インド映画夜話

ドクター・ミリー (Khoobsurat) 2014年 128分(130分とも)
主演 ソーナム・カプール & ファワード・カーン
監督 シャシャーンカー・ゴーシュ
"これが、王族のしきたりです"




 デリー出身のムリナーリニー・チャクラヴァルティ(通称ミリー)は、プロ・クリケットリーグ専属の理学療法士。
 その自由奔放な性格から周囲の男性から避けられ、仕事は順調ながら母親から結婚相手ができないと嘆かれる毎日ばかりで、もううんざり。

 そんな中、ミリーはラジャスターンのサンバルガル王族シェーカル・シン・ラトールの下半身麻痺治療を依頼され、これまで見たこともない豪勢な王宮を訪れて大喜び。
 しかし全てにあけすけな彼女の言動は、厳格な礼式にうるさいニルマラー女王以下王宮の人々をいちいち驚かせてしまう。過去40人の医者を追い返して治療に非協力的なシェーカル王をはじめ、家族間コミュニケーションの希薄なラトール王家の中で邪魔者扱いされ始めるミリーだったが、そんなことは意に介さず、王様の病気の原因を知ってまず王様と親しくなる事に専念。密かに女優志望の夢を抱くディヴィヤー王女とも秘密を共有して打ち解け、その兄ヴィクラム・シン王子にも協力を要請するミリーは、騒がしい毎日の中でだんだんとヴィクラムに好意を持つように。一方で、ヴィクラムも彼女を意識し始めるのだが、彼は近々婚約者と結婚予定の身であった…。


ED Abhi Toh Party Shuru Hui Hai (パーティーは始まったばかり [まだまだ始まったばかりだよ])


 原題は、ヒンディー語(*1)で「美」の意。
 パキスタン人男優ファワード・カーンの、ボリウッドデビュー作となったロマンス映画。

 1980年の映画「Khubsoorat(美)」をアイディア元にした映画(*2)で、製作は、主演ソーナムの父親アニル・カプールのプロダクション アニル・カプール・フィルム・カンパニーとウォルト・ディズニー・ピクチャーズ・インディアの共同。
 インドと同日公開で、ベルギー、英国、アイルランド、ケニヤ、ネパール、パキスタン、シンガポール、米国、南アフリカでも公開されたよう。
 日本では、2020年にNetflixにて「ドクター・ミリー」のタイトルで配信。

 まさにラブコメ王道中の王道ストーリーそのままに進む、少女漫画的シンデレラストーリーの恋愛映画。意外性ゼロなのに、なんとまあ楽しく可愛く華やかな映画でございましょ!
 映画ポスター自体が、ソーナムをディズニープリンセスに仕立てかのような構成で出来上がっているものそのままに、本編も一般庶民の主人公がその自由奔放さを持ってセレブ王族の家庭崩壊ぶりを回復させ、イケメン王子様と相思相愛になっていく様が、やたらと可愛い掛け合いによって見せつけてくるラブコメの爽快さがなんとも「美しい」!!

 同じディズニー映画「プリティ・プリンセス(The Princess Diaries)」とかを彷彿とさせる物語構造ながら、一般庶民のチャキチャキ主人公がクリケットリーグ付き理学療法士と言うある程度のエリート職についてる事、「ベンガル人だと思ったのに、パンジャーブ人なの!?」と言うニルマラー女王の驚きや「私たちにも、あんた方と同じラージプートの血が流れてるのよ!あんた方と何が違うって言うの!!」と言う主人公の母親マンジューの怒りが出てくるあたりに、物語的には階級や伝統無視のアメリカ的自由な感性が前面にに出てるとはいえ、多少はインド社会のリアリティを反映させたメルヘンにしてる節もあ…る?

