水問題から発展して、都市部の人々の無関心具合、マスメディアの偏向報道そのままに世間をみようとする都会人達の態度こそが問題である、と糾弾するそのパワーは、見てるこっちも感心だけで終わらせられないインパクトの塊でございますわ!

挿入歌 Selfie Pulla (さあ自撮りしようぜ、ハニー)


受賞歴
2015 Ananda Vikatan Cinema Awards 振付賞(ショービ / Pakkam Vanthu)
2015 Edison Awards 音楽監督賞(アニルダー・ラヴィチャンド)・コメディアン賞(サティーシュ)・振付賞(ショービ / Pakkam Vanthu)
2015 Filmfare Awards South タミル語映画作品賞・タミル語映画監督賞・振付賞(ショービ / Pakkam Vanthu)
2015 South Indian International Movie Awards タミル語映画作品賞・タミル語映画悪役賞(ニール・ニティン・ムケーシュ)・タミル語映画アクション振付賞(アナール・アラス)・タミル語映画ダンス振付賞(ショービ / Pakkam Vanthu)
2015 Vijay Awards 人気作品賞・人気監督賞
2016 IIFA Utsavam タミル語映画音楽監督賞(アニルダー・ラヴィチャンド)


「Kaththi」を一言で斬る!
・水不足でパニックになるチェンナイの人たちが運ぶポリタンク(?)の、まーカラフルなこと…。

2020.1.10.
2024.2.23.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 で、そのキレッキレアクションを演じる刺客の1人を演じるタミコ・ブラウンリーって日本名みたいな女優は誰? …って思って調べてみたら、日本クォーターのアメリカ人女優だそうで。
*5 ヒンディー語+タミル語+テルグ語。