インド映画夜話

Kick 2014年 147分
主演 サルマン・カーン & ジャクリーン・フェルナンデス & ランディープ・フーダー
監督/製作/脚本 サンジート・ナディアワーラー
"ヤツが何者か、どこから来るのか誰も知らない。知っているのは名前だけだ"
"ヤツの名は…デビル!!"






 ポーランドの首都ワルシャワに住むインド人精神科医シャイナー・メヘラーは、仕事ばかりの日々の中、家族から「早く結婚しろ」の催促にうんざりしていた。
 ある日、父親の提案で幼なじみでもある警官ヒマンシュ・タイアーギーの送迎をセッティングされた彼女は、彼の前で、かつて自分の心を奪ったある男の話をすることに…

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 1年前、シャイナーがデリーに住んでいた頃。友人ヴィディーの駆け落ちの手助けをしていた彼女は、そこに現れた男…結婚に怒る友人一族から新郎新婦を守り、一族を説得して親公認の元で正式に友人を結婚させた破天荒な男…デヴィ・ラール・シンと出会う。
 デヴィは下町では有名な人物。頭脳明晰で身体能力も高く、好奇心旺盛でなにかにつけ"キック(=刺激的なこと)"を求める享楽的な男。よく似た破天荒な両親の元で育ち、"キック"を求めて32回も職を変え、常に騒ぎの渦中に居続ける。そんなデヴィに惹かれて行くシャイナーだったが…
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 それを聞いたヒマンシュも「僕も話があるんだ。愛の話ではなく…憎しみの話だけど」と語りだす。
 これまで、常に犯罪者を捕まえ事件を解決してきた彼は、現在、ある不思議な犯罪者を追っていた。神出鬼没、正体不明、"デビル"と名乗るその男の目的とは…?


挿入歌 Yaar Naa Miley (貴方がいなければ [貴方の愛がなければ、私は死ぬ。私は"キック"できない])

*メインで踊っているのは、特別出演のパキスタン=チェコハーフのアメリカ人モデル兼女優ナルギス・ファクリー。


 09年のテルグ語(*1)映画「Kick」の、ヒンディー語(*2)版リメイク作(*3)。プロデューサーとして活躍しているサンジート・ナディアワーラーの初監督作であり、彼の自社プロ ナディアワーラー・グランドサン・エンターテインメント製作のアクション大作。サルマン映画としては、初の200カロール(=20億ルピー)を超える売上を達成したそうな。
 大ヒットにのって、続編企画が始動してるとか(*4)。

 大規模なワルシャワロケによる、クラシックオーラをめいっぱい身につけたジャクリーン演じるシャイナーの登場シーンを飾る挿入歌「Tu Hi Tu (なぜ貴方は)」に始まる映画は、前半がシャイナーの回想によるロマンス劇、後半がヒロイン置いてけぼりのヒマンシュとデビルのチェイスアクション。サルマン映画の定番ネタも盛り込み、熱血兄貴演じるサルマン・カーンが全てのいい所を持って行く、いつも通りのサルマンヒーロー映画である。
 突然ぶち込まれる「ダバング」ネタに大笑いしつつ、サルマンのチュルブル演技とデヴィ演技の違いを見て、あらためて「ああ、やっぱサルマンはサルマンなりに演じ分けてたんだネ!」と無駄に驚く楽しい仕掛けも。

 ヒロインのシャイナーを演じるジャクリーン・フェルナンデスは、1985年バーレーンのマナーマに生まれたスリランカ人(*5)。
 ミュージシャンの父親(スリランカ人)と、飛行機の客室乗務員だった母親(カナダ=インドハーフのマレーシア人)の間に生まれ、14才でバーレーンのTV番組司会を務めたとか。
 オーストラリアのシドニー大学に進学してマスコミュニケーションを修了。卒業後にスリランカのTVレポーターとして働きつつ、スペイン語、フランス語、アラビア語を習得。さらにハリウッド女優を目指して演技の特訓とモデル業を始め、06年のミス・ユニバース・スリランカ代表を獲得する。その年にスリランカのミュージックビデオやTV番組司会を務めた後、単身インドに渡って09年のヒンディー語映画「アラジン(Aladin)」にて映画&主演デビューしてIIFA女優デビュー・オブ・ジ・イヤー賞とスターダスト・アワード新人賞を獲得。その後も順調にボリウッド(*6)業界で活躍の場を広げ、13年にはアジアネット・フィルム・アワードのスタイリッシュ・ボリウッド女優賞を授与されている。
 女優業やモデル業の他、動物保護団体や児童福祉活動への支援、コロンボにてスリランカ料理専門店カエマ・スートラの経営も行なっているそうな。

