インド映画夜話

KESARI / ケサリ 21人の勇者たち (Kesari)  2019年 150分
主演 アクシャイ・クマール
監督/脚本 アヌラーグ・シン
"勇猛であれ"




 19世紀初頭のシク王国建国から、インド北西地方はシク教徒とパシュトゥーン人(=アフガン人)との国境紛争の地となった。
 英国植民地に変わったインドでも争いは続き、パシュトゥーン人に対抗できるシク教徒の兵士たちは、英国との同盟のもとサマナ山脈の3つの砦(グリスタン、サラガリ、ロックハート)を死守する防衛の任に就いている…。

 時に1897年。
 サマナ山脈のグリスタン砦に駐屯している英領インド陸軍所属のイシャル・シン軍曹は、国境巡回の途中で部族民に処刑されそうになっていたパシュトゥーン人女性を救出。それについて、無駄な戦闘を起こし砦に危機を迎えたとして英国人上官の怒りを買い、サラガリ砦へと左遷させられてしまう。「お前だけサラガリ砦に逃亡か。さすがインド人だ。その奴隷根性が育つのはこの国の土のせいか」…英国人将校の侮蔑に対して、イシャンは何も言い返せないままに…。

 特にこれといった戦闘地域もないサラガリ砦の第36シク連隊所属の21人のシク教徒たちは、一筋縄ではいかない怠け者ばかりだったが、赴任してきたイシャルの硬軟取り混ぜた指揮のもと、徐々に軍人としての矜持を芽生えさせて行く。
 同じ頃、イシャルのために部族に大きな痛手を受けたパシュトゥーン人宗教指導者サイドゥッラー師は、その怒りから、アフガニスタンの他の部族長と同盟して数万に及ぶ人員でシクの3つの砦を1日で奪い取ろうと動き出していた…。


プロモ映像 Ajj Singh Garjega


 原題は、劇中でも重要な意味を持って登場するインドを代表する花「サフラン」または「サフラン色」の意。

 実際に1897年に英領インドで起きたサラガリの戦いを描く、ヒンディー語(*1)映画。2019年度最大ヒットヒンディー語映画となった1作。
 ホーリー祭に湧くインド本国と同日(3/21)公開で、オーストラリア、カナダ、デンマーク、スペイン、英国、アイルランド、オランダ、ニュージーランド、サウジアラビア、米国でも公開。
 日本でも2019年8月に一般公開され、DVD発売。2021年にはCS放送もされていました。

 冒頭に「全ての戦没者に捧げる」と掲げられる如く、国防の戦いに殉じて死んでいった愛国(愛パンジャーブ?)者達を讃える戦争映画…と思っていると、愛嬌のあるサラガリ砦所属の有象無象のシク戦士たちのアクの強さや、その周辺に住むパシュトーン人はじめイスラーム教徒たちとの交流の和やかさなどもあって、そこまでミリタリー色は前面に出ない人情劇の側面も強い映画になっている。
 なんとなく、その作り方はインド版「七人の侍」って感じもして、それぞれ21人の隊員1人1人の死に様の壮絶さ、不条理さがより際立っていく感じ。

 とにかく目を見張るのは、インドとアフガニスタン国境を彩る荒涼とした絶景の数々。
 ロケ地がどこなのかわかんないけど(*2)、劇中、インドとアフガニスタン国境の異民族同士が衝突を繰り返しながら歴史を紡いできた様子が匂わされつつ、水も土地も痩せた厳しい自然に囲まれ、雪をかぶる巨大な黄土色の山脈が強烈な存在感を醸す雄大さは、回想で語られる主人公の故郷のパンジャーブ地方の景色と好対照をなす凄まじい迫力。もう、それだけで一幅の絵画のようで卑怯ですわー。
 そんな絶景ながら厳しい自然に囲まれて暮らすシク教徒の兵士たちと周辺のイスラーム教徒たちの距離が、緊迫した国境警備の中でお互いに歩み寄って近づいていく様子が微笑ましく美しい。戦争や差別の悲劇も、こう言った相互理解によって乗り越えられるものなのかもね…と未来への希望に触れるような展開の前半が、パシュトーン人の部族連合の侵攻によって殺し合いの防衛戦を描いていく無残で厳しい後半の展開へと転調していく感情の起伏もトンでもね。