 TV俳優兼歌手から07年のパキスタン映画「神に誓って(Khuda Kay Liye)」で映画デビューし、本作でボリウッドデビューとなったファワード・カーンはもはや貫禄。ラジャスターンの伝統的王族のイケメン王子を嫌味なく演じ、主人公に思う存分振り回されながら恋に落ちて行く様を自然に演じきってて、男の自分から見ても「いい奴じゃねえか」とか同情しちゃうから、粋な奴ですわ(*3)。
 それに対しての、自由奔放を絵に描いたようなニューヨーカーっぽいノリの主人公を演じる、映画一族出身のソーナム・カプール(*4)も、多少無理してやってる感もないことはないけど、ソーナム推しの企画と思われる本作において存分にその魅力をアピール。まさに屋台骨として120%の存在感を放っておりました。

 監督を務めたシャシャーンカー・ゴーシュは、03年のヒンディー語映画「Waisa Bhi Hota Hai Part II (同じように起きたこと2)」で監督&脚本デビューした人。
 08年の「Aamir(アーミルの1日)」で端役出演後、09年の「Quick Gun Murugun(クイックガン・ムルガン)」の監督と同年に短編映画「The Journey」でプロデューサーデビューし、本作は4本目の監督作。その後は、映画・TV双方で活躍中。

 意外な音の組み合わせによる印象的な挿入歌を作り上げた音楽担当は、1983年マディヤ・プラデーシュ州インドール生まれのスネーハー・カーンワルカル。
 幼少期から母方家族を通じて古典音楽に触れて育ち、彼女の工学部進学を意図してムンバイに移住した家族の意向に反して、アニメーションはじめ映像方面を学びながら作曲業を始めて行く。04年のヒンディー語映画「The Hope」で音楽担当して映画デビュー。05年の「Kal: Yesterday and Tomorrow(カル : 明日/昨日)」でタイトルソングを担当し、07年の「Go」では歌手&女優デビューもしている。10年の「Love Sex Aur Dhokha(LSD : 愛とセックスと裏切り)」でフィルムフェアのR・D・ブルマン(音楽監督)賞を獲得。以降も、ヒンディー語映画界やTV界で音楽監督兼作詞兼歌手として活躍中。

 爽やかなラブコメ劇、華やかな衣裳や舞台設計の数々、ノリノリのダンスミュージック、きっちり役割分化しつつも強烈な個性を発揮する登場人物群と、楽しさ満載の仕掛けも何重もの魅力度アップで美しい。
 少女漫画的雰囲気を助長させる、主役2人のすれ違いによるモノローグの多用が、よりコメディを多発させ、切なさを強調して、その関係性の変化をその都度表現してくれる効果も見逃せない。なんだかんだ言って、強面演技しつつも実はわりと素直なヴィクラム・シン王子も主人公に負けない存在感も見ものデスヨ。

 この映画の開放感あるシンデレラストーリーを、アメリカ的感覚に憧れる現代インドの姿ととるか、アメリカ市場がインドを取り込もうとする試金石としていると見るべきか…。まあ、どちらとも言える感じではあるけれど、そう言う視点ではこの映画の可愛らしさはなかなか説明つきませんわあ。

プロモ映像 Maa Ka Phone ([来ないでと思うときはいつもやって来る] 私の、貴方の、お母さんからの電話が)


受賞歴
2015 Filmfare Awards 男優デビュー賞(ファワード・カーン)
2015 Stardust Awards コメディ/ロマンス演技女優賞(ソーナム・カプール)
2015 The Ghanta Awards 最悪ミスキャスト賞(ソーナム・カプール)
Masala! Awards ボリウッドデビュー賞(ファワード・カーン)


「ドクター・ミリー」を一言で斬る!
・ヴィクラム・シンの取引相手の日本人、わりとしっかり日本人らしかったネ!

2021.2.5.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界は、俗にボリウッドと呼ばれる。
*2 元映画自体、タミル語映画「Lakshmi Vandhachu」とマラヤーラム語映画「Vannu Kandu Keezhadakki」を元にした映画のよう。
*3 しかし2021年現在、ファワード・カーンは印パ対立の激化から2019年の「心 ~君がくれた歌~(Ae Dil Hai Mushkil)」を最後にインド映画界から追い出されてしまっているのが、なんとも惜しい現実って奴でね…。
*4 キャスティング的には、ソーナムの方が映画界的格式に縛られた家生まれって逆転現象も意図的かいね?