 後半の主人公(…の一人)ヒマンシュを演じたのは、1976年ハリヤーナー州ロータク県ダセーヤ村生まれのランディープ・フーダー。
 ジャート家系(*7)の、外科医(または軍医?)の父と社会活動家の母の元に生まれ、医者の姉とソフトウェア・エンジニアの弟を持つ。
 学生時代に水泳や乗馬で国内メダル級の成績を残していたと言うが、医者志望を期待する親に反発してやんちゃな時期を過ごした後、オーストラリアはメルボルンに留学してマーケティング&人事管理マネジメントを修了。00年にインドに帰国して一旦は航空会社のマーケティング部に入社するも、そこからモデル業を始めてアマチュア劇団に参加。01年に、自身で監督・脚本・製作・出演を手掛けた短編映画「Bira: His Story」を発表しつつ、映画監督ミーラー・ナーイルに見出されて、同年のミーラー監督作「モンスーン・ウェディング(Monsoon Wedding)」で長編映画デビュー。その後もCMや舞台演劇などで働きつつ演技特訓を続け、05年のラーム・ゴーパル・ヴァルマ監督作「D」で主演デビューを果たし映画俳優業を本格的にスタート。
 10年の「ムンバイ昔話(Once Upon a Time in Mumbaai)」でライオン・ゴールド・アワード優秀助演男優賞を獲得してトップスターの仲間入りとなり、数々の映画にて主役・名脇役として活躍している。
 映画界の他演劇界でも活躍し、師と仰ぐナセールッディン・シャーのモートリー劇団に所属して映画と舞台双方で注目されるほど。さらには、乗馬選手としても数々の成績を残し、プロ騎手の試合に参加する唯一のボリウッド俳優でもある。その他、人種差別や自殺問題に対する社会活動にも参加、ヒンディスタン・タイムズ内にてブログも開設しているそうな。

 なんとなく、前半のロマンス劇も後半のアクション劇も、サルマン自身は主役でありながら狂言回し的な立ち位置にいるような感じで、「そんなアホな」ってツッコミまくりなマンガアクション的展開も、大上段サルマン主演って感じが薄いが故に「これもありかね」って思えるから不思議。
 クラシカル美女な雰囲気ただようジャクリーンは、数々の女優へのオファーの結果選ばれたそうで(*8)、本作の撮影のために主演が確定していた「ロイ(Roy)」のスケジュールを延期してのサルマン映画への参加となったそうな。とは言え、ワルシャワ(*9)の風景の中に佇むジャクリーンの画は完璧ですネ! 登場シーンから白黒映画時代のヒロイン然としたオーラがお美しい。次の「ロイ(Roy)」がクラシカルヒロイン像になったのもうなずける感じ(*10)。
 後半登場の怪盗"デビル"の正体なんぞ、隠す気ゼロのコスチューム(*11)と物語展開もご愛嬌ではあるけど、色々強引な物語も、サルマンやジャクリーン、ランディープの気迫とどこかクラシカルな絵作りにに似合ってるようなそうでもないような。敵役のナワーズッディーンや、ちょい役ながらオーラの強いミトゥン・チャクラボルティもその存在感は強烈でニジュウマル。

 あと、この次のサルマン主演作「Bajrangi Bhaijaan(バジランギー兄貴と)」に続くかのような、感動ポイントでの子役の使い方がウマいんだかあざといんだか。思い切った事してるなあ、と感心しきりですわ。


挿入歌 Jumme Ki Raat (さあ、金曜の夜だ)




受賞歴
2014 Star Box Office India Awards 監督デビュー・オブ・ジ・イヤー
2015 Apsara Film Producers Guild Awards 殿堂栄誉賞
2015 Filmfare Awards 振付賞(アーメド・カーン / Jumme Ki Raat)
2015 Stardust Awards スタイル・ディーヴァ賞(ジャクリーン)
2015 BIG Star Entertainment Awards ダンサー賞(ジャクリーン / Jumme Ki Raat )

2015 Bollywood Hungama Surfers' Choice Music Awards 女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Hangover)・振付賞(アーメド・カーン / Jumme Ki Raat)・サウンドトラック銀賞(ヒメーシュ・レシャンミヤー&ハルメート・シン&マンメート・シン&ヨー・ヨー・ホーニー・シン)・歌曲銀賞(ヒメーシュ・レシャンミヤー&クマール&シャビール・アーメド&ミカ・シン&パラク・ムチャル / Jumme Ki Raat)・ミュージック・ビデオ銀賞(Yaar Naa Miley)・作詞銅賞(クマール / Hangover)




「Kick」を一言で斬る!
・DhoomシリーズやKrrishシリーズのような、SFギミックが出てくるかと思ったけど、そっち系はそんなでもなかったね(出てはくるけど)。

2016.9.2.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 このテルグ語映画は、10年にタミル語映画「Thillalangadi」、14年にカンナダ語映画「Super Ranga」としてもリメイクされている。
*4 テルグの「Kick 2」とは別なんかねえ?
*5 またはスリランカ生まれで、幼少期にスリランカ内戦を避けてバーレーンに移り住んだ、とも。
*6 ヒンディー語による娯楽映画界の俗称。
*7 またはジャット家系。現パキスタン南部のシンド地方を起源とするコミュニティ。元々は自作農の集団。
 17世紀頃にパンジャーブ地方周辺に地盤を固め、シーク教徒の他、ヒンドゥー、ムスリム人口も多い。都市部に住む人々は農業をやめて、より経済的・政治的地位の高い仕事についているとか。
*8 一時期は、オリジナルキャストのイリヤーナーにもオファーしてたそう。
*9 英国スコットランドの、グラスゴーでもロケしたそう。
*10 撮影中は、サルマンのジャクリーンへのメイク注文がハンパなかったそうだけど。
*11 あれは…カッコいいのか?