 監督を務めたアヌラーグ・シンは、医者の家生まれでヒンディー語とパンジャーブ語(*3)映画界で活躍している監督兼脚本家兼プロデューサー…と出てくるんだけど、ネット情報だとそれとは別に、本作監督はその人と同姓同名の別人なる情報も出てきてよくわからず。前者であれば、ドキュメンタリー、短編含めて11本目の監督作となる。

 戦う相手それぞれに、パンジャーブ人としての、パシュトーン人としての、シク教徒としての、イスラーム教徒としての、インド人としての、アフガン人としての誇りと伝統を背負い、それぞれの自由を守るために自らを盾として殉死しようと戦い合う。自分には自分の・味方には味方の事情があり、敵には敵の事情があることを説明した上で、歩み寄りによる相互理解が可能であることを村人との交流で実証した上で、映画後半は徹底した戦争映画へと変わっていく。その構造そのものが、戦争の悲劇以上に相互理解できない人の悲しさを表現しているかのよう。
 「敵に水を与えよ」という逸話を聞かされてそれを実行することで勇敢さを表現する炊事係と、戦士たちの矜持を理解せずただ人をけしかける事に血道をあげる宗教指導者との、その戦争に対する価値観の違いと結果も色々と考えてしまう要素。

 ヒンドゥーとイスラームの衝突の中で生まれた改宗宗教であるシク教(*4)は、すべての宗教は本質的には同じ教義のもと、同じ神を崇めていると説く。
 数々の争いを越えて生み出されたシクの教えが、さらなる歴史の積み重ねの中でより多くの争いを経験し、当初はなかった様々な区別・戒律・制度・宗派へと分化していく中で、シクの自尊自立の模索も起こった歴史を持つ。イギリス支配下のもとで、イギリス協調路線を取ったシク教徒が希望したシク教国の再興は、最終的には未だ実現していない。
 そんなシク教徒たちが、インド独立以前の戦いで「愛と人道」を語るでなく、「金のため」でなく「英国のため」でなく「己のため」でなく、「奴隷とされた同胞のため」に戦うと声高に語る劇中の愛国鼓舞の演説は、日本で考えるそれよりよほど複雑なものを抱えているのかもしれない。
 誇りを失うと自身の生存権まで失われる部族社会的価値観は、現代でも様々な問題を引き起こしているという点ではなんとかしないといけない問題な訳だけど、その裏に横たわる人と人の複雑な営みは、宗教だ民族だ国境だではすまない、現在も世界を脅かす様々な紛争を語る上で考えないといけない根本的ななにかをあぶりだして行くようでもあったりする…のかどうなのか? 戦争状態の中にも、その土地で息づく人々の暮らしの有様を見て行くと、そんなことも考え出してしまう映画ではある(*5)。

 それにしても、ほぼ同じ服装のシク教徒たちがそれぞれに個性を発揮するヒゲファッションの多彩さも要チェックでっせ!

挿入歌 Sanu Kehndi (妻は言った [アンクレットを買ってと])


受賞歴
2019 Nickelodeon Kid's Choice Awards India 人気ボリウッド歌曲賞(Ve Maahi / タニシク・バーグチー & アルジット・シン & アセース・カウル)
2020 Mirchi Music Awards アルバム・オブ・ジ・イヤー賞
2020 Zee Cine Awards 作師賞(マノージ・ムンタシール)


「ケサリ」を一言で斬る!
・変に妖しい魅力を振りまくわりに、やられ方が棒演技だった狙撃手。演じてるの誰やねんと思ったら【パドマーワト】や【バジュランギおじさん】にも出演してるムザーミル・バーワニって人なのね!

2021.3.20.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 戦闘シーンは、マハラーシュトラ州サーターラ県ワイで撮影されたそうな。
*3 北西インドのパンジャーブ州の公用語。パキスタンでもパンジャーブ州を中心に話者の多い言語でもある。
*4 またはシーク教、スィク教、スィック教とも。
*5 敵であるパシュトーン人側は、あんまそういう描写がないままだけど。